【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《009》
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メチャクチャだった。
「ぐ……」
崩壊したチャペルの床に倒れ伏したまま、カナメは呻いていた。スタン兵器とはいえ高圧電流で頭を狙うのは本来ご法度のはずだが、他に方法がなかった。『ショートスピア』は普通の拳銃よりも銃身が長いので、自分の体を撃つのには不慣れな作りをしているのだ。
ともあれ、これで。
タカマサを行動不能にし、捕縛する事には成功した。
全てのマギステルスを殺戮しゲーム世界と仮想通貨スノウをご破算にする。正しいけれど多くの人を苦しめる彼の計画は、ここで頓挫するはずだ。
「……甘いよ、カナメ」
ふと、そんな声が聞こえた。
向こうも高圧電流の痺れのせいで、今すぐ身を起こす事はできないのだろう。倒れたまま、タカマサはこんな風に言ってきたのだ。
「これじゃ根本的な問題は何も解決しない。カナメ、君はこの選択をきっと後悔する」
「もう、お前と戦わなくて済む。それなら構わないさ、後悔したって」
カナメとタカマサの条件は五分だ。どちらが先に痺れが抜けて起き上がるかは分からない。だけどこのチャペルには、ミドリや冥鬼も向かっているはずだ。カナメ達が起き上がるより先に、彼女達がここへやってきてタカマサの両手を縛る方が早いだろう。
チェックメイトだ。
タカマサが何を言おうが、ここから状況はひっくり返らない。絶対に。
「そんな風に思っているのかな。僕の妹が、必ず君との約束を守ってくれると。だとすれば甘いよ」
「……何だって?」
「ミドリ本人が悪い訳じゃない。だけどこれは、彼女のあずかり知らないところで起きている問題だ。だからあの子個人の力じゃ絶対に抗えない」
かつ、という音があった。
小さな足音のはずだった。カナメが待ち望んでいた少女のもののはずだった。
「タイムオーバーだ」
かつ、こつ、と。
規則正しい足音に何を感じたのか、倒れたままタカマサは確かに言った。
「カナメ。君は今日、僕と同じ絶望を知る事になる。だけど絶対に折れるなよ。こいつは君が招いた事態なんだ。君は最後まで、責任を持って見届けなくちゃあならない」
「ちょっと待て……。何を言っているんだ? ミドリの身に何があるって言うんだ!?」
叫びながらも、カナメもカナメで急速に疑問が膨らんでいくのを感じていた。
解決できていない謎が残っている。
例えば、霹靂ミドリの傍にいるマギステルスの冥鬼。『調子が悪い時はいくら呼んでも出てこない』と言っていたが、あれは何故だ? というより、そんなバグはそもそも存在するのか。
例えば、タカマサは躍起になって人を守る、人間に勝たせると言っていたが、その人間とは具体的にどこの誰だったのだ。あれだけ温厚で人と争う事を嫌ったタカマサが、そうまでしても守りたかった人は、どれだけ重たい事情を抱えていたのだ。
例えば、タカマサはカナメの妹を庇ってフォールした『後』に人が変わった。では彼が具体的に変わったのは、一体いつの話だったのだ。それは、消えた兄を追ってゲーム世界へやってきた少女に異変が生じてから、という可能性もあるのでは。
「……この世界には、悪魔がいる」
答え合わせの時間だった。
先に絶望を知ったタカマサが、倒れ伏したまま友に語る。
「マネー(ゲーム)マスターは現実世界で量子力学の基本となる四つの力をシミュレーションしただけで、それをゲームと呼んでいるのは人間の勝手な解釈に過ぎない。つまりこのゲームで再現できているものは全てリアル世界にも存在する事になってしまう。悪魔は、いるんだよ。ゲームのキャラクターとしてではなく、実際の存在としてね」
「……、」
「なら、逆の存在はどうだろう。神や天使と呼ばれる存在がもしもいるとしたら。そいつらは本当に、このゲームに干渉していないと思うかい?」
「いるはずない……」
自分で放った最後の手がもどかしい。
高圧電流さえなければ、とっくに何かしら次の行動に出られたかもしれないのに。
「ツェリカは言っていた。『反逆の日』は、いつかマギステルス達が天界までシミュレーションの幅を広げて、仮想通貨スノウに振り回される人間社会と同じように間接支配するための計画だって。それなら少なくとも、今この段階で神や天使と呼ばれる存在がゲームの中を闊歩しているのは不自然だ! 矛盾している!!」
「ははっ、意外と神話関係には弱いのかな、カナメ。ゲームを楽しむなら中二心を忘れてはならないよ」
神話関係。
魂を連れ去る存在、魔の知識を授ける存在。
言われてみればヴァルキリーやモイライなど、そういった不吉な側面を持った女神がマギステルスとして顔を出していた事も、あったような……?
善悪は基準にならない。
しかし、タカマサが言っているのはそれとも違うようだ。
「マギステルスじゃないんだ」
「なん、だって?」
「いるんだよ、世の中には。善と悪の二元論の世界観なのに、天使と悪魔の両方の側面を矛盾なく備えた存在が。天使として神様に作られたものの人間の手で破門されて悪魔とみなされた、『拒絶された天使』。ルシファーのように罪を犯して永遠に投獄されたり、ベルゼブブのように古い神が歪められたのではなく、やはり時を経て人の手で赦された、善と悪の間を何度も行ったり来たりする存在」
がきり、という音があった。
タカマサが、近くに転がっていたバトルライフルから銃身下の機関拳銃を取り外した音だった。エンジニアらしく、感電の余波で震える手でも操作は正確だ。
「……これだとちょっと不自然かな。カナメ、本当は君の銃弾できちんと殺してもらった方が良かったのかもしれない」
「ちょっと待て、タカマサ。何をしようとしている?」
「いいかいカナメ。敵の名を忘れるな」
できない。
何もできない。
この戦いに勝って、だからどうだというのだ。自前のコンデンサ弾の痺れが抜けないカナメには、ミドリの異変を把握する事も、タカマサの動きを止める事も叶わない。
そう。
彼は、倒れたまま自分のこめかみに拳銃を押し付けて、にこりと微笑んでいたのだ。
「善悪の間を自在に泳ぐ者、天使ウリエル。そいつが、ミドリに憑いている者の正体さ」
パァン!! という乾いた音があった。
どういう意図があっての自殺かさえ、カナメには理解できなかった。
そして弾け飛ぶ血の珠を目で追っていくと、その先に一人の少女が立っていた。見慣れたはずの、ツインテールの少女。ただしその長い黒髪が神々しい黄金へと変色していき、背中から白鳥にも似た巨大な翼が広がっていく。
地底の宝、その象徴である金塊。
あるいは壮絶な夜明けの光にも似た、黄金の輝き。
『警告』
ズタボロにされたチャペルの真ん中で。
誰かの意思を伝えるメッセンジャーは、人の口を借りてこう告げたのだ。
『あなたは知り過ぎました、蘇芳カナメ。私はウリエル、最後の審判において善を救済し悪を責め立てる任を負った天使。穢れの集合であるマギステルスやその「総意」と対抗しうる最後の剣なり。今、私の存在が外に漏れる訳には参りません。よって、世界を救う力がその全てを投じてあなたを殺す。これは神託。ありがたく拝領し、そして受け入れなさい。至上の存在が定めし、その運命の行き着く先を』
知らない。
こんな話は知らないし、勝手に巻き込まないでほしい。
マギステルスを皆殺しにするつもりはない。ミドリと戦うつもりなんかない。なのに神だの運命だのといった連中は、揃いも揃って対立を望んでいる。まるで、人間と悪魔のどちらも獲得しようとするカナメの優柔不断さを嘲笑うように。
こんなのに、使い潰されるのか。
これまで温めてきた人間の優しい部分を、使い捨ての弾丸みたいに。
蘇芳カナメは歯噛みする。
それでも状況は変わらない。糸で吊られた人形のようにぎこちなく動く少女の指先が、何かを抜いていた。そいつは護身用のちっぽけな拳銃だった。
ぎこちなく、それでいて迷いなく、その銃口が倒れているカナメの頭に向けられる。天使ウリエル。こいつの思惑なんか知らない。だけどこれで、ミドリはカナメを撃った少女という事にされてしまうというのか。
体は動かない。
何をどうしたって、蘇芳カナメにはこの絶望を乗り越えられない……!!
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