【Third Season】第九章 君を撃ち抜く勇気 BGM#09“Fight a Duel.”《008》


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 建物全体を襲う派手な震動にやられたのか、ステンドグラスが一斉に砕け散る。

(あるいは俺から撃ってパビリオンをフォールさせてタカマサの手から引き離す事も……ダメか。自分が生き残る事にかけては最大性能を発揮する『乙女の生存』だ。本気で銃口を向けて引き金を引いたら何が起こるか俺にも予測できない)

 由緒正しい教会というよりは、そういう形に整えた結婚式場なのだろう。ネットゲームの中での結婚なんて、今やマネー(ゲーム)マスターに限らずそう珍しい話でもない。

 元は礼拝堂を模したスペースだったのだろうが、両開きの大扉を突き破る格好で二台のスポーツカーが突っ込んだため、ミントグリーンのクーペは丁寧に並べられた長椅子の列を片っ端から蹴散らし、黒のハイブリッドは壁際に置いてあったパイプオルガンを叩き潰していた。散々な有り様だが、まだ終わっていない。

(使うなら、ここか)

 カナメは慣れない燕尾服の懐から新しいマガジンを取り出して『ショートスピア』へ装填すると、運転席ではなく助手席側から車を出る。車体そのものを盾にして四五口径短距離狙撃銃を構える。

「タカマサ!! もう終わりにしよう!!」

「……どうやって?」

 黒のハイブリッドからは、タカマサが悠々と降りてきた。向こうはこちらと違って、遮蔽物に気を配る様子もない。その気になれば拳銃弾程度、真正面からかわせると考えているのだろう。

 パビリオンは反応がない。半分潰れた車内でぐったりしているのだろうか。

「カナメ、僕は前回から学んだ。殺すためでなく生かすため……レスキューの理論で突入ルートを決める戦い方をしたって、やっぱり本気で殺す君には敵わないんだって。だから足りない部分を、僕はこうして補った。だけどカナメ、君はどうだ?」

「……、」

「君も前回学んだはずだ。今のままでは僕を撃てない、と。技術ではなく心情の部分だろうけどね。だけど君の甘えはそのままだった。それならやっぱり、無理なんだよ。君には僕を止められない。こうなる事は、最初から分かっていたはずだったのに」

 ああ、とカナメは心の中で認める。

 やはりどこまでいっても、少年には古い友を撃ち抜く覚悟は決まらない。それがどれだけ正しい行為だと言い訳をしたところで、やっぱり心のどこかで思ってしまう。そんなのはまやかしだと。何をどうやったって、引き金を引いて霹靂タカマサを殺す行為は正当化できないと。いいや、正しいか正しくないか以前の問題として、そもそもカナメは撃ち殺したくないのだと。

 しかし。

 、だ。


 蘇芳カナメは、迷わず『ショートスピア』の銃口を跳ね上げて、友の額に一発撃ち込む。


「ッ!?」

 その躊躇のない行動に、タカマサは虚をつかれたようだった。

 驚きながらも、しかし体は正確に動き、難なく弾丸をかわす。もちろんそれで終わりではない。コールドゲームの死神と呼ばれた少年は、さらに続けざまに二発、三発と引き金を引いていく。

 ばぢっ!! と何か弾ける音があった。

 この高速戦闘の中、タカマサの眼球がカナメの挙動とは関係なく不自然に動く。バトルライフルのスマホを覗き込んで何らかの確認作業を取っているようだ。おそらくは自動録画している映像を巻き戻しているのだろう。

「高圧電流……?」

 そして、気づいたのだ。

 甘ったれの少年が、甘ったれたまま勝つ方法に。

「電気の力を溜め込んだコンデンサ弾……非殺傷のスタン兵器か!!」

「そういうのが得意なディーラーが一人いてな。ヤツの協力を取り付けるのは骨が折れたよ。おかげでこうして、を伝授してもらえたが」

 非殺傷兵器の権化、スマッシュドーター。

 わざわざマザールーズを襲撃するという回りくどい方法を取ってまで有力ディーラーに取り入ったのは、こういう理由があったのだ。

「殺さないなら、怖くない」

「……、」

「あんたと同じだよ、タカマサ。俺は自分の足りない所をテクノロジーで埋めて、前回のタガは完全に外した。今の俺は、もう遠慮なんかしない。あんたの目の前にいるのは死神だ」

「そうかい。……嬉しいよカナメ、君が僕をナメてはいないようで。これで僕達は五分の関係だ」

「ああ、どっちが勝っても文句は言えない。勝った方が自分の方法で世界を救えば良い」

 四五口径短距離狙撃銃に、銃身下に機関拳銃を取りつけたバトルライフル。

 どちらも遠近両方に対応するいびつな銃。

 互いに銃口を突き付け、都合一〇メートル以内の距離で連射する。

 しかしやはりタカマサは、並のディーラーではない。

 その体が爆発したように膨張した。いいやそう見えるくらいの速度で真正面から突撃してきたのだ。四五口径弾を三発もかわすと、ミントグリーンのクーペのドア下を片手で掴み、ちゃぶ台でもひっくり返すように大きく跳ね上げたのだ。

 持ち上げる、どころではなかった。

 七〇〇キロ弱のクーペは回転しながらカナメの頭上を追い越し、遮蔽物を失った少年へタカマサのバトルライフルが突き付けられる。

 いよいよ至近、一メートル以内の死闘に発展する。

「っ!!」

 タカマサの左手がフォアグリップ代わりの機関拳銃を握り直す前にカナメは横から『ショートスピア』の銃身を叩き込み、わずかに狙いを逸らす。威力の高いライフル弾が空気を切り裂く。銃と銃を絡めた関係でカナメ側からもタカマサを狙い撃つ事はできなくなったが、構わなかった。

 逆の手を突き付ける。

 握り込まれていたのは、ヘアスプレーほどの金属缶だ。

「催涙……ッ!?」

「非殺傷の種類は一つだけとは限らないそうだ」

 人差し指で殺虫剤みたいに分厚い引き金を引く。ばばしゅっ!! という高圧ガスが噴き出す一瞬前にタカマサは全力で後ろに下がる。カナメは催涙スプレーを呆気なく手放すと、今度は点滴のパックのようなものを取り出し、思い切り床へ叩きつける。

 迂闊に透明な粘液を踏まなかったタカマサは用心深かっただろう。もしも踏んづけていたら、自由自在に魔のカーブを作ってあらゆる車両をスリップさせる高分子行動不能ジェルに囚われていたはずだ。一度でも転倒すればそこまで、一秒の遅れで何発でも弾を撃ち込まれるこのゲームでは致命的となる。

 しかしこれで行動範囲を狭められたのは事実。

 カナメは『ショートスピア』を突き付ける。もちろん今のタカマサなら、前後左右がダメでも天井まで一息に飛び上がる事すら選択肢として浮上しているはずだ。

 ただし。

 カンッ!! と、カナメは足元にあったスプレー缶を真上に蹴り出した。

「あ」

 タカマサが呟く。専門的な催涙スプレーと言っても、噴き出すための仕組みは皆同じだ。やってはいけないイタズラとして、ライターと組み合わせれば簡単な火炎放射器ごっこもできる。

 つまり。

 高圧電流をばら撒くコンデンサ弾をブチ当てれば、金属缶を通して伝わった火花が缶の内部のガスと反応し、内側から大爆発を巻き起こす。

 鋭い破裂音が鼓膜を叩いた。

 しかも一緒に撒き散らされるのは、軽く瞼に触れただけで三日間は腫れ上がる極悪な催涙成分である。

「真上に飛べば自分から薔薇の傘に頭を突っ込む羽目になるぞ、タカマサ」

「っ!!」

「やっぱりこういうのは、一度専門家に師事するのが一番モノにできる近道だ。そして前後左右で動ける範囲はあとどことどこだ? 意外とそんなに多くはないんじゃないか」

 今この状況で視力を失う事がどれだけ致命的か、それが分からないほどタカマサは馬鹿ではない。想像できるからこそ、彼は自分から自由を手放してしまう。

「僕は……人類を救う」

「ああ」

「救って、自分の人生を取り戻す! ヤツらの手で一度フォールさせられたのだって悪くない、そこにはきちんとした意味があったんだって証明してみせる!!」

「それでも俺は、マギステルスを助ける。ツェリカ、冥鬼、シンディ……ああいった連中みんながみんな悪者だなんて、絶対に思えないからだ」

 逃げ道を失ったタカマサにできるのは、戦う事だけだ。

 そもそも真っ向からの掴み合いになれば、今のタカマサがカナメに負ける道理はない。勝負から逃げていたのは、クリミナルAOの方だった。『#鎖蛇.err』で己を強化したタカマサは、片手一本で車を投げ飛ばす。その気になれば素手の一振りでカナメの上半身を消し飛ばしてしまう事すら可能なのだ。

 だから。

 誘い込まれていると分かっていても、タカマサは乗るしかない。

「カナメ……」

「タカマサぁ!!」

 ズタボロになったチャペルの中、二人の少年が真正面から突っ込んだ。

 元よりタカマサ側は、接近戦前提だ。機関拳銃を取りつけたバトルライフルは用意したが、これ自体は『遺産』ではない。……銃撃の威力や精度をどれだけ底上げしたところで、『死神』たるカナメには勝てないと彼自身が切り捨てたからだ。だからタカマサにとって最大の武器は身体強化による変幻自在の体術であり、どうやってそこまで持ち込むかが最大の課題でもあった。

 では。

 

「な……」

 最適のコースで攻撃を振るいながら、しかし驚いたのはタカマサの方だった。利き手の右肩を潰すために振り下ろされたライフルの肩当てに、カナメは反応しない。むしろ自分から差し出すようだった。鈍い音と共に鎖骨が砕け、食い込み、カナメの右腕は完全に機能停止する。

 肩と頬で、電話の受話器でも挟むように押さえ込む。

 手の中からずり落ちそうになった銃へ逆の手を添えて、カナメは笑う。

「タカマサ、知ってるか。コンデンサ弾やスタンガンは雨の日には絶対使ってはいけないものらしい」

「……っ!?」

「濡れた体を伝って、持ち主の手を焼く事があるからだそうだ。……高圧電流はな、人の体を伝うものなんだよ」

 笑顔のまま、カナメは引き金に指を掛けた。

 その狙いをタカマサが理解すると同時、結末がやってきた。

 自分の顎を突き上げるようなカナメの一撃と共に、その電流は間近にいたタカマサまでまとめて襲いかかったのだ。


 あんたは撃てないよ、タカマサ。

 かつて放たれたその言葉に込められた意味を軽んじたのが、クリミナルAOの敗因だった。

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