【Third Season】第七章 イノチ売りの少女 BGM#07”Girl in Trash Can.”《010》


   10


 ぶずぶずず!! という圧縮された空気の開放される音が連続した。

 右の太股に複数の釘を打ち込まれて膝をついたスーツの男へ、正面から一本三つ編みの女、ザウルスが迫る。獰猛な舌舐めずりすら伴って。

「ちょ、待てっ!?」

 命乞いのくせに上から目線という時点で〇点だ。

 横のフルスイングで顔面いっぱいに釘バットがめり込み、快音と呼ぶにはあまりに水っぽい打撃音と共にスーツの男が薙ぎ倒されていく。このゲームは無駄にリアルだ。

「ひっ、ひいい!?」

「動くな」

 警告を無視して出口に走った別のスーツ男が、目には見えない赤外線トラップに引っかかって派手にダンスした。ホームシアターの大型機材から引っ張った高圧電流を浴びて丸ごとローストされたのだ。

 猫背にリュックの少年はポケットに手を突っ込んだままだった。明らかに、何かしらのスイッチを弄んでいる。

「……あ、あなたがフラック00さん?」

「てっ、テメェら、どこの人間だ」

「護衛全部狩られて丸裸にされておいて、今さら凄んでどうするよ? 時間の無駄だぜ」

 血まみれの釘バットを鼻先まで差し向けられて、一回り以上年上の青年が引きつった笑みを浮かべていた。

 かつん、と。

 彼の背後、逃げ道を封じるように、雪女のマギステルスが歩を進めた。

 これで四面楚歌、万事休すだ。

「『仕組み』についてはどこまで知ってる?」

「……、」

「全部分かっててやってんだろ!? なら、悪いようにはしねえよ。二割、いいや三割くれてやっても良い! 体面としちゃ用心棒辺りで収まってくれ、その戦力を貸してくれればきっちり『支払い』を行う!!」

 すでに力関係は確定していた。

 どれだけ理不尽だろうが、今この瞬間に限り、フラック00は襲撃者二人の望むものを提示しなくてはならない。

(ここをしのいだ後までは知らねえがな。そのアホ面二つはきっちり覚えた。床を全部焼けた鉄板にした牢獄に放り込んで、踊りながら互いに殺し合わせてやる……!!)

「へ、へへ。レッドテリトリーだからって馬鹿にしてんのか? お宅らがどの階層のディーラーかは知らねえが、絶対に約束する。半島金融街で株の取り引きするくらいなら、絶対こっちの方が儲かる。それも確実で、負けのない形でだ!!」

「というより、そもそも金に興味がねえんだ」

 呼吸が詰まりかけた。

 マネー(ゲーム)マスターで札束を出しても首を縦に振らない人間というのは、相当のイレギュラーだ。

「だったら何を……ッ!?」

「スマートフォン」

「……は?」

「れ、レッドテリトリーの中では、持っている人は限られているんですよね? ま、ガラケーでもタブレットでも良いんですけど」

「おい、何だそりゃ」

 唖然としていた。

 束の間、フラック00は駆け引きを忘れていた。

「そりゃ確かにスラムの中なら難しいけどよ、アンタら見ねえ顔だ、つまりよそ者だろ!? 外の人間ならその辺のショップでいくらでも手に入れられるはずだ。どうしてこんな物をわざわざ……ッ!!」

 スイカ割りの要領だった。

 それ以上は何も言わず、ザウルスが手にした釘バットを両手で掴み直すと容赦なく頭へ振り下ろす。あまりにも突然だったせいか、真正面からの一撃だったにも拘わらず、フラック00には両腕で庇う余裕もなかったようだ。

 転がった男の懐から滑り出してきた五インチの液晶画面の真ん中に数発、釘打ち機を打ち込んでおく。それから彼女は相棒たるマギステルスの方へ目をやって、

「シャルロットー、お前今まで何やってたの?」

「ちっ、違うの。消防車のサイレンが聞こえるとっ、何故かっ、あおお―――――――――ん!!」

 なんか人狼少女が窓の外に向かって遠吠えしていた。今日も平和だ。もちろん(民間契約でセレブな不動産を損害から守る)消防車なんて上等な車はレッドテリトリーには走っていない、あれはフィールド外の幸せな世界から聞こえてくるものだろうが。

 猫背にリュックのMスコープがじっとりした声で、

「『仕組み』と言っていましたが、やはり、何かがあるようですね。このフィールド」

「どうでも良いだろ」

 ザウルスは一周くるりと回した釘バットを肩で担いで、

「どっちみち、蘇芳カナメはこのスラムじゃ貴重品のモバイルを探し求めてここへやってくる。だったら先回りして椅子を奪っちまえば良い。入り組んだスラムの中を、たった二人で捜索したってウサギ野郎は見つからねえって話し合ったろ?」

「す、蘇芳カナメが他に通信手段を確保したら?」

「ここまで徹底してるんだぜ。イレギュラーな抜け道の存在は、それ自体が『こいつら』の癇に障るはずだ。理由は知らんが通信を独占する事で特権階級を作っているみたいだしな。黙っていたってケンカになるさ」

「つまり」

「ケンカを察知できる立場が欲しい」

 ザウルスは即答した。

「『こいつら』のてっぺん、そのドタマを片っ端から潰して、乗っ取る。『こいつら』の警戒網を丸ごと乗っ取っちまえば、蘇芳カナメに逃げ道はない。そういう寸法さ」

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