第一章 大陸と海上 BGM #01 “auction & pirate”.《016》
扉の外、プールやオークション会場が敷設されたデッキの方では、おでことメガネのリリィキスカや猫背にリュックのMスコープが集まっていた。
何かしらの理由で正面の扉は開かない。
PMCに命じて船内を捜索し、別のルートからホールへ兵士達を送り込んでいる。
「『#豪雨.err』、壊されたりしていませんかね。ぼく達も別ルートから中に入った方が良いんじゃ」
「密閉空間であのショットガンを使われたら、それこそ逃げ場がないわ。『#豪雨.err』を海に投げなかったのは確実に破壊するためでしょうし、おそらく船から持ち帰った後で壊すはず」
リリィキスカは耳のピアスを中心に、いくつかのアクセサリを付け替えながら答える。長距離狙撃から至近での乱戦用に、スキルをセットし直しているのだ。
ライフルのスコープを覗きながら彼女は続ける。
『
……ただし、間に合わせで『#豪雨.err』と相対する勇気があるかと言われれば、話は別。特に狭い屋内は窓や鏡などが多く、二〇〇〇発の散弾がどう暴れ回るか予測がつかない。そして一回のミスでフォールする事を考えれば、危険なギャンブルに出るのは躊躇われる。お金のありがたみは、儲かっている時には分からないものだ。借金に転じてから、初めてその恐ろしさを骨の髄まで思い知らされる。
「もっと気になる事が他にあるとは思わない? 例えば、『#豪雨.err』の装弾数とか」
「ちょっと触れてみた限りじゃ、一〇発くらいだったな」
角刈りのチタンがそんな風に言う。
リリィキスカの狙いはそこだ。
「なら、適当にPMCを差し向けて全弾撃たせましょう。やられ役はAI制御に任せて、私達は彼らが疲弊してから悠々と回収に向かえば良いのよ」
何しろこちらにはPMCが一〇〇〇人いて、しかも逃げ場のない海上だ。窮鼠に噛み付かれない限り、ここから『
万に一つも扉越しに『#豪雨.err』でぶち抜かれないよう、分厚い壁に張り付きながらリリィキスカは扉の向こうへ声を放つ。
「この状況じゃ勝ち目がないのは分かるでしょう!? 『#豪雨.err』を差し出せば命は助ける。ミドリについても興味はないわ! 秩序の回復のために『#豪雨.err』だけ渡してくれれば、二人ともフォールしないで済むのよ!!」
応じれば良いし、応じなくても構わない。
その程度の最後通牒。
果たして、硬く閉じた扉の奥から返答があった。
『あんた達に「#豪雨.err」は渡せない。あんた達が抱えている「遺産」も取り戻す必要がある。だから決裂だ、リリィキスカ』
「こちらはそれでも構わないわ、ならマネー(ゲーム)マスターとリアル世界の秩序のために、あなた達二人をフォールするしかない。はっきり言うけど、無駄な犠牲よ。お疲れ様」
『さてどうかな』
「この状況で逃げられるとでも? 『
『確かにこいつはまずい空気だ。ビリビリ感じるよ、鼻の頭に』
扉の向こうの相手はそれを認めた上で、
『だがこいつは獅子の嗅覚だ。並のディーラーなら引き際を知ってクレバーに手を引くんだろうが、俺はそういう使い方はしない。壁の厚さはもう分かった、だから次は突破させてもらうぞ』
「……?」
『なあおい、ここは島でもフロートでもない、船だ。そしてサッカー大会の応援グッズよりも扱いの軽い社外取締役になって船とPMCの「契約」を奪った時点で有頂天になって、忘れているんじゃないのか。こうしている今も、船は湾の内側をずーっと進み続けているって事に』
(ちょっと、待って……)
「まさか、まずい!!」
リリィキスカが言った時には遅かった。
ゴゴンッッッ!!!!!! と、凄まじい轟音と衝撃が船内全体に襲いかかった。
いつまでも直進を続ける豪華客船が、半島金融街の岸壁に激突したのだ。
あらかじめそれを予期できた者と、いきなり放り出された者の差は大きい。
リリィキスカもMスコープもチタンも、そして周囲で展開される無数のPMCやパビリオン達も、その全てが巨大な振動でデッキの床へと投げ出される。
そんな中で、ガォン!! という派手なエンジン音が炸裂した。
両開きの扉を内側からぶち破り、ボロボロになったミントグリーンのクーペがバックのまま勢い良く飛び出す。運転席にはカナメ、助手席にはマギステルスのツェリカとミドリが抱き合うように収まっている。
「くっ!!」
とっさに手持ちの銃を突き付けようとするリリィキスカだが、間に合わない。アクセサリをいじって近距離の乱戦を想定したスキルをセットし直しているとはいえ、そもそもボルトアクション式の狙撃銃だ。やはり得手不得手を完全に払拭するには至らない。
そうこうしている内にスポーツカーは嘲笑うように勢いを殺さずプールサイドで一八〇度反転するとデッキの上を爆走し、ついには手すりをぶち抜いてしまう。
船首部分のさらに先。
豪華客船が乗り上げた向こうに広がるのは、半島金融街の大通りだ。
「……ッッッ!!!!!!」
胃袋を下から持ち上げるような得体の知れない浮遊感に、ミドリが思わず絶叫しかける。ツェリカがその小さな口を塞いだのは、舌を噛まないよう配慮したというよりは、きっと単純に耳元で騒がれたくないからだろう。
ざっと三階分くらいの高さがあった。
しかも当然、信号の流れなど無視していた。
ズドン!! と着地と同時に車体の底とアスファルトが激しく擦れてオレンジ色の火花を炸裂させる。こちらに向かって突っ込んでくるバスをギリギリの所でかわし、ハンドル操作と小刻みなブレーキで挙動を取り戻して、どうにかこうにかカナメは道路の流れにクーペを乗せていく。
「ぷはっ! こ、これからどうするの!?」
「クリミナルAO……タカマサの『遺産』がどれだけ散らばったかは分からない。だけど、とりあえず確実にその一つを持っている相手には心当たりがある」
左手一本でハンドルを操りながら、カナメは簡単に答えた。
「『
その時だった。
助手席でツェリカに抱き着かれたままだったミドリは、確かに見た。
クリミナルAOの『遺産』に、その妹のミドリ。カナメは色んな問題を背負い込み、『
にも拘らず。
ひりつくような緊張の他に。
少年の口元には、獰猛な笑みが滲み出ていた事に。
「あれが旦那様じゃよ」
と、密着するツェリカがそう呟いていた。
何か、眩しいものでも見るように。
「今まではクリミナルAOの件があった。ミドリの安否も分からなかった。じゃから感情を封じておったが……旦那様は本来、誰よりもマネー(ゲーム)マスターを楽しむ人間じゃからな」
「えっ」
ダーティで、どうしようもなくて、何でもありの、この金融取引ゲーム。
それを最も満喫するディーラー。
本物の戦闘狂。
「当座の危機は去った。喪に服すのももう終わりじゃ。であれば旦那様は楽しむぞ。とことん遊んで骨までしゃぶって味わい尽くす。ミドリ、お主は運が良い。本物のマネー(ゲーム)マスターというものを肌身どころか骨身で知る事になるのじゃからな」
一方で、ハンドルを操るカナメはちょっとした事を思い出していた。
奇しくも、ハードエンゲージブリッジでは、リリィキスカがこんな風に言っていた。
……まずは第一歩。これを足掛かりに、本当の意味で歩み寄れると良いわね。
「まったくだ」
「?」
キョトンとした顔のミドリをよそに、ミントグリーンのクーペは街の中へと消えていく。
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