第64話 教会にて


 普段は祈りの言葉で満たされるはずの空間が、今は白頭巾の駆ける音の響きが満たす。


「シャァァァァァ!」


 威嚇。


 追加される音。


 顎(あぎと)を極限まで開き、体を前のめりにする。

 そのまま両手を付き、四つの脚で床を蹴る。


 白頭巾と人狼の間合いが詰まる。



 体の大きさは間合いの長さでも優る。


 白頭巾が届く間合いよりも早く振り上げた右手の爪を繰り出す人狼。


 白頭巾の駆ける音が変わる。

 踏み出した右足が足幅で二つ、長さで半分だけリズムの位置からずれる。


 着地の瞬間。


 右足の親指の付け根に体重を集め軸とし、左足を引き床に弧を描き右に半回転する。

 刹那、遅れ上半身が追い付く。


 そこは人狼の左腕の外側。人間なら死角の位置。

 しかし相手は人狼。当然、顔は狼。死角にはならなかった。


 人狼の嘲笑う口元。

 繰り出される左腕を遠心力で加速させた裏拳。


 白頭巾の弧を描き終えた左足の筋肉に力が込められた。

 身をかがめながら、解放された左足の力は前へと踏み出される。


 二人の身長差と白頭巾かがめた体は、人狼の裏拳を頭をかすめさせただけに終わらせた。



 相手の懐と呼ばれる間合いに白頭巾は飛び込み、間髪入れず繰り出す左手の一撃。



 覚悟していた。

 聞いていた銀の武器の攻撃の痛みは、想像を絶すると。


 だが、痛みどころか痒みさえ無い。

(なんだ。聞いていた程では無いのか?)

 自問し、

(それとも、この小娘が大したこと無かったのか?)

 出した答えは、

(それとも俺様が、強いだけか?)


(まあ良い、小娘さえ殺せば事は終わる。)

 懐の白頭巾を捕まえると、ハグの要領で両腕を交差させた。


 結果、空を抱いた。


 両腕が交差する刹那前に、白頭巾は届かない所へ…、後ろに飛んでいた。



 飛び退く白頭巾の姿が人狼の目に焼き付いた。

 原因は違和感。

(不敵に笑う口元か?)

 不正解と心が回答した。

(そうか! 左手だ!)

 自ら答えにたどり着いた。


 何かを掴む様にこちらへと伸ばされた左腕の五指。


 視線が注ぐ。そして、また否定された。


 伸ばされているのは四指。人差し指が軽く曲げられている。

 そこに、違和感の答えがあった。


 人差し指に引っ掛け伸ばされる太目の白い糸。

 宙を泳ぎ伸びた先は自分の胸元。



 微かな音と共に床に降り立つ白頭巾。


「ねえ、気になる?」

 指先で糸をもて遊び、

「これ。」

 笑っていた。


 聞いていた、この小娘は色々と厄介な狩りの道具を持っていると。

 糸もその一つに違いない。


 慌て、胸元へ両手をやる人狼。狼の顔の死角の位置へ。


「これはね、あんたの胸に付けた爆弾の起爆の糸。」

 戸惑う人狼。

([爆弾]とは何だ? [起爆]とは?)

 それは聞いた事もない言葉だったが、厄介なのは確かだと確信した。


「この糸を引っ張ると、中の瓶が割れ混ざり合い爆弾するのよ。」

 左の口角だけが笑う。


(あった!)

 右手が胸に付けられた丸いものを握る。大きさは林檎ほど。

(何かは解らないが、外して投げつけてやる。)

 引き剥がす力が、右腕に込められる。



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