第58話 拐われる


「そうか。」

 考えた答えは目に現れた。


 笑う目は、獲物をいたぶる捕食者のもの。


「小娘を殺して終わりにしようと思ったが…。」

 白頭巾を値踏みするあの目!

「気が変わった。」

 ペーターを見た。

「良い物が手に入ったしな。」


「ペーターをどうする気。」

 冷静さを取り戻し、声に凄味と殺意がこもる。


「どうもせん。」

 意外な答え。

「ただ、解放してやるだけだ。」



 気が付いた。

 白頭巾が後ろに回した左手を、『ヒョイヒョイ』動かしている。

 その意味を理解した神父は、その手に拳銃を乗せた。



『パン!』

「このぉ!」

 そう叫んだのは、構えた拳銃の引き金を引いてから。


 高速で飛翔する弾丸も、何ものも逃れられないこの世界の理に縛られる。


 到達までの時間。


 それは、刹那の間。


 『銀の牙』が動いたのは、刹那の半分前。


 迫る弾丸に、空間を明け渡し後に飛ぶ『銀の牙』。


「その顔、実に良い。」

 人狼の顔が笑う。

「怒りに心を支配されながらも、冷静な判断。それを実行する技。素晴らしいぞ、小娘。」

 その台詞は、どこか芝居がかっていた。


『パン!』

「ペーターを返せ!」

 また、叫んだのは拳銃の発射音の後。


 先程よりも間合いが遠くなったと、改めて判る。


 弾道を見極めるに十分な時間。


 『銀の牙』は器用に頭を左に傾けただけで、弾丸をかわした。

「いや、小娘とは失礼だな。」

 また、芝居がかった言い回し、

「白頭巾と呼ばねばな。」

 大きく笑った。


 歯痒さで、噛み締めたかな口元が歪む。いつもの愛さしさは微塵も無い。

「返せ…。」

 踏み出した足が地面を掴み前に押し出す。

 月光を受け、色が強調された白い影が尋常ならざる速さで駆ける。ただし、人間なら…。


 戦う気の無い人ならざるモノが、逃げれば追えるはずもない。

 それも後ろ向きで、白頭巾を楽しそうに見ながら。


『パン!』

 狙いは正確に人狼の眉間へ。


 それを笑みを絶やさず、後ろへ飛ぶかわす。


 白頭巾は待っていた、逆転の一瞬を。


 着地。それが一瞬の名。


「!?」

 後、ほんの少し…ほんの少しだけ…。引き金に力を込めれば発射される弾丸。


 それを思い止まらせたのは『銀の牙』が盾にしたペーター。


「撃たないのか?」

 嘲笑。



 躊躇(ちゅうちょ)。


 思考。


 変更。


 瞬きにも満たない時の流れの後に、白頭巾が引き金を引く。


『パン!』

 その音を聞いたのは後ろへ飛んだ宙で。

 それは、白頭巾が見た最後の跳躍になった。


 『銀の牙』の姿を森が隠した。


「待て!」

 思わず伸ばした左手の人差し指に掛かった用心金(トリガーガード)を中心に重い弾倉を下にするように拳銃が回転した。



「フハハハハ。」

 森に木霊する『銀の牙』の笑い声。




 脱力。


 膝から崩れ落ちる白頭巾。


「ペーター…。」

 出会ってから初めて聞く、この少女の弱々しい声を。

 それは二人の絆の深さを感じさせた。

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