第31話 ずるーい
膝立ちから立ち上がる白頭巾。
背中側に回した右手で腰の短剣を引き抜き逆手に構えた。
*逆手持ちは俗に言う『姉さん持ち』。最近は『忍者持ち』とも呼ばれる。
白頭巾から見て左側に回り込む人狼。
物陰から物陰へと黒い影が移動する。
気配を探りつつ、移動する黒い影に体を向け構えを継続する。
更に、ニ回物陰を移動した黒い影。
それから、撃ってこないのを確認するかの様にゆっくりと物陰から二足歩行で身を出す人狼。
「グルルルル。」
白頭巾の弾切れを嘲笑っているかの様に喉を鳴らした。
一歩。また、一歩と慎重に白頭巾との距離を詰める人狼。
「ガウッ!」
吠え足を止めた。
そこは、身長の差がリーチの違い。人狼だけの間合い。
振り上げた右腕は白頭巾の頭上。そこから、一気に死の一撃が放たれる。鈍く光る爪が白い頭巾を斬り裂く刹那、半歩左足を外に右足は一歩後ろにと、身を捻る。
空を斬った爪に合わせるかの様にを短剣を差し出した。
「グォォ!」
苦悶の悲鳴を上げながら、斬られ煙を上げる右腕を押さえ数歩下がる人狼。銀による初めての苦痛は痛みよりも恐怖の感情が勝る。
「安心して、死なない程度にするから。」
笑い声で、囁いた。
白頭巾が踏み出した左足の音が妙に響いて感じられる。
「ガウウ!」
人狼が左腕を振り回す。まるで、怖いものを追い払う仕草。
次は右足。白頭巾が近付いただけ、人狼が下がる。
「そんなに、逃げなくても。折角、来たんだから。」
差し込む月明かりに照らされ、ぼんやりと浮かぶ口元の笑いは見る者を震わせる。それは、人狼とて例外ではない。
それは恐怖を煽る。
「ウガァァァァァ!」
恐怖、それは怒りよりも凶暴な一面を持つ。傷付いた右腕も振り上げ、襲い掛かる。
白頭巾は、前に出していた右足を軸に左足を引き身を捻る。
今度は、人狼の右腕の内側、正面には胴体。
短剣の柄頭(つかがしら)に左手を添え軽く押すと、刃が数ミリ手応えも無く人狼の腹に入る。
「グェ!」
悲鳴を合図に、斬り上げる。
「ガウゥゥゥゥゥ!」
それがまるで音量の操作だったかの様に、悲鳴が大きくなった。
体が燃える様な激痛は恐怖を上書きし、冷静さを取り戻す。
人狼は飛び退き、体を丸め四足で物陰に潜った。
「また、かくれんぼ?」
踏み出す左足が床に触れると同時に物陰から人狼が出た。
左腕が勢い良く振られると、人狼が消える。
「ヤバっ。」
踏み出した左足に体重を乗せ身を沈める白頭巾。
直後、頭巾をかすめる何か!
『すどぉぉん』
それは壁にめり込んだ。
そう、人狼が消えたのではなく、日蝕と同じ原理で投げた物が二人の間に影を作っていた。
めり込む音と同時に床を蹴る人狼の白頭巾に振り上げた右腕。
その先にある拳は力強く握られている。
白頭巾は沈めた体を起こさず、その左側へ転がった。
『ベキ!!』
振り下ろした右腕。それが床板を割り音に変えた
更に転がり、距離を取りながら起き上がり人狼へ向く。
「あーっ!?」
音の正体を見た。
「灰掻き棒じゃない!」
握った拳の中には鉄製の灰掻き棒があった。
「ずるーい。」
人狼は鉄製の灰掻き棒という、さらなるリーチと銀で傷付かない武器を得た。
「咄嗟に、そんな物よく見付けたわね。」
チラリと見た壁にめり込んでいたのは椅子だった。
「こっちも…。」
よほど深く入っていたのだろう、灰掻き棒は床板を撒き散らしながら引き抜かれた。
再び、白頭巾に向けられる灰掻き棒。
振り下ろされ、振り回され襲い掛かる。
殺意を持って使われると、日常品が恐ろしい凶器へと変貌する。
「危ないじゃない。もう。」
かわしながら言っているのだから余裕はあるのだろう。
後ろへ跳ぶ。
空中で左手を後ろに回し、着地と同時に前に振る。
親指を除く四本の指の谷間に挟まれた大きな針を投擲する。
*大きな釘
別名を[釘手裏剣]とも[棒手裏剣]とも言う。
飛来する鈍い光の正体を感じ取り、身を捻る人狼。
攻撃の手が止まる。
間合いを詰める白頭巾。着地と同時に行ったのは、投擲だけでなく踏み込み。
着地した勢いで膝を曲げためを作る。十分なためは、白頭巾を瞬足で前に推し出す。
短剣の柄に左手を添え、勢いに体重を乗せる。
『ガキーン』
銀の短剣と灰掻き棒の発対面は、火花で終わった。
人狼の差し出した灰掻き棒は見事に、白頭巾の銀の短剣を受け止めていた。
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