第26話 喧嘩
怒りに任せたとはいえ、喧嘩慣れしていると判る攻撃。
左の拳を短く早く放つ。俗に言うジャブ。だが、当たれば屈強な男でもノックアウト出来る威力はある。
それを見ていた男達は、違和感を覚える。
それは白い頭巾の少女が避けるのでは無く、繰り出させる左の拳の方が当たるのを避けている様に見えたから。
実際には、拳を繰り出す瞬間に狙った場所から動いている高等な技なのだが誰も気付くものは居ない。
「このぉぉぉぉぉ!」
苛立ち、ついに繰り出した本命の右の拳。
戦いの興奮に分泌された大男の脳内物質は時間の流れを引き伸ばす。
今度は、右足を二つ分外へ、左足は後ろへ引き半円を描く様に体を捻る白い頭巾の少女。
そこは、大男の左側。
右の拳は、その前を通り過ぎた。
その光景をスローモーションで見ていた大男は目を見開き、頭だけをゆっくりと白い頭巾の少女に向けた。
その口元に浮かんだ邪悪な笑みは生涯忘れる事はないだろう。
反動で勢いを付ける為に、目一杯引っ張った左の拳。そこに、白い頭巾の少女の右手が添えられ、引っ張る方向へ加速させる。
加速は大男の許容範囲を超え、一気に均衡を崩す。
予期せぬ出来事に、受け身は疎(おろ)か手を付くことさえ出来ない大男は、そのままの勢いで左足を軸に回転から床に叩きつけられる。
その衝撃で店が少し浮き上がったと思えた。
周りの男達も、一瞬の出来事に理解が追い付かず、そのまま固まっていた。
追い付く理解が、男達を現実に引き戻す。
「この野郎!」
一斉に男達が立ち上がる。
その中の一人が座っていた椅子を手に取り振り上げた。
不意に、裾が翻り銀の光を放つ白い頭巾の少女。
それは、振り上げた椅子に命中し冷たい輝きのナイフの姿に変わった。
その冷たさで、男達の動きを凍らせる。
「喧嘩は素手でやるものでしょ。」
「止めな…。」
凍った男達を溶かしたのは、床の大男の声。
「俺に、これ以上恥をかかせるな…。」
ゆっくりと立ち上がろうとする大男。
「大丈夫ですかい?」
周りの男達が手を伸ばす。
「大丈夫じゃねえなあ…。」
手を借り起き上がり、
「酔が冷めちまった。」
「それは飲み直しねぇ。」
「違いねえ。」
先程まで本気で戦っていた二人は、声を出して笑った。
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