第124話 10年ぶりに帰ってきた街で
その日の放課後、俺は一人中庭にやって来ていた。
目の前には、幸一さんと美都勢さんの思い出の木。
その木に手を押し当てて、俺はそっと目を閉じる。
現在、生徒会の皆は生徒集会の片付けの為に体育館に向かっていた。
俺も手伝おうと言ったのだけど、怪我人は足手纏いになるからと免除となり、先に生徒会室で待つ事になったんだ。
その代わり、水流ちゃん主導で俺のクラスの皆が手伝ってくる事になっているので人手に関しては心配ないだろう。
一人で階段上るのは大変だろうと、こーいちを筆頭に何人かが生徒会室までの介助役を立候補してくれたけど、リハビリの為に頑張ると言い訳をして全て断った。
何故かって? 別に深い理由は無かったけど、少しこの木の前で一人になりたかったから。
昨日また不思議な夢を見たんだ。
でも、過去の事じゃない。
夢の中には幸一さんと光善寺君が出て来た。
何の話をしたのかまでははっきりと覚えていないけど、二人からの感謝の言葉と、その後は楽しい会話をしたと言う曖昧な記憶だけが残っている。
俺達
まぁ、その半分位はボケる光善寺君に俺達三人でツッコむと言う漫才だったような気がするけど。
そんな最中、母さん(心の悪魔)がいきなり乱入して来たのにはちょっとびっくりしたかな。
母さん(心の悪魔)は昔見た夢の続きを俺を通して見る事が出来たと、とても喜んでいた。
一応夢の中なので、母さん(心の悪魔)がそこで何を言ったとしても、俺の妄想でしかないんで関係無いんだけどね。
勿論この件に関して、現実の母さんに電話で確認なんかしないよ。
だって怖いじゃないか。
『何言ってるの? 私も居たじゃない』なんて言われたらさ……。
その後、幸一さんと光善寺君は天に昇る様に消えて行った。その際の言葉だけははっきりと覚えている。
「もう少しだけ、美都勢さんをお願いするね」
少し寂しそうに幸一さんは、そう言い残して消えて行ったんだ。
次に母さん(心の悪魔)も帰って? 行ったんだけど、その際に笑顔のまま闇に溶けるように消えて行ったのが、似合い過ぎて怖かったよ。
そして、最後の一人。
俺に似た少年が、俺の身体に重なる様に消えて行ったんだ。
あれはどう言う事だったんだろうね。
夢の中では何故かそこに居て当たり前と言う感じだったんで、あまり気に留めなかったんだけど、今思うとあの子は一体誰だったのかな?
最後に「おねえちゃんをよろしくね」と言っていたけど、何の事だろう?
まぁ、夢は夢だからね。
答えなんてモノを求めても仕方無いや。
でも、一つだけ言える事がある。
これで幸一さんと美都勢さんの物語は終わりを迎え、これからは俺が俺の力で新しい学園の物語を紡いで行かないと駄目だと言う事。
そして、勿論その為には様々な困難や試練が立ち塞がってるだろう。
けど、今度は俺の力でそれに立ち向かっていかないといけないんだ。
あぁ、違う違う、そうじゃない。
俺はこの二週間で思い知った。
一人の力だけじゃない、皆で力を合わせないとダメって事をね。
これだけは、忘れちゃ駄目なんだ。
「あなた! そこで何をしてるの? ここは我が家の山なのよ?」
突然後ろから声を掛けられた。
俺はその声に驚き振り返る。
そこに立っているのは勿論美都勢さんだ。
とても嬉しそうに、太陽の様な笑顔で俺を見詰めていた。
一瞬、夢で見た出会った頃の彼女が重なる。
「僕は最近ここに引っ越して来たんだけど、麓から見えるこの木が気になってここまで来てしまったんだ」
思わず俺の口から幸一さんの言葉が零れ出てしまった。
まだ俺の中に、
ちょっとした、悪戯心が湧いてしまったんだと思う。
一瞬怒られるかなとも思ったけど、美都勢さんは更に嬉しそうに目を細めて噴出した。
「ふふっ、あなたには本当に幸一さんが……いえ、それだけじゃない、御陵家が迷惑を掛けたわね。ごめんなさい。全て私が意固地になっていたばかりに……」
「そんな事無いですよ。とても貴重な体験でした。一時はとても悩みましたが、今は美都勢さんの言葉のお陰で前に進む力となっています」
「そう言ってくれると助かるわ。ねぇ光一くん? ちょっと時間は有るかしら? その木の下で少しお話しましょう。先週は紅葉に邪魔されましたしね」
「美都勢様酷いです! あの時は仕事なんで仕方無いでしょう!」
邪魔されたと言う美都勢さんの言葉に後ろで控えていた紅葉さんが抗議の声を上げる。
本当にご苦労様ですね、紅葉さん。
「そうですね。少し話をしましょうか。俺も聞いて貰いたい事も有りますしね」
俺達は、この木の下に三人で腰掛けて、幸一さんの事やこの学園の事、それにお互いの今まで想い悩んで来た色々な事、そして幸一さんが今際の際に残した最後の願い……。
この木陰の下で美都勢さんと一緒に夢の話をした。
「……私の夢は先日話した通り、あなたの子供をこの手に抱く事ですよ。早く叶えてくれる事をお願いしますね」
「ぶっ! うぅ、前向きに善処します」
相手が居ないとどうしようも無いですけどね。
俺のしどろもどろとした態度に美都勢さんがおかしそうに笑っている。
俺も釣られて笑い出した。
辺りに二人の笑い声が響く。
途中、紅葉さんの『何なら私がお相手を……』と言う、少し意味不明な言葉が聞こえた気がするんだけど気のせいかな?
「牧野くん! こんな所に居たの? あっ曾御婆様も一緒にいらしたのですか?」
二人して笑い合っていると、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた。
この声はギャプ娘先輩だな。
他にも桃やん先輩に乙女先輩、ポックル先輩、ウニ先輩の千林姉弟に、部外者だけど二人の妹のドキ先輩。
それだけじゃない、同級生のみゃーちゃんに八幡、そして萱島先パイに芸人先輩達。
よく見るとモグがみゃーちゃんの肩に乗っている。
そうか、俺が入院してくれている間、生き物係を一人でやってくれていたのか。
後でお礼を言わなきゃね。
あれ? 何故か水流ちゃんも居るな。仕事は終わったんですか?
皆が嬉しそうに俺の元に走って来てくれている。
「ふふふっ、本当にあなたは人気者ね。本当なら私の曾孫と一緒になって貰いたいとは思うけど……」
「えぇっ!? いや、そんな、俺なんかが……」
突然の美都勢さんの言葉に俺はびっくりして言葉に詰まってしまった。
「前にも言った通り、強制はしません。本当にあなたが好きになった人を選びなさい。私が幸一さんを選んだようにね。だけど、そうね……、後悔だけはしてはいけませんよ」
「はい」
とは言ったものの、あの中の誰かと一緒になるなんて、会って間も無い人も居るし、それに相手の気持ちも大事だし、何よりまだまだ心がフラフラしている俺なんかじゃ悪い気がするな。
「あらあら、そこは幸一さんと違って奥手なのね。あの人は結構グイグイと来ましたよ?」
そうですね。結構ロマンチストで、美都勢さんを口説いていましたしね。
まだ俺にはその域には辿り着けそうもないや。
心の扉の事も有るし、少しづつ前に進める様に頑張るとするか。
だけど……。
俺はそんな事を思いながら、嬉しそうに走って来る皆を見てポツリと呟いた。
「10年ぶりに帰って来た街でまだまだ色々大変そうだ」
ってね。
10年ぶりに帰ってきた街で色々大変です。
~わりとヒドインだらけな俺の学園青春記~
第一部 ~Fin~
10年ぶりに帰って来た街で色々大変です。 ~わりとヒドインだらけな俺の学園青春記~ やすピこ @AtBug
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