第120話 始まりは一緒

「あぁ、そうそう先程言っていた御陵家の面倒を見ると言う件ですが、早速果たしてもらいましょうか」


「「「えっ!?」」」


 美都勢さんが何かを思い出したように、光善寺家の面々にそんな事を言ってきた。

 今まで色々無茶なお願いを聞いて来たであろう美都勢さんからのその言葉に光善寺家の皆は驚愕の顔を浮かべる。


「な、何かいのう。美都勢おばさんや?」


「そのおばさんは止めなさいと言ったでしょう!」


「で、では、おばあさんかいのう?」


「……殺しますよ?」


「ひぃっ!」


 ……梍さんって結構度胸有るよな。

 一連の流れるようなボケとツッコミは二人の積み重ねてきた年月を感じさせる。

 何だかんだ言って幸一さんが生きていた頃からの60年来の付き合いなんだし、男の子が居なかった御陵家では、光善寺君に連れられて遊びに来た梍さんの事を、美都勢さんも何処と無く息子の様に気に入っていた節が有った。

 幸一さんが死んだ後も光善寺君よりは仲が良かったんだろうな。

 夢の物語を見た俺としては、その二人の関係を少し嫉妬してしまった。


 勿論、美都勢さんが他の男と仲良くしているって事じゃなく、梍さんのボケに美都勢さんがツッコんだ事だ。

 先程のやり取りは長い年月をかけた信頼関係が有ってのギリギリの発言だった。

 それを考えると俺のツッコミはまだ言葉を選んで遠慮気味な所がある。

 ただ、これは俺の場合年月を重ねれば辿り着けると言う訳でもない。

 広く浅くの人間関係をモットーにして来た今までの俺では、そんな事は無理なんだ。


 ……いや、別にお笑いを目指すと言う訳じゃないよ。


 本音を冗談で隠しても、きちんと相手に想いが届く信頼関係。

 それがとても羨ましく感じてしまった。

 俺は自分が傷付くのを恐れて、傷付かない様にと自分と他人の間に重い扉を作り生きて来た。

 その為に、桃やん先輩が語っていたと言う『底の浅い好意の器』と言う物を心の中に作ってしまっていたんだ。

 俺の心には相手の想いが届かない。

 それどころか俺の想いが相手に届いてるのかさえ自身が無い。


 俺はこの学園に来て、色々な体験をした。

 それは俺の今までの人生の中でも、その全てを凝縮して更にその中をダッシュで耐久マラソンした様な強烈な物だった。

 苦しい事や悲しい事、悩んだ事もいっぱい有った、そもそもこの入院だってそうだ。

 肩の脱臼や足の傷の痛みも、15年間生きて来て初めて感じた痛みだった。

 けれど、後悔はしていない。

 それ以上に嬉しい事や楽しい事、旧友達との再会や新しい出会いが沢山有ったからだ。

 入学からの一週間は、俺にとってこの街に帰ってくるまでの10年間で一番濃く深い物だった。

 この体験は終わってしまった今となってはだけど、とても心地よく感じている。


 俺もそろそろ心を閉ざしているこの強固な鍵の掛かった扉を開けて、心の痛みを恐れずに前へ進む時が来たのだろう。

 小さい頃に受けた心の痛みへの恐怖はまだ有るけど、宗兄とも仲直りしたし、その真意を受け取ったんだから、もう大丈夫。

 そりゃあ、これからも色々な困難や悲しい事は有るだろう。

 でも、本当にもう大丈夫だ。

 この一週間で痛みにも慣れて来たし、皆と一緒ならきっと乗り越えられるさ。


 ……絶対にね。


 そう思うと、ある事に気付き少し笑いが込み上げて来た。

 俺とギャプ娘先輩って同じなんだな。

 彼女も子供の時の辛い体験の所為で、今まで心を閉ざして生きて来た。


 社交的であろうとした俺と、排他的に人を遠ざけてきた彼女。


 人から見たら全く違う様に見えるけど、始まりは一緒なんだ。

 弱い自分を守ろうと幼い心が選んだ方法の違いだけ。

 そして、その選択肢を貫く為に、俺は心の奥に、そして彼女は心の外に強固な鍵の掛かった扉を作ったんだ。

 それなのに俺は、その閉ざしていた扉を無理矢理こじ開けてしまった。

 その所為で、本来なら少しづつ成長する筈だった、心の奥で隠れていた幼い頃のままの純真無垢な彼女の心を日の目に曝け出し、そして深い悲しみを与えてしまった。

 この罪は償わなければいけないだろう。

 どうすれば償えるのか、俺にはまだ分からないけれど、今は取りあえず彼女の伝説の生徒会俺の親父を越えると言う夢を全力でサポートしようと思う。

 

「え? え? 牧野くん。急にどうしたの私の事をそんな熱い眼差しで見詰めて……」


「あっいえ、美佐都会長ごめんなさい。……ただ、生徒会室で会長に言った、あなたの夢を支える事を改めて決意しただけで……」


「え? あのプロポーズの事? そ、そんな急に言われると心の準備がまだ……」


「プッ! プロッ!? い、いや、あれはそんなんじゃ無く……」


 そう言えば、後で皆にそうツッコまれたよね。

 ギャプ娘先輩は顔を真っ赤にしてなんか嬉しそうに照れているんだけど、あれ? こんな事ってどうでも良い相手や嫌いな相手に言われてもこんな感じにはならないよね?

 もしかしてギャプ娘先輩って、俺の事を?

 あっでもこれは劇的な出会いが原因の刷り込みみたいな物だったんだっけ?


 でも……。


「牧野クン? 純情ナ美佐都サンヲ、カラカウ様ナ事ヲ言ウモンジャアリマセンヨ?」


「い。痛いです、橙子先輩。ほっぺたを抓らないでください~」


 俺とギャプ娘先輩の間に微妙な空気が流れた途端、乙女先輩が張り付いた笑顔のまま、カタカナで喋る様な抑揚の無い語り口で、俺の頬を思いっきり抓って来た。

 何を怒っているの? それに純情な? からかう?

 ああ、そうか! さっき俺がそう思ったじゃないか。純真無垢な心って。

 全く恋愛に対しての免疫が無かったとも言えるギャプ娘先輩に、迂闊にもプロポーズとも取れる言葉を言ってしまったんで照れてるのか。

 う~ん、これは凄く卑怯だな。無知な相手に付け込んで惚れさせるなんて……。

 いや、と言う事は待てよ? なら今のギャプ娘先輩に邪な考えを持つ輩が言い寄って来たら……?


 ダメだ! ギャプ娘先輩が変な奴に騙されてしまう事になる!


 よし! 俺の罪滅ぼしの内容に、夢を支える事だけじゃなく邪な考えを起こして近付いて来る輩を全力で排除すると言うのを追加しよう!

 俺がギャプ娘先輩を守るんだ!

 新たな決意を心に誓ったのだけど、何故かほっぺたを抓っている指に更に力が入って来たけどなんで?


「痛いですよ~、橙子先輩~。あぁ、他の皆まで抓らないで~」


 どうして皆まで? 痛い~。特にドキ先輩はシャレになりませんよ!


「ふむ、私も参加するかな。おや? 樟葉くんはもう参戦済みか素早いね」

「とっても不快な決意を牧野君から感じまして~」

「うむ、君もかい。私もそうなんだよ」


 ひぃっ! エスパーか!



「ほっほっほっ、本当に青春じゃのう。……まぁ、この光景は羨ましいと言う気持ちは全く起きないがの。で、美都勢さんや、頼みたい事とは何じゃ?」


「あぁ、その事ですが。そう言えば今回のこの子達が頑張って作った会報は見ましたか?」


「ほ? あぁ見させて貰ったとも。本当に良く出来とったわい。70年の歴史の箇所も、実際に関わって来た儂達光善寺家に取っては感慨も一入じゃわい。あぁ、なるほど。頼みたい事は儂等が隠れとった時に言っとった事かの?」


「えぇ、そうです。 卒業生の私費で製作したのですがその所為で、苦しんでる様なのですぐにでも助けてあげたいんですよ」


「ふむ、まぁええじゃろう。森小路先生と言えば息子の後輩じゃし、儂も先生の作品のファンでもあるしの」


 あぁ、さすが美都勢さん。さっき言っていた千林家救済の件を早速頼んでくれている。

 気になっていた千林シスターズ+1の問題が解決しそうで本当に良かった。


 イタタタ! まだ皆して抓ってる。


 さっき皆となら痛みに耐えられるって心に誓ったけど、皆からの物理的痛みに関してはそこに含まれてないよ?

 お姉さんに助けて貰おうと思ったら、まだ部屋の隅で学園長を問い質していた。

 しまった、これは学園長を助けなかった罰なのかも。

 紅葉さんは……、ダメだ。

 将来お仕えするって言っておきながら、この惨状を助けようともせず、どちらかと言うと参戦したくてうずうずしていると言う感じでこちらを見ている。


 イタタタタ! 皆やめて~。


「お~い森小路先生の子供達! そう言う事じゃから安心せい」


 梍さんが、既に最初の切っ掛けを忘れてただ単に抓り合戦と言う遊戯に夢中になっているだろう千林シスターズ+1に声を掛けて来た。

 その言葉によってポックル先輩達だけじゃなく皆の手が止まる。

 助かった! ありがとう梍さん。何気にさっきから助けられてばっかりだな。


「やった~。ママ……、いえお母さんにすぐに電話しなきゃ!」

「やったよ~! これで美味しい物食べれる~」

「やったぜ! ……でも良いのか? 複数の印刷会社に突発の割り込みかけるなんて、かなり無茶な事してたから結構な額だと思うぞ? 詳しくは聞いてないけど ざっと試算した所、ごににょごにょ……位になると思うけど大丈夫なのか?」

「ふひょっ! そ、そんなにか? う、う~む儂の老後の楽しみの為と、コツコツ貯めといた小遣いがすっからかんになってしまうのう。しかし! 男に二言は無いわい! 安心しなさい」


 梍さん? あなたの老後は現在真っ盛りって感じな気がするんですが?

 ま、まぁ、まだまだ長生きすると言う心意気は感じました。

 それに『男に二言は無い』と言う言葉もカッコ良かったですよ。


「それに増刷してOBやOG向けに販売と言う手も有るじゃろうしな。まっ、その際はちゃんと森小路先生に印税として追加で対価を払うわい。ほっほっほっほ」


 あっ、そう言う事ですか。まぁ、商魂逞しいと言うか、何と言うか。

 でも、千歳さんにも更にお金が入りそうで良かったですね。

 その言葉に更にポックル先輩達は喜び、皆も拍手をして自分の事の様に喜んでいた。

 勿論俺も喜んでいるよ。

 抓り合戦から解放された事も含めてね。



 それから暫く皆で楽しく話していたんだけど、さっき飲んだ痛み止め薬の所為か俺が少し眠たくなって来た事も有り、今日はお開きとなり解散となった。

 お姉さんもなんだかんだ言って最後には学園長を許したみたい。

 まぁ、当時の事がどうであれ、このハッピーエンドに辿り着いたんだからね。

 明日も皆でお見舞いに来てくれるとの事だ。

 話では明日はクラスメートも来てくれるし、賑やかな一日になりそうだな。

 とても楽しみだ。

 そう思いながら俺は眠りについた。


 あぁ、水流ちゃんなんだけど、あの後ちゃんと来たよ。

 来たと言うか忍び込んだと言うか、どうやらお姉さんが夕食を食べに外出していた際に入り込んで来たようで、ふと怪しい気配を感じて目を覚ましたら、視界全てが水流ちゃんの顔で占領されている程の近距離で、息を荒げて俺の寝顔をガン見している所だったんだ。

 思わず悲鳴を上げたら丁度帰って来たお姉さんにとっ掴まって説教されていた。

 本人曰く『大きいベッドだったので疲れていたから、思わず横になりたかっただけ!』とお姉さんに弁明していたんだけど、それにしたら興奮してふんふんと五月蠅かった鼻息が当たりそうな程顔を近付けてきてたり、ガン見している目がとても血走ってたのが分からないんだけど?

 貞操の危機だったのか? それは助かったのか? 惜しかったのか?


「誤解ですってせんぱーい! 弟の小さい頃を思い出して添い寝してあげてただけですよ~」


 本当かな~?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る