第119話 幸せな結末
「あの~美都勢さん? い、いや美都勢様? そろそろ足が痺れて来たんですが、許して貰えないでしょうか……」
「年寄りには堪えるわい」
「ハァーハッハッハッハッハ、親父も淀子も情けない! 俺はまだまだいけるぞ!」
「では、一日中そうしていなさい」
「すみませんでした! 美都勢様!!」
「父さんこそ情けない」
「本当にのう~」
別に光善寺一族と美都勢さんの漫才が始まった訳では無い。
現在光善寺家の三人は、美都勢さんによって病室の固い床の上で正座させられていた。
あぁ、お飾り部長はただの付き添いなので勿論免除だ。
一見、芸人先輩の事を心配そうに見つめているんだけど、口を覆っている手の隙間をよく見ると、ほんの僅かだが口角が上がってるのを俺は見逃さなかった。
この人もまともそうに見えて結構アレだよね。
まぁ芸人先輩と普通に連めているんだから当たり前か。
話は戻り、美都勢さんが何を怒っているのかと言うと、先程のぐたぐたな登場の件ではなく、今では遺言となった光善寺君の指示の元、部活歓迎写真の件を筆頭に美都勢さんに対して色々とちょっかいを掛けて来ていた事についてだ。
いや、全て美都勢さんの為に動いていたのは、美都勢さんも百も承知だとは思うけど、他人を使って裏でコソコソと動いていた事が気に入らなかったって怒っている。
「その裏でコソコソってのが気に入らないのは分かるんですが、そもそも光善寺家が美都勢様に正面切って進言しても考えを曲げないんじゃなかったりしませんか?」
「そんなのは当たり前ではないですか」
「「「理不尽だ~」」」
本当に理不尽だ~!
さすが美都勢さんと言うべきだろう。この人の頑固さは折り紙付きだ。
まぁ、でも手段は兎も角、光善寺君は光善寺君で幸一さんの遺言に従って美都勢さんの苦しみを助けてあげようとしていたんだから、なんか可哀想なんだよな。
それに先程から三人が、チラチラと俺の方を助けを求めるかの様な潤んだ目で見てくるんで、ちょっと良心の呵責に苛まれたりして来た。
「美都勢さん? そろそろ許して上げたらどうですか? なんか可哀想……で……す…」
そう言った途端、なんか三人共が俺の顔を見ながら『そうだろう? 可哀想だろう?』みたいな、どや顔チックの笑みを浮かべて来たんで、なんかちょっとイラッときてしまい言葉が詰まってしまった。
「……まぁ、正座はそのままでいいですが」
「「「そんな! 酷い! ……ん? いや牧野くんに言われると、それはそれでご褒美な気が……」」」
「や、やっぱ正座も無しで!」
そのまま正座させておこうとしたら、三人共うっとりとした表情を浮かべて気持ち悪い事を言い出したので、すぐに正座を止めさせた。
お飾り部長? 何で急に正座に混ざろうとしてるんですか?
それに光善寺家の面々はなんでそんな残念そうな顔をしてるんですか?
さっきまで辛そうにしてたのに!
「ふん、良いでしょう。ここは光一君に免じて許してあげます。……それに、幸一さんが
美都勢さんは、少し顔を赤らめながら、そっぽを向いてそんな言葉を三人に掛けた。
う~ん、素直じゃない。
この人は本当にツンデレだなぁ~。
いや、だから光善寺家の面々は正座から解放されたのに残念そうな顔をしないで!
……お飾り部長もな。
しかし、これは美都勢さんと光善寺家の本当の意味で和解した瞬間だ。
別に喧嘩をしていたと言う訳でもないのだけれども、幸一さんを巡ってのライバル同士だった美都勢さんと光善寺君の関係は仲が良いとも言い難く、更に幸一さんの死後は刻乃坂学園を存続させる為に、この土地、そして学園の旧名の如くまさに『鬼』となり、頑固だった性格をもっと強固に堅めて、一心不乱に生きて来たんだ。
光善寺家に助力は乞うけども、それについて何処まで感謝の想いを伝えられて来たかは定かではない。
けれど、今の美都勢さんの態度と言葉に込められた想いは、『今までありがとう』と言う心からの感謝が溢れているのが有り有りと分かった。
「ほっほっほ。いや~父の遺言を果たす事が出来て、やっと儂の肩の荷を下ろせたと言う気分じゃわい。ありがとうの、牧野君」
梍君が嬉しそうに俺に頭を下げて来た。
その言葉に俺はとても嬉しくなって、綻ぶ頬を止める事が出来なかった。
一瞬、先程の皆の感謝の言葉の時の事が頭を過ぎり身構えたが、何故かすんなりと、梍君の言葉を受け止める事が出来た。
お姉さんと美都勢さんの言葉で何が有っても前を向く事を決意したお陰かとも思ったが、どうやら違う様だ。
俺の中で、皆からの感謝の言葉と梍君からの感謝の言葉は別の物と捉えているのに気付いた。
恐らく、皆の感謝の言葉は、俺の未来に続いていく言葉、そして今の梍君の感謝の言葉は過去の終わりを告げる物、そう、夢で見た
とても、嬉しい。
その気持ちが溢れ、これっ切り、本当に最後の最後だ。もう二度とはしない。
夢の中で一度は一つとなった
それより沸き起こる喜びと感謝の気持ちは、光善寺君の子供達に伝えないと収まらない!
そう、幸一さんの言葉を使っても!
いや、使うんじゃなくて伝えるんだ。
「梍君……、それに光善寺家の皆。本当に……、本当に今までありがとうございました。
突然の俺の言葉に、美都勢さんと光善寺家の面々以外が、目を丸くして驚いている。
お姉さんと学園長は……、まだ部屋の隅だね。
まぁ、これは厳密には俺の言葉じゃない。
幸一さんならこう言うだろうと言う言葉。
実際に俺を通して幸一さんが語ったかの様に俺が考えるより先に自然と出た言葉だ。
「ほっほっほっ、父さんだけではなく、儂も幸一さんが大好きじゃったからの。こんな簡単なお願いなど全く苦でも無いわい。お安い御用じゃったよ。なぁに、それに安心して下され。これからも美都勢おばさんだけじゃなく、御陵家を子々孫々光善寺家が支えていってやるわいな」
梍君は嬉しそうに言ってくれた。
その言葉にすぅっと俺の心が軽くなるのを感じる。
これが本当の幸せな結末。
悲しい過去は終わり、これから新しい未来が始まる。
そこには幸せが待っていると信じたい。
「お願いしますね。梍君。…………え~と、梍
「ほっほっほ。分かっとる分かっとる。……よし、それじゃあ
「……む。私に挨拶無しで勝手に二人して行くとは……。あの世での説教のネタが増えましたね。まぁ、今の所すぐにそちらに行く気は有りませんので、それまでの間、二人で漫才でもしながら首を洗って待っていなさい」
ははっ、なんか遠くから二人の悲鳴が聞こえて来たよ。
皆がきょとんとした顔をしている中、俺と美都勢さんと光善寺家の皆の笑い声が病室に響いた。
「私はオカルトなんて物は信じちゃいないが、ああも毎晩枕元に爺さんが立って一人漫才を聞かされていた身としては堪ったもんじゃなかったからね。正直な所、解決してくれて清々したさ」
芸人先輩の言葉に御堂さんと梍
うわっ、それ凄くうざそう。
俺の場合は自己主張も無く一方的に物語を見せられただけだったし、それに結局三回だけだったからね。
幸せな結末で終える事が出来た分、今思えばとても素敵な体験だったと言えるだろうな。
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