第116話 森小路先生

「それはあたしの教育の賜物ね。ママとして嬉しいわ」


 みゃーちゃんの言葉に、俺以上に気を良くしたお姉さんが鼻高々と言った物言いでそんな事を言ってきた。


「いや、ママじゃないですけどね」


 と、恒例の突っ込みはしたものの、お姉さんの言葉に少し納得しているし、少し嬉しい。

 そうだよね、お姉さんのお陰だと思う。

 そう言えば水流ちゃんがそんな事を言っていた。

 さすが刻乃坂学園の正義の味方。お姉さんありがとう。

 心の中ではそう思ったが、口には出さずに飲み込んだ。言うと絶対調子に乗るから。

 けど、いつかお姉さんには、俺に注いでくれた恩を返さないといけないな。

 

返しきれない量になる前にね。


「あの、その、そんなコーちゃんだからこそ……、私……私は……、す」


 みゃーちゃんがそんな事を言いながら顔を真っ赤にしてモジモジしだした。

 え? 何その顔? もしかして、俺の事? え?


「はいはーい、ちょっと黙ろうか、宮之阪ちゃん? あぁ牧野くんは気にしないで、感謝してるってのをどう表現しようかと悩んでただけのようだよ? ね? 宮之阪ちゃん? ちょっとお外で話し合おうか」


 俺とみゃーちゃんの間にドキマギした空気が流れた途端、桃やん先輩が張り付いた笑顔で何故かこめかみに青筋を浮かべて声を上げた。

 周りを見ると皆同じ顔をして、みゃ―ちゃんを見ている。


「あっ、ちょ、ごめんなさい! そんなつもりじゃ……」


 みゃーちゃんは、両脇を桃やん先輩と萱島先パイに抱えられて部屋の外まで連れさられて行ってしまった。

 俺は何の事だか分からずに呆然としてそれを見送る。


「あの? 今のは?」


「牧野くんは気にしなくても良いんですよ。こちらの話なんで。うふふふ」


 乙女先輩がちょっと大げさなぶりっ子ポーズをしながら、外に連れ出されたみゃ―ちゃんを気にして、扉の方を見ている俺の視線に立ち塞がりそう言った。

 う~ん、ぶりっ子な乙女先輩は単品として見ると、とても可愛らしい。


 なのだけど、冷酷魔人の片鱗を嫌と言うほど味わっていた俺としては、違和感半端ねぇ!


 以前の乙女先輩なら……、いや今の真乙女先輩でも絶対悪い事考えているとしか思えないよこれ!


「おや? なにやらイラッと来る邪念を牧野くんから感じるのですが?」


 ひぃぃっ! エスパー! しかも顔が冷酷魔人に戻ってる!


 ガラッ!


 俺が乙女先輩の迫力に脅えていると、扉が開きみゃーちゃんが部屋に戻って来た。

 あっそうだった、そう言えばみゃーちゃん連れ去られてたんだった……。

 いや~乙女先輩の所為ですっかり忘れていたよ。


「アハハハハ。コーチャン、サッキハ元気ニナッテ良カッタッテ言オウトシテタノゴメンナサイ。アハハハ」


「カタカナで喋ってる!!」


 みゃーちゃん何が有ったんだよ! カタカナもさる事ながら表情もロボットみたいにカクカクしてるぞ?

 後ろから入って来た桃やん先輩と萱島先パイはなんかやり切ったって顔してるし、二人に何されたんだ?


「……う~んまぁ仕方無いかぁ~。あたしとしては、みゃーちゃん押しなんだけど、他の子にも権利は有るもんね。結局はコーくん次第なのよ。頑張れみゃーちゃん……」


「ん? お姉さん何か言った?」


「ふふふ、何でもないわ。前にも言ったけど、女の子を泣かすような事しちゃ駄目よ? それとここに居る皆を大切にしてあげてね?」


「? う、うん? わ、わかったよ」


 お姉さんが、ボソッと何かを呟いたので聞いてみたんだけど、何やらはぐらかされてしまった。


「ほらほら、いっちゃん。はよう会報見ようや! あたし最初はいっちゃんと一緒に思て、まだ中身見て無いんよ」


 立て続けに色んな事が起きて混乱している俺に、八幡が会報を早く見たいとせがんで来た。


「うん? あぁそうだな。忘れていたよ」


 俺は手の中に納まっている生徒会報の存在を思い出した。

 手渡された後に色々とあり過ぎてすっかり忘れていたよ。


「あっ! 言ってる側から抜け駆けするなんて! 本当に今年の一年生達は油断がならないですね」


 八幡の言葉に反応して乙女先輩が文句を言っているけど、『抜け駆け』とか『油断がならない』とかなんか大げさですね。


「ううう~私達、お母さんと一緒に既に見ちゃってる~。牧野くんとの『初めて』を今に取っておけば良かった……」

「「しゅ~ん……」」


 ポックル先輩のとんでもない言葉に、ウニ先輩とドキ先輩が落ち込んでいる。

 他の人も『しまった!』みたいな顔をしているけど、いや、それなんか別の意味に取れるから止めて下さい。

 会報見るだけなのに『初めて』も何も無いですから。


 それを言うなら俺だって既に御陵家で読んでるんですから『初めて』じゃないですし。


「まぁまぁ、皆で楽しく見ましょうよ」


 プチカオスな状況になりつつあったので、俺はそう言って皆を宥める。

 俺の声に皆がベッドの周りにやって来た。

 俺はページを丁寧に一枚一枚捲り、会報を読み進める。

 まぁ、俺自身は御陵家で中身見てるんだけどね。

 と言っても、さすがにあの場での特異な緊張感の為、じっくりと見れなかった事もあり、どのページも新鮮に感じる。


 うん、良い出来だよ。俺達は良い仕事したよね。


 ……う~ん、しかし、俺達が作ったページよりも、とても出来のいい追加ページ。

 これは今日初めて見たんだけど、嫌な予感の通り何か会報のオマケの筈なのに、会報の方がオマケになっていないか?


千歳さんが頑張りすぎな件について……。


 解説の部分なんか幸一さんの手記が元ネタとは言え、なんか普通に歴史小説みたいな読み物として面白いんだけど?

 そう言えば、桃やん先輩がファンなノリノリの生徒会記録の作者って千歳さんだったんだったよな。

 一応オマケの部分の殆どは事前に用意していたと言ってはいたけど、それにしても完成度が高過ぎるし、この短期間で製本出来るコネも持って更にそれを実行する財力も持っている。

千歳さんって、一体何者なんだ?


「そう言えば、あの時美都勢さんが千歳さんの事を森小路先生って呼んでましたけど何でなんですか?」


 ずっと気にはなっていたんだよね。

 生徒会OGだから面識は有っただろうけど、って言うのはなんでなんだろうか?


「森小路ってママの旧姓なんだよ!」


 美都勢さんではなく、ウニ先輩がそう教えてくれた。

 なるほど~、旧姓か~。そう言えばそうか。幸一さんは訳有っての婿入りだから男でも苗字捨てたけど、普通は嫁入りだから千歳さんの苗字が変わるよね。

 良く考えたら千歳さんが生徒会現役だった時に知り合ってるんだから、美都勢さんがいまだに旧姓で認識していてもおかしくないな。


 あ、いや、でも先生って?


「彼女は著名な小説家なんですよ。森小路 千代と言う作家名で数々の賞を受賞しているわ。何本か映画も作られていますね。一応我が校の卒業生の中でも文化面においては一番の出世頭と言えるのではないかしら」


 俺の疑問を察したのか美都勢さんが追加で説明してくれた。

 千歳さん小説家だったのか、そう言えば邦画のCMで『あの森小路 原作!』とかの煽り文句を聞いた事が有るような無いような?

 それに正直、思い起こすと俺はどうやら宗兄の手紙のトラウマで、映画と言う物をいつからか無意識の内に避けていた様で、最近まで気にも留めていなかった。

 映画が好きだったと言うのを思い出したのもこの街に帰って来てからだし、本にしても引っ越しの邪魔になるから基本買う事は無かったな。

 今思うと凄く勿体無い気がして来た。


「なるほ……」


「えぇぇーー! 森小路って言うと生徒会記録を書いた書記の人と同じ苗字じゃないですかーーー! 千歳さんがOGと言うのは知ってたけど、え? え? もしかして千歳さん生徒会書記だったの? そして伝説の書の作者? 何で言ってくれなかったのよ。千夏~!」


「ごめんなさい~。私達もはっきりと聞いたこと無かったの~」


「あ~、それ多分私が口止めしていた所為ね」


「学園長~!!」


 俺が声を発するのに被せて桃やん先輩が驚愕の声を上げた。

 桃やん先輩って千歳さんが生徒会記録を書いたって知らなかったのか。


 しかし、伝説の書って大袈裟な……。


 そう言えば、金曜日に学園長が俺に千歳さんの事を紹介した時って、桃やん先輩は校長の傍でギャプ娘先輩と乙女先輩の変わりようを説明していたから、元生徒会書記と言う所は聞いていなかったんだな。

 口止めに関しては金曜日に千歳さんがそんな事を言っていたっけ。


 それともう一つ重要な事があった。

 お姉さんが最初に『恐るべし、千林一族』とか言い出したから今までずっとそのフレーズを使ってたけど、ポックル先輩達って千歳さん似だから正確には『恐るべし、森小路一族』なんだな。


 そう思ってお姉さんにその事を言おうと顔を向けると、あれ? お姉さんが何故か釈然としない表情をしてるんだけどなんでだろう? まぁ良いか。


「そうだったんですか、納得しましたよ。それにしても、千歳さん映画にもなってる小説家って凄いですね。それに印刷所にコネってそう言うことですか。でも、あの容姿だったらもっとマスコミとかに騒がられても良いような?」


「それそれ。容姿で騒がれるのが嫌だからって、ママは出版社の一部の人以外に一切姿を公表してないんだよ。インタビューとかもFAXとかでしか回答しないんだ。世間では謎の作家とか作家集団の共同ネームとか言われてるみたい。今回は特別って事で印刷所とかに初めて姿を見せてお願いしたんだけど、皆ママを見た途端二つ返事で引き受けてくれたんだって」


「あ~なるほど。あの容姿だと作品の内容よりそっちの方で騒がれて面倒臭そうですもんね。しかし謎の作家集団って噂は、なんか東洲斎写楽みたいでかっこいいな」


 それに千歳さんに頭を下げられると絶対断れないし、一生懸命頑張っちゃうだろう。この短期間で完成したのも納得だよ。


「そうなんだ。ママってすごいんだぞ! でも無理したみたいで『今回凄いお金が掛かった~。即金で依頼したんで我が家はすっからかんよ。明日から暫く三食節約ご飯でごめんね~』とか言ってたから、俺様達この二日間お腹空いて辛いぞ~」


「うう、そうなのよ。さっきも連絡したんだけど、お母さんが今日来れないのは、お金を稼ぐ為にって次作の執筆で部屋に籠ってるからなの。『千花の件で家に来る日を楽しみにしてるわ』って言っていたわ」


 そう言うと千林シスターズ+1達はお腹をぎゅるぎゅる鳴らし元気無く凹みだした。

 あぁ、やっぱり俺は千林家に行かないといけないのか、入院してるし誤魔化せるかなと思っていたんだけど……。

 それは置いておいて、やっぱり無理してたんだな。

 そりゃ特急の特別依頼だろうし、この豪華装丁だ。

 一つの印刷所で賄えると思えないし、かなりの人海戦術で対応したのだろう。

 法外な費用が掛かっててもおかしくないよな。


 ポックル先輩もペコモン4号だし、金曜日の打ち上げの様子から他の二人も体に見合わずよく食べるんで、節約ご飯って本当に辛そうだ。


「おや? 森小路先生には掛かった費用は光善寺家に請求する様にと言っていたのですが?」


 美都勢さんが不思議そうに声を上げる。

 そう言えばそんな事言っていたっけ。


「お母さんって、なんか光前寺先輩のお父さんの事が苦手だったみたいで、勝手に動いた事だし、言い難いとか言ってました」


「あぁ、お笑い芸人のバカ孫は優秀では有りましたが、いつもニヤニヤとふざけた事を言って馴れ馴れしいからと、一部女生徒から『残念な男前』と煙たがられていましたね。そう言えば森小路先生の容姿の事をよくからかっていましたか」


 え? そんな理由でひもじい思いしてるの? そんなに芸人先輩のお父さんの事が嫌なの?

もしかして、姿を公表していない理由は芸人先輩のお父さんの心無い言葉のトラウマの所為だったりして。

 でも、一応親父の親友らしいんでちょっと複雑だなぁ。


 ……グハッ!


 ん? どこかで声が聞こえたような? なんか部屋の中からだった気がするんだけど?

 でも、気のせいかな? 皆も気付いていないようだし、廊下から聞こえて来たんだろうか?

 

「では、私から言っておきましょう。領収書を頂けたら回しておきます。あのバカ息子を脅してでも払わせますよ。本当に四代揃って馬鹿ばかりなんですから」


「「「ありがとうございます!!」」」


 ……グハッ!


 ん? またどこかで声が聞こえた気がするんだけど……?

 ドキ先輩も気付いてないし……いや、ドキ先輩は節約料理から解放される喜びの方が勝っていて気付いてないだけみたいだ。

 千林シスターズ+1は目をキラキラさせて美都勢さんを拝む様に見詰めているし。

 しかし、バカ孫にバカ息子って美都勢さん酷い言い様だな。

 でも、ドキ先輩達良かったですね。これで美味しい物がまたいっぱい食べれそうですよ?



 ……そういやなんで芸人先輩が居ないんだろうか?


学園長の使者になっていたし、家系的に真っ先に来てもおかしくない気もするけど、元々今回の事もやる気が無かったとか言っていたし、終わってしまえば興味自体失せちゃったのかな?

 う~ん、居るとウザいけど居ないと淋しいな。なんだかんだ言って芸人先輩って超絶美少女だし。


 いや、ウザいけど。


 いつもひょっこり現れたりするんで今日もいつの間にか現れると思ってたんだよ。


 いやいや、ウザいんだけどね?


 居ると邪険にしていたけど、居ないと淋しい事に気付いた俺は、その感情に愕然としたのだった。

 いや、好きとかじゃないんだけどね

 ツッコミが出来ない手持無沙汰的にね?


 本当だよ?

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