第107話 生徒会会報
「これはね、金曜日の夜に今回の事を察した千花に頼まれて準備してたのよ」
そう言って千歳さんは可愛くウィンクをした。
この人、俺の母さんとタメの筈なんだけど、化粧以外普通に千林シスターズと違いが分からないくらい若くて可愛いよな。
本当に恐るべし千林一族!
そして、その仕草に俺のHPが5ポイント位回復したんで、少し身体が楽になった気がする。
いや、それは置いておいて、ドキ先輩に頼まれた? いつの間に?
俺は膝の上に置いたその本を右手で一枚一枚捲っていくと、そこには信じられない物が印刷されていた。
俺達の想いの結晶。
それを見ていると身体の底から力が湧いてくるのを感じる。
途切れそうになっていた意識が再び蘇ってくるようだ。
「しかし、どうやってこれを?」
俺の尤もな疑問に、
もうこれだけで凄いドキドキして、痛みとか気絶どころの騒ぎじゃ無い。
癒しの波動でも出ているのだろうか?
「金曜日の夜に時、牧野くんに原稿見せてって頼んだでしょ? あれはね、千花が『創始者が印刷所か、原稿データに何かして来る筈だ』って言って来たからなの。千花の予測は当たるからね。だから原稿を確認する振りをして、私の知り合いにメールで印刷を依頼していたの。皆に内緒にしていたのは、盗聴機とかどこから話が漏れるか分からなかったし、あの時点ではこれはあくまで保険だったからね」
あっ、そう言えば二人して何やら深刻な顔で話し合っていたな。
しかも、その後原稿を色々とチェックしていた。その時に原稿を何処かに送っていたのか。
ナイス! ドキ先輩と千歳さん。
「それが何で本になってるんですか? これ素人の作りじゃないですよね?」
「私の仕事の関係上、印刷所にはちょっとしたコネがあってね。今回思いっ切り私財を注ぎ込ませて貰ったわ」
「しかし、この装丁は何事です? これじゃあ会報と言うより、記念式典用の特装本って感じじゃないですか?」
そう、千歳さんが持ってきたハードカバーの小冊子は、金曜日の夜に完成した製本データが印刷された物だった。
印刷所にコネって、千歳さんって何の仕事をしてるんだろうか。
しかし、なぜこんなに豪華なんだ?
表紙も布地の上に金文字印刷で『刻乃坂学園 高等部 70周年記念』って題の下に『138代 生徒会会報 第一号』と書かれている。
これ、無料で生徒達に配布していい類のレベルを超えてると思うんだけど?
あぁ、これは美都勢さん攻略用に特別に作った奴かな?
「これは、やっと仕上がったサンプルよ。月曜日の為に一部先行して作って貰う様に頼んでたの。朝一で連絡が来て取りに行こうと思った矢先に美都乃さんから連絡が来たのよ」
「あぁ、なるほど、これが特別なだけなんですね。びっくりしましたよ」
生徒全員に配るのに、この豪華さって有り得ないよね。
しかし、良く出来てるなぁ。
それに自分達が書いた原稿が本になるって、何か感慨深い物が有るよ。
「えぇ、それは試作本よ。現在増刷中の配布用は70周年に相応しく『刻乃坂学園』の歴史を私が40ページに纏めた追加ページを加えた総60ページの超豪華本よ」
「ぶぅぅぅぅぅーーーー!! 何してんですかそれ! 元の原稿より追加ページの方が多いじゃないですか!」
「フフフ、実はね、追加ページは私が現役時代からずっと温めて来ていた物なのよ。幸一さんの手記に綴られた学園へのとても素敵な想いを皆に知って貰いたいってね。いつか今日と言う日が来るのを夢見てたのよ。……そう、美都乃さんが私だけに悲劇の真実を語って、……学園を去って言ったあの日からね。」
何かとても感情を込めてそう語る千歳さん。
もうなんか目をキラキラさせて瞳孔が開き気味になっている。
「は、はぁ……」
「幸一さんの今回取り越し苦労になる恐れも有ったけど、配布時に差し替える意気込みで先行して印刷依頼しておいて良かったわ」
語り終えた千歳さんは、夢がやっと叶ったって言う幸せ感満載なとても良い笑顔だ。
とても可愛い。
しかし、そんな幸せオーラを全力噴射している千歳さんには悪いんだけど、その夢を志した原点が、学園長の我儘な意地っ張りが原因だったって事を知ったらどんなにショック受けるんだろう。ははは。
「あら牧野くん? 何かとても可哀想なものを見る目をしてるけど、一体どうしたの?」
「い、いえ、そんな事は有りませんよ? 正直これが有って本当に助かりました」
取りあえず真実を言うと可哀想なので、今のところは黙っておこう。
ここで真相を言っちゃって、千歳さんが拗ねたりしたら話がややこしくなるし。
それよりも、どんなコネかは知らないけど、この会報は本当に素晴らしいよ。
「ふむ、誰かと思えば、
俺と千歳さんが出来上がった会報について小声で話をしていると、突然の千林一族の乱入に、俺を心配して駆け寄ろうとしたまま固まっていた美都勢さんが、やっと我に返り、少し不機嫌そうに千歳さんに向けてそんな事を言ってきた。
その声で親族一同も我に返った様だ。
なんか学園長と妹さんが『あの二人、なんかくっ付き過ぎじゃない? や~らし~』とか言っているが、ツッコむのも体力使うので無視しよう。
それに学園長? 木曜日はあなたが同じ事言われてましたよ?
それは置いておいて、美都勢さんが言っていた『森小路』? それに『先生』って?
一体どう言う事だ?
「あら、美都勢様、ご無沙汰しております。今日はとても良い物をお持ちいたしましたわ」
「良い物? 光一君に渡したそれの事? 何やら金曜日がどうとか言っていたが……? あっ、まさか……!」
千歳さんが、美都勢さんの驚いた仕草になんかすっごいドヤ顔している。
まぁ仕方無いか。
千歳さん自体、学園長サイドからの情報しか知らないから、美都勢さんの事を敵と思っているだろうし、なにより今の状況も分かっていないんだから、恐らく俺が『もう一度、会報を作ってみたら認めてやろう』みたいな無理難題を美都勢さんに言われている所に、華麗に登場したと思っているんだろうな。
先程の美都勢さんの不機嫌な声も、千歳さんの想定を補強する役目をしているようだ。
う~ん、何気にこの人って、
まぁ、学園長には全てが終わった後に、迷惑を掛けた皆に『ごめんなさい』行脚をするように言い聞かせるか。
「ほら、牧野くん。それはあなた自身が直接
千歳さんが俺に促してくる。
そうだな、これだけは俺がやらないといけない。
この時の為に、俺達皆で頑張って来た。
本来は明日、この会報……、いや、この会報自体の出来は想定外なんだけど、これを持って、創始者に挑む筈だったんだ。
親父の代から25年間……、違うな、芸人先輩の話だとそれより以前から説得をしようとしていたと言っていた。
そう、本当に長い年月色々な人達が色々な想いを持って、今日と言うこの日を目指して来たんだ。
運命の悪戯でこんな事態になっているけど、当初計画していた会報を先に作って済し崩し的に説得する方法では、幸一さんの遺言を蔑ろにする事には変わらない。
どれだけの言葉を重ねてようとも、美都勢さんの心に幸一さんの最後の願いを裏切ったと言う心の傷を負う事になっていた筈だ。
そして、今回美都勢さんの心をやっとすれ違いの鎖から解放する事が出来たけど、自分が
その傷は、写真の撮り直しをしたとしても癒される事は無かったと思う。
説得と生徒会報、この二つが合わさって、やっと本当の意味での美都勢さんの心の救済、それだけじゃない幸一さんや光善寺君の美都勢さんへの想い、それに美佐都さんの美都勢さんを想う心、そして親父達やこの件に携わってきた先輩達の想い、それら全ての想いが報われる時が来たんだ。
「美都勢さん、これを見てください、うっ、痛っ」
「光一くん! 無茶し過ぎです! あなたは今動いて良い身体ではないでしょう!」
「……えっ? あれれ? 二人どうしたの? ねぇ? 美都乃さん?」
興奮のあまり自分の状況をすっかり忘れていて、普通に立ち上がろうとしてしまい、痛みのあまり倒れそうになった所を、美都勢さんが慌てて駆け寄り俺を支えてくれた。
それを見た千歳さんが、困惑の声を上げて学園長に状況説明を求めているけど、当の学園長にしても、この一時間にも満たない時間で、今の自分を形作った二十五年間の苦労と苦悩が、全て夢幻かの如くひっくり返ったんだから、この状況を他人に上手く説明するのは無理だろう。
半泣きになりながら、肩を竦め首を傾げるジェスチャーで返すのがやっとのようだ。
まぁ俺に聞かれていたとしても、『なんか色々有って創始者と仲良くなっちゃいました』程度の説明しか出来ないから仕方無いよね。
「美都勢さん、見て貰えますか? これが俺達の想いを込めたメッセージ。幸一さんの遺言の本当の姿です」
俺がそう言って美都勢さんに会報を差し出した。
しかし、美都勢さんは差し出された会報を見て、少し戸惑っているようだ。
その表情から俺が差し出した物が、何なのかを既に理解しているのだろう。
差し出した会報に恐る恐る手を伸ばすものの、俺達の想いを受け取るのを怖がっているかのように寸前で止まってしまった。
幸一さんの遺言の真意を理解したとは言え、六十年の月日は凝り固まった想いがその姿を変えるには、あまりにも長すぎたんだ。
美都勢さんの手が、そのジレンマによる物かプルプルと震えていた。
「美都勢さん……、お願いします。どうか……、どうかこれを受け取って下さい」
改めて自覚した痛みにより戻りかけた意識が、またこの場に留まるのを拒否して旅立とうとしている。
本当に時間が無いのだろう。
既に言葉を発するだけでも激しい痛みを伴い、気力の残火が掻き消えようとしている。
「で、でも……」
それでも、美都勢さんが戸惑いの声を上げた。
その表情から激しい葛藤が窺い知れる。
その気持ちは分かるけど……、俺には時間が……。
「御母様! いや、この場ではあえて美佐都さんと呼ばせて下さい!」
俺の意識が消え去ろうとした瞬間、突然大広間に大声が響いた。
その声に、俺は再び気力の火がその勢いを取り戻したようだ。
意識がハッキリしてきた。
俺は急いでその声の方に目を向ける。
すると、そこには理事長の旦那さん、そして十周年の時の生徒会長である郡津 郡衙君が俺と美都勢さんを真剣な面持ちで見詰めていた。
「美佐都さん! 御陵先生の想いは、この少年からあなたの心に伝わったじゃないですか! ならば何をそんなに怖がる事がありますか! そんな情け無い態度では、御陵先生に笑われてしまいますぞ」
「む! ……あなたからのその呼ばれ方は久しいわね。……そうですね。この私がこんな弱気な所を見せるなんて、本当に幸一さんに笑われるわ。……分かりました。光一君、あなた達が紡いで来たその想い。しかと拝見させて頂きましょう」
美都勢さんは微笑みながらそう言うと、俺の手から会報を受け取った。
「郡津くん……、い、いや、えーと美佐都さんのお爺さん。ありがとうございます」
「はっはっはっ、この郡津 郡衙! 御陵先生の意志を継ぐと息巻いていたが、儂の力では美都勢さんを支えるには至らなかった。儂は今日この時の為に生きて来たと言っても過言ではない。こちらこそ感謝している」
「そんな、郡津くんは言葉通りここまで刻乃坂学園を大きくする手助けをしてくれたじゃないですか……、いや、え~とあはは、変な事言ってすみません」
やばいやばい、今完全に幸一さんとシンクロしてしまった。
もしかして、今俺の意識が保ててるのは、幸一さんが支えてくれているからなのだろうか?
「儂の事を旧名で呼び、そして当時の事をまるで自分の事のように語る……か。長生きはしてみるものだ。ありがとう、光一君。その言葉で儂は……救われたよ。……くっくぅ」
そう言って、郡津くんは泣き出してしまった。
けど、悲しくて泣いているんじゃなく、自分の苦労が報われた事に感激していると言う涙のようだ。
幸一さんと美都勢さんの仲の良さを、一番知っているのは郡津くんだけだ。
美都勢さんは光善寺君の前ではツンツンしていたし、娘の美呼都にはやはり母親としての態度を見せていた。
しかし、この郡津くんは一年もの間、公私共に式典に向けて一緒に頑張ってきたんだ。
最後の方にはまるで息子の様に思っていたのは、なにも幸一さんだけじゃない。
美都勢さんも『もし次に子供が出来たら、こんな男の子が良いわ』と言うくらい可愛がっていた。
それだけ幸一さん達との縁は深い。
だから、美都勢さんが苦しんでいる姿を一番長く、近くで見ていたのが郡津くんだと思う。
光善寺家以上にその姿に郡津くん自身も苦しんでいたのだろう。
だから、先程の『今日この時の為に生きて来た』と言うのは嘘偽りの無い本心なんだろうな。
彼も救う事が出来て本当に良かった。
なんか、妹さんが『あわあわ』言いながら俺と郡津くんをキョロキョロと見ているのは放っておこう。
この人、学園長を更にダメにした人っぽいオーラ持っているし触れない方が良さそうだ。
郡津くんの苦しみを解放する事が出来て安堵した俺は、美都勢さんに目を向けると、いまだ表紙に書かれた金文字をしげしげと眺めていた。
書かれている内容に少し首を捻っている。
うん、その気持ちちょっと分かる。
こんな物が出来上がるなんて俺も思わなかったし。
千歳さんやり過ぎですよ。
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