第90話 存在理由
「運命は皮肉なもんだねぇ。いや運命とはそう言うものかもしれない……か」
芸人先輩がドヤ顔のまま目を瞑り何度も頷く。
頭の中が混乱している俺だけど、その仕草にはそんな諸々を置いておいて根本的に少しイラッとする。
運命? 皮肉? 何の事だ?
俺と美佐都さんの出会いの事か?
それとタブーと言う事に何の関係が?
そもそも俺がタブーって何なんだ? 俺が御陵家の私生児とか?
いや、それは俺が親父に似ている事や、そもそもお姉さん自体が俺が母さんのお腹の中に居る頃から知っていると言っていたじゃないか。
俺の生まれは関係無いと思う……、多分。
「私の曾爺さんの親友、即ち創始者の旦那さんの名前を知ってるかい?」
タブーの内容を待っていた俺の想像とは掛け離れている言葉が芸人先輩の口から出て来た。
何言ってるんだ?
俺の戸惑う顔を見て、芸人先輩はどや顔のままニヤニヤと笑っている。
しかし、創始者の旦那さんの名前か……。
苗字は創始者の旦那さんなんだから『御陵』だよな。
そして下の名前は……。
夢の中で幾度か聞いたが、それらは全て言葉にならない言葉だった。
ただ一度だけ、最後に美都勢さんが『
『
俺と同じ名前だ。
いや、あれは夢の中の出来事だろ? でも創始者の名前は合っていた。
そんな、まさか?
「もしかして、『こーいち』さんですか?」
俺は恐る恐るそう口にした。
「正解だよ」
芸人先輩は満足げに頷いた。
やっぱり夢の中の出来事は本当だったのか?
そんな! 何で?
俺は芸人先輩が口にしたその事実に愕然とした。
「まぁ、その名前は学校案内資料の冒頭や学園の歴史のページに書いてあるから知っていてもおかしくないよ。それに君が演説をかました校門前広場の隅には結構目立つ
ん? え?
………………。
あははははっ、な、なんだ。
もしかして俺も無意識の内に資料とかで、その名前を見て知っていたのか。
それに
あ~勝手に盛り上がっていた自分が恥ずかしい。
「じゃあ、その『こーいち』さんの元の苗字は知っているかい?」
俺が妄想していた事に恥ずかしがっていると、相変わらずのどや顔でそう言って来た。
え? 元の苗字? ふ~ん、現実の『こーいち』さんも、夢と同じで婿入りだったのか。
苗字は夢の中に出て来なかった。
元々親から病弱な厄介者扱いされていたようだったし、『こーいち』さんも実家から距離を置いていた。
あっ違うな、実は早送りの風景の中で名前は幾度か出てきていたんだ。
出て来なかったんじゃなくて、夢の中では自分の名前は
なんだったっけ? 思い出せない。
何かしっくり来る名前過ぎて違和感無くスルーしていた。
いや、夢なんだし知らない事なんて出て来ないから、有ると言う認識だけだったんだろう。
「それは、分かりませんね」
夢はやっぱり夢だと分かり、少しがっかりしながらそう答えた。
ちょっとドキドキしてたんだよな。
余りにもリアルな夢だったから、もしかして実際に有った事を夢で体験したのかと思っていたよ。
それに、夢の中の美都勢さんと夫婦になってからは、その生活の殆どが早送り状態だったとは言え、色々と体験しちゃったりしたもんで思い出すとその……ね?
うわ~! 何か欲求不満が溜まってたんだろうか。
夢の中とは言え、現在齢101歳の創始者となんて……。
いや、夢の中ではとても綺麗で素敵な女性だった。
手記の中の擦れた写真のイメージから美化されたんだろう。
「牧野」
「はへ?」
急に芸人先輩が何故か俺の名前を呼び捨てで呼んだ。
突然だった為に『はい』が変になってしまった。
もしかして夢の妄想で身悶えているのを見て、怒っていつもの『くん』無しで呼んだんだろうか?
「なんです? 光善寺先輩?」
俺を呼んだ理由を聞こうと芸人先輩の顔を見ると、先程と打って変わって真剣な顔をしている。
マジで怒ってるのか?
「だから、牧野だよ」
「俺の名前がどうしたんですか?」
何が『だから』なんだ?
この期に及んで冗談を言っているのだろうか?
「君も鈍いね。創始者の旦那さんの名前が『
「え?」
芸人先輩のこの言葉に俺だけでなく、千歳さんを除く全員が驚いている。
千歳さんが顔を伏せている様子からすると、『辛い話』と言うのは、この事が関係しているようだ。
あぁ、いまだに地べたを這っている哀れな萱島先パイも、その格好のまま『私も知ってたよ』みたいな顔で俺を見ているな。
そこはさすがだ。
「冗談でしょ?」
俺は震えながら聞き返す。
しかし、芸人先輩は俺の問いに首を振って否定する。
「逆にこちらが冗談だろって聞きたいぐらいさ。実際に私の父さんは君が生まれて、その名前を付けたと聞いた時に、君のお父さんに『それは無いだろう』と、我が家の矜持を捨ててツッコんだと言っていた」
最初は真剣な顔のままだったが、最後は呆れたと言う感じのジェスチャーで自嘲な笑みを浮かべている。
変な矜持なんかそれこそ捨てちまえとツッコみたかったが、さすがに空気を呼んで飲み込んだ。
「な!!」
そんな事より今芸人先輩が言った言葉は、短いながらも情報量が多すぎて処理が追い付かない。
俺と芸人先輩は木曜日に初めて知り合ったんじゃないのか?
だって俺の名前を間違えて呼んだだろうこの人。
今の言葉は、まるで昔から知っていたかの様な口振りじゃないか。
それどころか俺の事で芸人先輩のお父さんが俺の親父にツッコンだ?
『それは無いだろう』って何に対して『無い』んだ? そもそも俺の親父と何故知り合いだったのか?
「光善寺会長は牧野会長が一年生の時に指名制で推薦した人物なの」
千歳さんが言葉を失って固まっている俺を見て、そう説明してくれた。
千歳さんの方を振り返ると歴代生徒会写真の一つを指し示している。
それは親父が隅っこで恥ずかしそうに写っている生徒会写真。
その下の生徒会長の名前欄に『
「俺の親父と先輩のお父さんって知り合いだったんですか!?」
俺の問いに今度は笑顔で首を縦に振る芸人先輩。
「ちなみに今でも『親友』なんだよ」
『親友』……。
脳裏に『こーいち』さんの『親友』だった『光善寺君』が浮かんだ。
またも、夢と現実の境を見失い、頭が混乱してきた。
「それだけではないんだが……、まぁ
なんでって…。
この遺言によって、心を縛られて悲しんでいるからって…?
「え? 美都乃ちゃんって光にぃと結婚する為に、この計画始めたの?」
芸人先輩のその言葉に急にお姉さんが驚きの声を上げた。
「お姉さん知らなかったの? てっきり知っていたんだとばかり思ってた」
そう言えば、何でお姉さんはノリノリで学園長が親父と結婚する計画を手伝っていたんだと思わなくないよな?
「知らないわよ! 光にぃが出来なかった偉業! だとか、婚約者と結婚したくないんで仕来りを壊す為! とか言ってたのに! 騙された~!」
あぁ~なるほどなぁ~、お姉さん上手く使われてたのか。
凄く悔しそうに地団駄踏んでいる。
う~ん、地団駄という言葉ではその様子は上手く伝わらないかな。
その一踏み一踏みが、ドゴン! ドゴン!と、人間が発する音にしては少々過激な爆音として部屋に響き渡っている。
おいおい! 少し校舎が揺れてないか?
「お姉さん落ちついて! 床が抜けるから!」
慌てて俺や野江先生が、それに宮之阪が止めに掛かる。
お姉さんに慣れている俺達三人でさえ、少しビビッて腰が引けている位なので、周りの皆はその迫力によってドキ先輩でさえ壁際まで退避していたが、一人だけ冷静な人物が居た。
「あ~、大和田女史? 話が進まないので、その怒りは後で直接美都乃さんにぶつけて貰えないだろうか? それに結局計画は実現しなかったのだからもう良いだろう?」
周りがビビッている中、芸人先輩だけは平然とお姉さんの乱心を呆れた物言いで諌める。
何故だか言葉の奥に強い意志が込められており、怒り狂っているお姉さんでさえその声に動きを止めた。
もしかして、芸人先輩怒っている?
「コホン。先程の続きだが、結婚材料に選んだにしては、いささか馬鹿げているとは思わないか? 傍から見ればただのクラブを紹介する写真じゃないか」
それは最初俺も思った。
たかが部活写真で、何故ここまで大事になるのかと。
でも、それが遺言によるもので、創始者は現在のあの
学園長はそれを解放する事によって親父を認めさせようとしたんだ。
それにあの夢が本当なら……、その気持ち痛いほど分かる。
「創始者の遺言で、そして旦那さんの遺志とは掛け離れた今の写真に心を痛めていると聞きました。そして学園長はそれを解放させる事によって親父を認めさせようと……」
俺の言葉でうんうんと頷く。
「そうだね。美都勢さんはその事に大変心を痛めていた。その他の事はね、幸一さんに対して『あなたが羨む程、この学園を大きくする』と言う宣言をしたらしくてね。大なり小なりの変化は時代と共に行ってきたんだ」
そ、その言葉は!
そうか……高校から始まった『十鬼乃坂』が幼稚園から大学までの一貫校になっているのは美都勢さんの
本当に実現させたんだ。
夢と言う出来事なのも忘れて、俺は夢で見た幸一さんの辛くなった辞めてもいいと言う言葉に、美都勢さんが元気いっぱいにそう宣言した時の場面を思い出して、思わず頬が緩んだ。
「おやぁ? この状況で何をニヤニヤしているんだい?」
同じぐらいニヤニヤしながら芸人先輩が聞いてくる。
だって、そりゃ……。
「美都勢さん本当に頑張ったんだなぁって、思ったらなんか嬉しくて……。あっ」
しまった! なに夢で見た事で喜んでるんだ俺?
周りから『え? どういうこと?』みたいな言葉が飛び交っている。
しかし、芸人先輩だけは、またうんうんと頷いていた。
「そうかいそうかい。いいねいいね。やっぱりね」
芸人先輩が、思惑通りとでも言いたげな笑みでそう呟いた。
「やっぱりって?」
「君ももう分かっているんだろう~? そこら辺の事は」
「え? それって……」
夢の事を言っているのか?
いや、それよりも、一瞬芸人先輩の顔に『光善寺君』の顔がダブったように見えた。
目の錯覚?
「クックックック。取りあえず本題に入ろうか。写真の件は美都勢さんにとって、幸一さんが死に際に唯一自分にお願いして来たと言う大事な事だったんだ。幸一さんは生前は最初に撮った一期生達の部活写真を、どんな時も肌身離さず持っていたくらい好きだったんだよ」
知っている。
初めて部活を見た時の衝撃、そして部活紹介写真を眺めるだけで幸せだった日々。
全部知っている。
最初に設立した五つの部のその写真を胸ポケットに入れていた。
頼み込んで携帯出来るようブローニーカメラで別撮りして貰ったんだ。
事有る毎にそれを眺めてはニヤニヤと一人悦に入っていた。
一度ミコトに『御父様、ちょっと気持ち悪い』って言われた時は一週間は立ち直れなかったっけ。
美都勢さんが呆れるくらい、
「牧野くん大丈夫かい?」
「は! あっ……すみません」
一瞬あの夢に意識が引き摺り込まれかけた俺を芸人先輩が引き戻した。
「まぁ、それだけこの写真の件は美都勢さんにとって大切な事だったんだよ。しかし、この件に関して、これだけ想いが深い事を知っているのは、美都勢さん以外に、娘である現理事長の
なんだって? あの時お腹に子供が居たのか!
そうか~、美幸と言うのか~、会いたかったなぁ~。
はっ! いや違う違う、また夢に引き摺られた!
「フフッ。まぁそれ以外の人は遺言を守っている程度の知識でそんな想いが有る事は分からない。なので美都乃さんも本来知らなかったんだよ」
「じゃあ何でそれをしようと思ったんですか?」
俺に説明した時は必勝の案みたいに話ていた。
知らなかったのにどう言う事なんだ?
美佐都さんのように写真を見た悲しい顔を見て、思い付いたのだろうか?
そして親父と共に手記を調べて確信したのか?
「それは勿論、私の父さんが美都乃さんに教えたからだよ。いや、当時君のお父さんが居なければそんな事言わなかったらしいがね」
「な! どう言う事ですか?! なんで先輩のお父さんがそんな事を! それに親父が何で?」
話が見えない。
親父が関係しているのか?
「私の家はね、曾爺さんの代から御陵家の、いや美都勢さんの面倒を見る事を家訓としていたんだよ。個人的には面倒臭い事なんだがね」
「それは、ぼ…、幸一さんが、光善寺く…、さんに、自分亡き後の美都勢さんの事を頼んだからですか?」
ヤバイ、色々と夢に引き摺られているのがとうとう言葉に出そうになった。
その言葉に芸人先輩は満面の笑みで頷いている。
「そうだよ。幸一さんが私の曾爺さんに残された美都勢さんの事を、そりゃ事細やかに頼んで来たからなんだよ。と言っても気の強い美都勢さんの事だからね。資金援助等の現金な頼み事以外、特にプライベート関係の助言や諫言には一切耳を貸さなかったらしい」
あ~分かる。
美都勢さんは基本的に、人の意見に耳を貸さない頑固者だった。
お金だけは要求する所はさすがと言う程の強かさだ。
例外は幸一さんの言葉か。
ベタ惚れだったんだろう、幸一さんの言葉には基本的に従順だった。
経営に関しては色々とダメ出しを食らったけどね。
「最初は良かったんだ。幸一さんの死後も暫くの間は、彼の理念のままの部活写真が撮られ続けていた。しかし、時代と共に合わなくなっていったんだね。古臭いポーズを強要される事に違和感を持つ生徒が増えていった。世の中のエンターテイメントによる表現が増えて行くにつれてね。そして曾爺さんは、いつの頃からか出来上がった会報を見て悲しんでいる美都勢さんに気付いたんだよ」
悲しんでいる美都勢さんを思うと胸が締め付けられる。
「そこで本題だ。曾爺さんは『悲しんでいるなら変えらどうだ』と美都勢さんに言った。しかし美都勢さんは激怒してしまった。まぁ元々あまり私の曾爺さんは美都勢さんから好かれていなかった。どうも曾爺さんと幸一さんが仲が良すぎて嫉妬していた所が有る様なんだよ。だから幸一さん関係の忠告など聞く耳持たなかったんだ。だけどその激怒の強さは逆に美都勢さんの心の傷の大きさでもある。曾爺さんはどうにかしてそれを癒してあげようと思った。幸一さんから面倒を頼まれていたからね」
芸人先輩は少し悲しそうに顔を伏せた。
さっきは面倒と言っていたけど気にしてはいるんだな。
家訓だから? いやそれにしては少し感情が入りすぎているような気がする。
「それがなんで親父が居る居ないの話しになるのでしょうか?」
「うん、先程言った様に光善寺家の者が言っても聞かない所か意固地になって聞かなくなってしまったからね。だから第三者に協力して変える様に、特に生徒からなら聞いてくれるかもしれないって思ったんだよ。君のお父さんの以前にもね。ちょこちょこと手助けして変更の申請はしていたんだよ。まぁダメだったんだけどね。そこに曾孫の美都乃さんと劇的な出会い方をした君のお父さんが現われた。丁度父さんが現役生徒会長でも有ったからね。これは! と思って生徒会に引き入れたそうだ」
!! なんだって? 全て光善寺家の計画だったのか?
親父が生徒会に入ったのも、そして美都乃さんに写真の件を教えたのも?
「利用したんですか? 親父と学園長の想いを?」
「そうだ!」
芸人先輩は真剣な顔でそう言い切った。
親父と学園長の恋心を利用して美都勢さんの説得なんて。
いや確かに有効ではあるし美都勢さんの救済になる、でも人の恋心を利用するなんて……。
くそ! 理由が理由だけに怒るに怒れない。
俺は頭の中が色々な感情でぐちゃぐちゃになった。
「まぁ落ち着きたまえ。私もこの話を先日聞いた時は思わず父さんを蹴り飛ばしたので気持ちは分かるよ」
「え? 先日? それに蹴り飛ばした?!」
話振りで俺の事はずっとしているんだと思ったけど違うのか?
「あぁ、先程も言った通り面倒臭かったからね。実は私はこの学園に入ってもこの件には携わらないようにと思っていたんだよ。私としたら何十年も前の事より目の前の研究だからね。まぁ運命は放っておかないのか、去年はそこの哀れな生き物が我が家の事を嗅ぎ付けて来たから腰を上げたんだ」
まぁこの人なら、本来人の為に動くとか無さそうだよな。
けど、ずっと友達欲しがっていた芸人先輩だから、人から頼りにされてお願いされるというのに舞い上がったんだろうな。
萱島先パイなら、芸人先輩の弱点に気付いて上手く立ち回れるだろうし。
「だけど、その時に私がやった事は、私の家に残っていた当時の資料や君のお父さんがやった事を調べただけさ。光善寺家の家訓なんかに首は突っ込まなかった。だから、なぜ君のお父さんが選ばれたのかなんて知らなかったんだ。勿論君の事も君の演説の後に哀れな生き物に教えられるまで知らなかったよ」
「では、なんで協力しようと思ってくれたんですか? ……いや、協力しようと思ってくれ……ている、で良いんですよね?」
わざわざ、使者と言うのを買って出てくれた理由は何なんだろう。
ここで『ただの暇つぶしさ~』とか言われたら、ちょっと嫌だな。
「あぁ、今の私は誰でもない君だけの味方だよ。そう思った理由はね、あの演説が私の心に響いたからさ。萱嶋くんから君の素性を来た時には運命を感じたね。その日の夜にすぐ父さんに光善寺家家訓を問い質したんだよ。まぁ、要するに君に興味が湧いたからと言う訳だ」
俺の事に興味を持ったから動く気になった?
しかし、そうだとすると俺は一体どれだけの人間の手の平の上で動いていた事になるんだ?
「父さんの話によると、一応君のお父さんにはちゃんと家訓の事や利用しようとする事情まで説明したと言っていた。土下座までしてね。君のお父さんはそれを快諾してくれた。そして説得計画を練ったんだ。ただ、一つの誤算は君のお父さんは賢すぎたって事だ」
「賢すぎた? どう言う事ですか?」
賢すぎる事が誤算になるのか?
賢い事が武器になりこそすれ、誤算になるなんて表現はおかしくないか?
「簡単に言うとやり過ぎたんだ。一回目で失敗した君のお父さんは、問題の次の年に、有ろう事か幸一さんの行動までシミュレートしてしまった。当時生きていた曾爺さんはまるで本人が居るようだと驚いていたそうだ。しかし、それが本当に不味かった。これを見て欲しい」
そう言って制服のポケットから一枚の紙を取り出した。
それを手に取って見るとセピア色の古めかしい写真だった。
そこには男の人が二人写っている。
一人は夢の中で見覚えのある光前寺君だ。
そしてもう一人は……?
「親父? それも違う。どちらかと言うと……」
「あらこれコーくん? ……より歳いってるわね? でも光にぃとは違うし?」
覗き込んで来たお姉さんも同じ事を思ったようだ。
そこに写っていたのは俺にそっくりの中年男性。
でも親父とは少し違う。
誰だこれ?
いや、この顔はさっき中庭で……。
「それが『牧野 幸一』さんさ。彼はもっぱら撮る方が好きだったようでね。彼だけを撮った写真はあまり無くて、特にここまで顔がハッキリと映っているのは、殆ど残っていない」
そんな……、なんて言う事なんだ。
「もしかして俺と幸一さんの間には血縁関係でもあるんですか?」
夢の中では天涯孤独になった筈だ。
やはり夢で他に血縁者が居たのだろうか?
「いや、そうだったらまだ良かったよ。血の繋がりは説得力を持つからね。でも違う。色々と調べさせて貰ったけど、血の繋がりの無いただのそっくりさんだったんだよ。そこで質問さ。そっくりさん、所謂偽者が自分の好きな人の言葉を借りて、その好きな人が残した言葉を否定したとするとどうなる?」
「そ、そんな……」
そんなの怒り狂うに決まっているじゃないか……。
特に美都勢さんの性格ならその後の対応も頷ける。
親父の事を詐欺師と思ったんだろう。
だから騙された学園長の目を覚ませる為に引き離そうとした。
実際に半年の猶予が出たのは引き離される二人に自分の過去を重ねた所為なのだろうか?
「曾爺さんや父さんは読みが浅かったんだよ。そっくりな人間が現れた事に浮かれてしまい、美都勢さんの気持ちを考えられていなかった。あと、こう言ってはなんだけど、君のお父さんも少し頭だけで物事を考える所が有ったらしくてね、計算に人の心と言う因子を入れていなかったようだ。だから結果は惨敗だ」
「そ、そんな……」
「そして君のお父さんと美都乃さんは引き裂かれ、光善寺家はその責任と力不足を痛感し、表立ってこの件に関わる事から手を引いた。因みに野江先生と大和田女史の際には手を貸していないよ。あれは美都乃さん独断だ」
おぼろげながら全体像が見えてきた。
それによって一つの疑惑が生じてきた。
先程芸人先輩が言った、俺がタブーと言う意味。
この名前にこの容姿。
そして、今この学園に居ると言う事。
「もしかして、俺ってこの為に親父に作られたのか?」
俺はその恐ろしい考えに目の前が暗くなる。
俺の存在理由が足元から崩れ落ちる感覚に囚われ体が震えだしたんだ。
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