第四章 波乱の幕開けで大変です

第44話 苦労の報酬

『皆さんの力を、期待を俺に先行投資してください。報酬として必ずやより良い学園生活を送れる事を約束します!』


 え? 何それ?

 何とか閉店時間に間に合い、商店街であれこれと食材を買い込んで帰って来ると、部屋のテレビから朝の恥ずかしい一場面が流れてきた。

 テレビの前に鎮座している涼子さんとお姉さんの二人が帰ってきた俺を見てニヤニヤしている。

 合鍵渡しているからと言って、なんで我が物顔で酒盛り始めてるんですか。

 しかも酒の肴が朝の演説って……。


「お帰りコーくん! いや~入学早々やるじゃない! ママ感動したわ」


 お姉さんが目頭を拭いながらそう言ってるけど嘘泣きなのはバレてますよ?

 今さっき帰ってきた俺の顔を見てすごく良い笑顔してたもん。

 あとママじゃないですからね?


「本当に良いもの見させて貰いやした~。ありがたや~ありがたや~」


 拝まないでください涼子さん。

 それに何ですか? その時代劇でそれ言った帰りに悪党に切り殺される町人Aみたいな台詞は?


 あれ? 今日は黄檗さんは居ないのか。

 まぁ昨日の抱き付き事件の後だからね。

 ちょっと顔を合わせるの恥ずかしかったので良かったかも。


 いやそんな事よりもなんで朝の演説がテレビから流れているんだ?

 あっそう言えば乙女先輩が録画済とか言ってたな。

 よく見るとテレビにポータブルDVDが繋いでるし。

 でもどうやって手に入れたんだろうか?

 あっ終わったと思ったらまた再生ボタン押した!

 もう止めてください、恥ずかしくて死にそうです。


「しかし今日母校に行って本当に良かったわ。こんなお宝映像入手出来たんだもの!」


 直接ルートかよ!


「今日来たんですか。 何か用事が有ったんですか?」


「何言ってるの! 昨日の夜に深草センセーからコーくんが生徒会に入るって連絡来たからもんだから頑張ってるか気になって見に行ったのよ。教えてくれないなんてママ悲しいわ。まぁ結局生徒会室には行ってないんだけどね」


 そう言えば連絡してなかったなぁ

 急なのも有ったし、今度会う時で良いかって思ったまま忘れてた。

 しかし、さりげなくママを入れてくる所はもう職人芸だよな。

 多分言い続ける事でこちらが根負けするのを狙ってるんだろう。

 そうはいきませんからね?

 ママじゃないですよ。


「なんで生徒会室まで来なかったんですか? 千林先輩とか会いたかったと思いますよ? それに宮之阪だって居ますし」


「それが生徒会室に向かう途中で偶然視聴覚室から出てきた美都乃ちゃんと会ってね。そこで焼き立て生のこのDVDを貰ったのよ。そんなお宝映像早く見たいじゃない? 急いで帰ったのよ」


 美都乃ちゃん?

 あぁ確か学園長の名前って美都乃だったけ?

 乙女先輩がそう呼んでたな。

 しかし、なぜ"ちゃん"呼ばわりなんだろう

 あと手に入った映像を早く見たいから家に急いで帰るって、エロ本入手して猛ダッシュで家に帰る中学男子ですか?

 ……あっ、一般論ですからね?

 経験者が語ってる訳ではないですよ?


 しかし乙女先輩が録画してるって言ってたけど、今テレビに映ってる映像を見るとただの一ヶ所からの垂流しじゃなく、何故か場面転換有ったり、俺の台詞とかが効果的なテロップで表示されたり、相手が喋ってる顔がアップされてる斜め上に俺の顔がワイプされてたりしてる。

 何かバラエティー番組の様に編集されてるんだけど?

 学園長自らの編集なのだろうか?

 もしそうなら暇人過ぎるだろあの人。


「そう言えば今みゃーちゃんの名前出てこなかった? 一緒に生徒会に入ったの?」


 懐かしいあだ名を聞いてドキリとする。

 小さい時は俺もそう呼んでたんだよな。


「ええ、宮之阪も生徒会で、今のところ手伝いとしてですが参加してますよ」


「そうなの? それは良かったわ」


 その答にお姉さんは何故か嬉しそうだ。

 いや何故かって程でもないか。

 小さい時にいつも一緒だった俺達が、また一緒に居るって言うんだから俺の親気取りのお姉さん的にも懐かしいんだろう。


『何故お前みたいな一年が成績優秀でこの地元でも有名な会社の跡継ぎである僕を差し置いて生徒会なんかに入ってやがるんだ?』


 ビクッ


 うおっ急に音量がアップしてビビった!

 テレビに目を向けるとそこに映ってたのは丁度アホ継先輩が俺に食って掛かって来ているシーンだった。

 どうも演出的に悪役みたいな編集されててなんかアホ継先輩に少し同情した。


「これ滝井たきいさんとこの宗助そうすけくんね。昔はもっと素直でこんなこと言う子じゃなかったのに」


 アホ継先輩って滝井宗助って言うんだ。

 それに元々はこんな分かりやすい悪役台詞を言うような人じゃなかったのか。

 そう言えば何か焦ってるような雰囲気だったし、親に対するコンプレックスで精神的に追い詰められたりしてるのかな。


「地元で有名な会社って言ってますけどそうなんですか?」


「まぁ今じゃ確かに有名ね。昔は小さい会社でうちに工場用の貸倉庫を賃貸契約しに来てたくらいよ。ここ十年で一気に成長してね。いまじゃこの街以外にも大きな支社を幾つか抱えてるわ」


 へぇ~そりゃ凄いな。

 十年と言うと俺が去った後なのか。

 俺が居ない間にこの街も結構変わったよな。

 と言っても当時五歳の俺じゃ地元企業とか全く知らなかったんだけどね。


「まぁ急激に大きくなったからね。滝井さんちょっと天狗になったって言うか人が変わっちゃったのよ。昔は気の良い人だったんだけど、最近じゃかなり傲慢な態度で他の地元企業の人からあまりいい噂聞かないわ。うちとも当時ゴタゴタが有ったし。その頃から宗助君も変わっちゃっていつもイライラした顔しだしたのよね。と言っても滝井さんから色々と跡継ぎとしてプレッシャーを掛けられてるみたいで可哀想な所も有るんだけど」


 やっぱり追い詰められてたんだ。

 あれだけ生徒会に入りたがってたのも、やはり親から言われてたんだな。

 俺の家ってかなりの放任主義だからなぁ、似てると思ったけどとんでもないや。

 アホ継先輩は、最近親の凄さを伝聞で聞いた俺なんかとは違い、ずっと目の前でプレッシャーを受け続ける過酷な環境に居たのか。


「だとしたら俺の生徒会入りはちょっと申し訳ないですね。ある意味コネですから。まぁ自分では全く望んでいなかったんですけど」


 今更代わりたいとは思わないけどね。


「いや~美都乃ちゃんの話だとコネどころか実力見込んで、校長含めての直接指名って言ってたわよ? あの人達にそう言わせるなんて大したものよ」


 さっきから思ってたんだけどお姉さんって学園長と知り合いなのか。

 年齢的にお姉さんの在学中から学園長な訳じゃないと思うんだけど?


「学園長と知り合いだったんですか?」


「ええそうよ。光にぃが在学中の時の副会長なんだからその頃から何度も家に来たんで会ってたし、それに私が入学した年に一緒に新任教師として入ってきたのよ。あと当時喧嘩した理由の幾つかは美都乃ちゃんからお願いされたのも有ったしね」


 なるほど親父経由での知り合いだったのか。

 それに学園長って教師もやってたんだ。

 あと喧嘩のお願いってなんだよ。

 多分暴れている不良を更生させてとか言うのを拡大解釈したんじゃないだろうか?

 結果を聞いた時の学園長の顔が思い浮かぶ……、いや案外ノリノリだったかもな。

 二人よく似てるし。


「そりゃかなり濃い関係ですね」


「まぁ光にぃを巡る元恋敵だから色々とね。とは言っても自分は結局実家が決めたとか言う相手と渋々結婚しちゃったし、光にぃは光にぃで、その後美貴さん連れて帰ってきたりしたけどね」


 なんかそう言う親関係の恋話を聞くのは複雑だなぁ~。

 これ以上聞くのは精神衛生上良くないので聞かないでおこう。


「滝井さんの件は多分大丈夫とは思うけど私も注意して見ておくわ。でもコーくん凄いわ本当に。これを見たら美都乃ちゃんが欲しがった理由も分かるもの」


「この演説は確かに凄いですね~。まるで漫画の一シーンじゃないですか~。牧野くんこれ台本が有った訳じゃないんだよね?」


 なんか褒められてもムズ痒いんだけど……。

 結局問題の先送りだし〆は先輩達に助けられたからね。


「そんな褒められた事じゃないですって。台本は無かったですが、最後の拍手は先輩達が助け船を出してくれてましたし、それにこれ解決してませんよ? 結局言った事をちゃんと証明しない事にはただの口からでまかせにしかなりませんよ」


 俺はそう言ったのだがお姉さんは優しく微笑んでいる。


「あら? コーくんの顔には既にやり遂げる覚悟は出来てるように見えるけど? それは自分の為じゃなく誰かの為にやる事を決意している顔だわ」


 やっぱりお姉さんには隠し事出来ないな。

 ギャプ娘先輩の泣き顔はもう見たくないし、生徒会の皆も、その期待も、もう裏切れない、いや裏切りたくない。


「最近まではこんな事考えもしなかったんですけど、ふと気付いたらこの数日で俺の周りは大切で無くしたくない物だらけになってたんですよ。こんな短期間なのにおかしいですよね」


 たった数日なのにどれもこれも手放したくない。

 正直入学してからのこの数日は大変な事の連続だった。

 でもみんなのお陰で乗り越えられたと思う。

 助けられただけじゃなく助けたいと言う思いやみんなからのエールだって力になった。

 大変な事はまだまだ続くだろうけど今のこの気持ちさえあればきっと大丈夫だ。


「コーくん? 大切な物ってね、なにも年月だけが育む物じゃないの。人の織り成す形が時間と共に削り合いぴったりと重なり合っていく……そう言うのも素敵だけど、最初からそう作られているかのように出会ったその瞬間から重なり合う……そう言う素敵な縁も有るのよ。まさに私と光にぃのようにね!」


 ……。

 あっれぇ~~? 何か途中まで凄く良さそうな話をしてたと思うんだけど~?

 まぁ最後のは冗談……じゃないんだろうなこの人は、でも前半部分はその通りかもしれない。

 出会うべくして出会いぴたりと合わさるその縁。

 この街に来てから幾度と感じたこの感覚は確かに時間だけでは説明が付かない最初からそうなる運命のジグソーパズルのピースように思える。

 俺が離れていた十年で抜け落ちてしまったこの街のピースが俺とみんなで混ざり合い一つの風景を完せ……


 ぐぅぅぅぅぎゅるるるぅぅぅぅぅ~。


 突然地獄の亡者の呻き声の様な音が辺りに鳴り響いた。

 何事だ? 俺が気持ちよく心の中で語っていたと言うのに!?

 俺は邪魔された事に少し憤りを感じながら音の鳴る方に目を向けると、そこにはちゃぶ台に突っ伏しながら上目遣いでこちらを見ている半分程腹ペコモンスターに変態しかけの涼子さんが居た。


「ハ、腹ガ、へ減ッテ来たYo~」


 ごめんなさい! 涼子さん!

 そうですよね、俺帰るの遅かったですもんね?

 でも語尾を見るとまだ少し余裕が有りそうですね。


「直ぐ作ります。 待っててください」


 俺は慌てて台所に向かった。


「ハ、早くシナイと、アタシの中ノ獣ガ目覚める……」


 涼子さん物騒な事言わないでください。

 それに言っていたじゃないですか、『お腹減ると凄く顔に出ちゃうのよね』ってまるでちょっと疲れやすい体質程度な表現を。

 いきなり変な物を目覚めさせないでください。


「取りあえず、これを食べて待っててください」


 俺は冷蔵庫に保管していた料理用のチョコ玉子のかけらが入った袋を取り出して涼子さんに渡そうとした。

 かけらだけど全部合わせたら一個分は有るだろう。

 涼子さんは素早い動きで飛び起きると一瞬の間で俺の手から奪い去り貪り……、いや思ったよりお上品にかけら一個ずつ両手でつまみポリポリと美味しそうにかじっていく。

 う~ん、涼子さんの中の獣ってハムスターか何かなのかな?


「ありがと~助かったわ~。それで今日の料理は何かな?」


 すっかり元に戻った涼子さんが俺に今日の献立を聞いてきた。

 色々迷ったんだけど慣れない料理をするには今日は疲れたんで早くて簡単な物にしようとオムライスをチョイスした。

 ちなみに明日の食材も購入済みなんだよね。

 多分明日と明後日は会報作成の追い込みで遅くなるだろうから今日の内に買っておいたんだ。


「今日は和食じゃなくてオムライスですよ」


 オムライスならご飯さえ炊いてれば早くて簡単だからね。


「やった~あたしオムライス大好き~。玉子はどんなの? 薄いペッタリした奴?それともフワフワジュワワな奴?」


 う~ん前者は分かるんだけど後者はなんだろう?

 まぁ俺のはオムレツを作ってケチャップライスの上に乗せて真ん中裂いて裏返す奴だから言うなればトロトロデロンかな?


「俺のはトロトロデロンですね」


 これ伝わるのかな?


「それも大好きよ! 裂くのはあたしにやらせてね」


 あ~ちゃんと伝わってるみたいだね。

 しかし涼子さんは何でも喜んで美味しそうに食べてくれるから作り甲斐があるよ。


「そう言えば黄檗さん今日は居ないんですね」


 玉ねぎをみじん切りしながら黄檗さんが居ない理由を聞いてみた。

 最近ほぼ毎日居たから居ないとなんか寂しいな。

 昨日のハグが気持ち良かったからじゃないよ?


「あぁ黄檗さんは来週発売の雑誌の追い込みで、今週は多分来れないと思うわ。あら? 牧野くん? そんなに黄檗さんのハグが恋しいの? 妬けちゃうわ」


「ち、違いますよ!」


「えぇ! コーくんいつの間に黄檗ちゃんとそんな仲になってるの? ママ許さないからね?」


 お姉さんまで何を言ってるんですか?

 あとママじゃないですからね。


「こうなったらママ成分で中和よ~」


 そう言いながら抱き付いてくるお姉さん。


「な、何するんですかお姉さん!」


 ぎゅうぎゅうと抱き付いて来るお姉さんだけど、お姉さんの場合これってハグはハグだけどプロレスのベアハッグだよね。

 ギブギブギブ~! 中身がなんか色々出ちゃうから~!

 俺が苦しそうに身悶えてると、お姉さんは少し力を緩めて耳元で優しく囁いてきた。


「コーくん本当に大きくなったわね。あんなにちっちゃかったのにこんなに立派になって。さっきの顔かっこよかったわよ? あの顔した時の光にぃは無敵だったの。コーくんもきっと大丈夫だわ。これからも辛い事や悲しい事が有るかも知れないけど大丈夫よ! コーくんの周りの大切な人達が助けてくれるし、私だっていつでも駆けつけるわ。だから安心してね」


 最初はおどけた風だったが、最後の方は少し涙声になっていた。

 どうも本当に俺の成長を喜んでくれているようだ。

 正直言うと、今思い返しても小さい時、本当に母親の様に俺を包んでくれていたのはお姉さんだったんだよな。

 母さんも母親らしく優しかったりするんだけど、基本的に放任主義でプレイベートでは抜けた所が有る所為か、母性ではお姉さんに適わなかったりする。


 …………はっ!


 やばいやばい! ちょっとお姉さんを母親のように思いかけていたよ。

 洗脳されかけていた。


 でも、俺を抱きしめながら嬉しそうな顔で目に涙を浮かべているお姉さんを横目で見てると、まぁ良いかと俺もお姉さんを抱き返す。


「あ~ずるいずるい! 私も混ぜて~!」


 ちょっ! 涼子さんまで来てどうするんですか!



 美人二人のハグで揉みくちゃにされながら、これが今日の苦労の報酬だとするとそれも悪くないなと思えてきた俺だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る