第43話 好意の器
「まぁよく御母様から無事生還する事が出来たわね。普通の人なら死んでてもおかしくないわ。精神的に」
いや実際かなり死にかけましたよ。
先程の事を思い返すと今でも背筋が寒くなる。
「まぁ立ち話もなんだからそこに座って」
学園長は応接用のソファーに座るように促した。
俺の隣には庶務先輩が座るようだ。
「紅茶を淹れるわ。ちょっと待っててね」
学園長自ら紅茶を淹れてくれるようだ。
何か恐れ多いな。
学園長が淹れてくれた紅茶を飲みながら先程の理事長室での事について色々と話した。
どうやら俺が理事長室に入った後直ぐに庶務先輩が来て、一緒に聞き耳を立てていたようだ。
ボイスレコーダーも使って……。
それによると最初に俺が暴走した辺りから聞いていたらしい。
殆ど全部じゃないか。
「危なくなったら助けに入ろうと外で待っていたんですけどね。結局この人は勝手に暴走して事態をややこしくして! 本当に馬鹿なんだから」
あっ一応本当に助けようと思ってくれてたんだ。
でもやっぱり何故か怒ってる。
送り出した時のあの悪い笑顔といい何か庶務先輩が思い描いていた計画が有ったのだろうか?
普段意地悪しているように見えて実は色々と考えてくれていたりする様だし、今回も理事長との仲をもう少しマイルドに取り繕おうとしてくれてたのかもしれないな。
朝の件も理事長の件も結局結果の先送りで何一つ解決していないにも拘らず、期待値のハードルだけ青天井に右肩上がりにしてしまっている。
「本当にすみません。また先輩は色々考えていてくれたんですね。それなのにその気持ちも分からずに勝手に動いてしまって……」
この人には本当に迷惑をかけてばかりだな。
情けない男は嫌いなようで俺が謝るたび不機嫌になる庶務先輩なのだが、小言を返されるのを覚悟で本気で謝罪した。
……あれ? 小言が返ってこない?
恐る恐る隣を見ると、あれ? 誰だこれ?
そこに居たのは乙女の顔をして頬を染めてる女の人。
いや良く見るとやはり庶務先輩だ。
こんな顔した先輩は初めて見た。
俺が呆気に取られるのに気付いたのか更に顔を赤くして慌ててる。
「もう知りません!」
ぷいっと可愛くそう言って俺に背を向けて両手で顔を隠す。
……いやマジで誰だよ。
俺の頼れる庶務先輩がこんなに可愛いはずがない!
俺が庶務先輩の態度に驚愕していると学園長が笑いだした。
「プププ……あのね牧野くん、橙子ちゃんは素直じゃないから少し捻くれた言い方をするんだけど、普通の人はそれに対して大抵憤りを感じて反発しちゃうのよ。だから逆にそんなに素直な態度で返されることに慣れてないの」
「ちょっ! な、な、なに出鱈目言ってるんですか! そ、そんな事は有りませんから」
真っ赤な顔をして庶務先輩が学園長の言葉に食って掛かる。
いや、もうその態度肯定してるのと一緒ですからね?
そうか今まで俺が謝ると怒ったり顔を背けたりしたのは慣れてない返しをされた事によるパニックみたいなものだったのか。
捻くれた言い方と言ってたけど確かに表面的にはそうとも取れる……。
いやまぁそうとしか取れないけども、だけどこの人はその内心でちゃんと俺の事を考えて行動してくれてるのが分かっているので逆に叱ってくれてるようで有り難かったんだ。
「俺は先輩が俺の事を心配してそう言ってくれているのをちゃんと分かっていますから大丈夫ですよ」
俺は庶務先輩が今後俺の態度にまたパニックにならなくても良いようにフォローの為にそう言った。
「もう! もう! 本当に君はそうやって人の心を弄んでばかり!」
フォローの為に言ったのに俺の言葉に更にパニックになったのかあたふたと可愛くそう言ってくる。
本当に誰なんだよこの人。
それに弄ぶなんてそんな事は無いんだけど……。
パニックが収まった時の反撃が怖いのでこれ以上何か言うのは止めておこう。
でもここまで狼狽えるのは何でだろう?
生徒会室でもここまでじゃ無かった。
「なるほど~。これが美佐都を変えた力か~。無自覚なのに確実に相手の弱点を突いてくるなんてとても恐ろしいわね。ここは牧野会長とは根本的に違う所だわ」
なんか酷い言われようですけどそんな事は無いですからね?
それと親父とは根本的に違うとはどう言う事だろうか?
親父も結構誰とでも仲良くなれる性質だと思うんだけど。
「あぁ、そうそう牧野くん、橙子ちゃんの普段より砕けた態度に驚いてるようだけど私の前ではこうなのよ。橙子ちゃんの両親はかなり厳格でね。私はどちらかと言うと
「そ、そんな事は無いですって~」
あぁ学園長ってちょっとお茶目と言うかフランクな所が有るよね。
最初親父の事で冗談言われたりとか、それにギャプ娘先輩も呼び方が曾御婆様に御婆様なのに学園長だけお母さんだもん。
何処と無くお姉さん臭がするんだよね。
間違い無くギャプ娘先輩にママと呼ばせたがってるんだろうな。
親父ってこう言う人に好かれやすいのか?
まぁ、でも庶務先輩の態度は納得がいった。
喋り方も何処と無く違っていたのは学園長に甘えてたからなのか。
普段はギャプ娘先輩程じゃないけど心に鎧を着ているのかもしれない。
しかしこの人にこんな乙女な姿が隠されていたなんて驚きだ。
これから俺の中では乙女先輩って呼ぼう。
「でも本当に見事だったわ。あの状態のお母様を説得して味方に付けるなんて前代未聞ね。美佐都との事も一件落着ね。私の夢に一歩前進よ」
学園長は満面の笑みだ。
その反面庶務先輩改め乙女先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
学園長はそう言ったのだがアレは味方と言うのだろうか?
なんかまだまだ認められてはいないと思うんだけど。
仮免手前みたいな感じでしょ。
それに最後の言葉はギャプ娘先輩に対しても手助けするのは許すけど、これ以上孫に手を出すなよと言う話じゃないのか?
「学園長? 言ってる意味が良く分からないのですが? 取りあえず生徒会長を誑かした疑惑は晴れてこれから生徒会長のために頑張れと励まされはしましたけど、あれって結局これ以上孫に悪さをするなって言う警告ですよね?」
「え?」
俺の問いに何故か心底驚いた顔をしている学園長だけどどうしたんだろうか?
「え?」
今度は乙女先輩の顔を見ながら何か事情を説明して欲しそうな顔をしている。
乙女先輩はここに来て凄く嬉しそうな顔をしてるんだけど何故だろう?
「これが牧野くんなんですよ」
凄いどや顔で学園長にそう言った。
「ど、ど、どう言う事?」
激しく動揺している学園長だが何故か凄く馬鹿にされてる気分になるんだけど?
「牧野くんの幼馴染みに話を聞いたんですけどね、どうやら過去にかなりの回数引っ越ししてるようなんですよ」
「それは知ってるわ。確か13回だったかしら?」
え? そんなにしてたっけ?
両手で足りる位だったと思うんだけど?
ひぃ、ふぅ、みぃ……。
あぁ確かに3カ月未満のすぐ引越したのとか入れたら13回だ。
…………。
ひぃぃぃ!
何故学園長は俺でさえ忘れてた引っ越し回数を知ってるんでしょうか?
特に内申書とかにも書いてないと思うし入試の論文にも書かなかったんだけど?
真相は怖いので聞くのは止めておこう。
「その為に自分の居場所を作るのに苦労してきたようなんですよ。大阪時代の幼馴染から聞いた話を纏めるとですね、どうやら牧野君は人の悪意に対して敏感、いや過敏といっても良いくらいに分かるみたいなんですね」
あぁ言われるとそうだな。
どんな所でも自分の居場所を作る為に人一倍気にしている。
学園長はふむふむと頷いている。
「その悪意の隙を突いて相手を上手い事丸め込んでいつの間にか仲間かの如く居座るのが得意だったみたいなんですよ」
確かにそうなんだけど客観的に言われるとなんか変な奴みたいに聞こえるな。
「なるほどね~。で好意に関しては恐竜並みの鈍さと言う事かしら?」
どんどん言葉のきつさが上がっていってません?
何気に傷付くんですが。
「いえ、好意に関してはそれ以上に敏感だったみたいですね。そりゃ自分の居場所を作るのが目的なんですから悪意より好意の相手をしていた方が楽でしょう」
そこら辺はよく分からないな。
そうなのだろうか?
「だったら何でこんな事になっちゃうの?」
こんなって……。
「好意を受ける器と言ったらイメージがしやすいと思います。私は最初牧野くんの好意の器はザルか底が無いと思っていたんですよ」
ザルって……。
「でも桃山先輩が上手い事例えてくれました。牧野くんは器の途中に蓋がしてあって、その所為でどれだけ好意を注ごうが一定以上の好意は器から溢れ落ちてしまうんですよ。桃山先輩が言うには開けるのは簡単らしいんですけどね」
桃山先輩の例え? あれ? 何かそんな事を言っていたような?
確か心の扉とかそんな内容だったような?
バシィッ!
痛てぇっ!
何か思い出そうとした所に乙女先輩がチョップしてきた。
何で? そう思った途端またもや何か掴めそうな所で記憶の手からすり抜けていってしまった。
「だからあれだけお母様から信頼を得てもそう言う認識なの? こりゃ美佐都も苦労しそうね」
「そのくせ自覚無しに勝手に周りを攻略していきますからね。レッドキャップこと千林千花に写真部部長の萱島楠葉先輩も陥落しました」
「え? あの問題児に去年の写真馬鹿のあの子? 嘘でしょう?」
なんか俺のことモンスターを見るような目で見られてるんですが。
陥落とか人聞きの悪い。
それにドキ先輩に萱島先輩もえらい言われようだ。
「それでもですね。牧野くんは人の期待にはちゃんと応えてくれますよ。しかも予想を超えてしっかりと。そこは信頼しても良いと思います」
この人に素直に誉めてもらうと何か背中がモゾモゾするな。
「おや? 今牧野くんからとてもイラっとする邪念を感じましたが?」
又もやエスパーが!
と言うか俺ってそんなに考えてる事分かりやすかったりするのだろうか?
もう少しポーカーフェイスを鍛えよう。
「これは私の夢の為に猛プッシュしなければならないようね。ねぇ牧野くん?」
学園長の夢って何なんでしょうか?
あまり知りたくないですしプッシュってのはすごく怖いのです。
あと何か手を広げてにじり寄らないで下さい。
やっぱりお姉さんに似てるよこの人。
「
「まぁそうね。変に意識して失敗でもして折角得たお母様の許可も取り消されたら面倒臭いわね。分かったわ暫く自重する」
何か俺にとって凄い重そうな話なんだけど聞いても得が無さそうだからやめとこう。
「さぁ牧野くん、そろそろ時間も無いし生徒会室に戻ろうか」
あっもうそろそろ下校時間か。
「そうですね。みんなも待っていると思いますし」
俺も同意してソファーから立ち上がる
「えぇ~もっとゆっくりしていきなさいよ~」
学園長が止めるのだがさすがに遅くなり過ぎるのでみんなも心配してるだろうし帰る事にする。
「仕方無いわ。また遊びに来てね」
そう言う学園長に一応同意をしながらさよならを告げて学園長室を後にした。
乙女先輩と廊下を一緒に歩いてると、人気の無い所で急に立ち止まり俺の方を向いてきた。
なんだろうすごく怖い顔だ。
「先程の事は絶対秘密にする事! 誰かに喋ったら容赦しません」
先程の事と言うとあの乙女で可愛いあの姿の事か。
まぁあんなレア物誰かに教えるの勿体無いよな。
「分かっていますって、あんな可愛い藤森先輩は俺と先輩だけの秘密です」
あぁ学園長も居たか。まぁあの人は乙女先輩が素直で可愛い所を既に知っているんだから別に良いか。
乙女先輩の顔を見ると一見笑っているように見えるが目が笑っておらず額に青筋が浮かんでいた。
恐らくこれがこの人の怒りMAXの顔なんだろう。
俺はすぐさま無言でクルリと後ろを向き、乙女先輩から逃げるべく全力でダッシュした。
乙女先輩は『逃がさんぞ!』とうら若き女子高生が発して良い言葉のリミットを限界突破したデスボイスで俺を追いかけてくる。
そこそこ足に自信の有った俺だったが追いかけてくる乙女先輩をちらと見て後悔した。
この人むっちゃ足速ぇぇーーー!
もう人前だろうと関係無く猛烈ダッシュで逃げ回るが差がどんどん差が詰まってくる。
「ごめんなさ~い! 藤森先輩!」
「許さでか!」
多分学園長室での照れ隠しも合わせてなんだろうけどマジで怒ってるようだ。
通りすがりに先輩達から何故かエールを受ける。
「おっ! 藤森庶務に早速鍛えて貰ってるようだな。頑張れよ」
「死なないように気をつけろよ~!」
「はーい頑張りまーす!」
本当はそんな悠長な理由じゃ無いけどな!
結局追いつかれて揉みくちゃにされたんだがドキ先輩と比べたら可愛い物で半殺し手前で助かった。
ドキ先輩なら下手すりゃ全殺しだからね。
「次あんな事を言ったら承知しませんからね」
あぁあれより上があるのか。
本当に気を付けないと。
でも口調が少し乙女寄りですよ?
「お帰り~遅かったわね大丈夫だった?」
生徒会室に戻るとギャプ娘先輩が出迎えてくれた。
「何か有ったの? 本当に心配したわ」
「孫に悪さするなと怒られました」
「えぇぇぇーー! 御婆様ったらなんて事を。ごめんなさい」
隣で乙女先輩が笑いを噛み殺している。
「でも俺にこれから頑張れと言ってくれましたね。その間は見守るとも言ってくれました」
その言葉にギャプ娘先輩がびっくりしている。
「え? え? あの御婆様が他人に頑張れなんて言うの初めて聞いたわ」
う~ん他人と言ってもその頑張りがギャプ娘先輩の為だったりするし。
「でも会長の夢を叶えさせる為にって事ですから結局は会長の為と言う事ですよ」
俺のこの言葉でギャプ娘先輩の顔が見る見る赤くなる。
「牧野くん何処まで喋ったの? あぁ恥ずかしくて御婆様の顔を暫くまともに見れないわ~」
すみません全部喋ってしまいました。
その後も恥ずかしさに悶えるギャプ娘先輩を何とかなだめてその日は解散となった。
すっかり空は夕焼けに染まり街も茜色に照らされていた。
やばい! 商店街が閉まってしまう。
俺はみんなに別れを告げてダッシュで商店街に向かって走る最中今日の事を振り返る。
恐らく生涯で一番濃い一日だったんじゃないだろうか?
朝の演説に始まり、思い付きで始めた部活紹介写真が創始者を今も苦しめている学園のルーツに纏わる話だったり、ドキ先輩の事もそうだ。それに極め付けは理事長とのバトルか。
……いやマジで濃すぎるよ。
一高校生が一日で体験していい出来事の許容量の限度を遥か後方に抜き去って独走状態だよ。
明日は良い日であるといいなぁ~。
まぁそんな事より今一番気がかりなのは涼子さんが腹ペコモンスターに変身してないかって事だわ。
何だかんだ言って涼子さんが言っていた巻末ページ通りの展開になっているなぁと改めて思う。
まぁそれも良いかと最近は自分でも諦めている。
夕焼けの中、今日の献立を考えつつ一生懸命走る俺が居た。
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