第38話 土下座
「あぁ、そんなに驚かなくてもいいよ。安心してくれたまえ、私はカメラマンだからね。レンズの向こう側に居る被写体の隣に行こうとは思わないさ」
何やら訳の分らない事を言ってギャプ娘先輩達を説得している。
ポックル先輩はあまり面識が無いようだ。
普通に先輩に対しての挨拶をしている。
ウニ先輩は言わずもがな、宮之阪と八幡はポカーンとしていた。
「写真以外に興味が無い楠葉なら安心と思って送り出してみたら、本当に牧野くんは……」
桃やん先輩のこの発言で周りの皆は何かに気が付いたようで一斉に俺に注目する。
え? え? 何で皆そんなジト目で見るのですか?
早くもジト目大会開催の季節が巡ってきたのでしょうか?
パシャッパシャッ
「アハハハハ、牧野くん。君面白いよ。今の表情もとっても良かった」
ジトむ空気に押されて一人焦っている俺を写真に収め、萱島先輩は笑い出した。
それを見た皆は萱島先輩の最初の言葉を思い出したらしく落ち着きを取り戻したようだ。
……の筈なのだが、今度は俺の背後に皆の目線が行く。
なんだろう? とそちらの方を振り向くと唇に何かが触れた。
イタッ何だ?
あぁドキ先輩の額か、そう言えばずっと背負っていたの忘れてた。
何か軽いから慣れて体の一部かと思っていたよ。
忘れてて振り向いたから思いっきり唇をぶつけちゃったよ。
切れては無い様だな、ああ良かった。
まぁドキ先輩を背負っているのみたらそりゃ皆驚くかぁ~。
そんな事を考えながらドキ先輩の説明をする為、皆の方に向き直った。
「あぁ、途中で千花先輩が寝てしまって……」
「「「「「「「今! キスゥゥゥゥゥゥゥーーーーー!」」」」」」」
ビクッ
え? え? どうしたんですか? 今なんて言いましたか皆さん?
確かキスでしたか? え~と、キスって魚の事でしたっけ?
いや今は魚は関係無いよね。
他にキスって何があったかな?
う~んそうだ確か唇で異性と触れ合う事だっけ?
愛を確かめ合ったりとかイチャイチャする奴。
そうそうって、えぇぇぇぇぇぇーーーーーーー?
今の違うよ。事故だよ事故!
キスとかそんな……。
今のはノーカウントでしょ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
………………………………………。
親父、ブラジルで元気にやっていますか?
そちらは大分涼しくなって来てすごし易くなって来る頃ですね。
そう言えばこの学園に入ってから親父の話を色々聞きましたよ。
凄い活躍をしていたみたいですね、みんな褒めていましたよ。
あと学園長とのラブロマンスって何ですか?
子供としては少し気恥ずかしいし、学園長の顔をどう見て良い物なのか困ります。
多分当時の書記の人がノリノリで書いたとか聞きましたし、そこら辺は自分の意図とは離れて勝手に脚色されていたのかもしれませんね。
その苦労は少しは分ります。
まぁそのお陰と言うか、その所為と言うか、親の因果が子に報いと言うのですかね。
今現在俺は色々大変ですね。
………………………………。
母さんは今何処を飛び回ってるのでしょうか?
望み通り親父の近くに配属されてるですかね。
あっそうそうお姉さんから凄い話を聞きましたよ。
ハハハ、最強の虎って何ですか?
確かに怒ると怖いなぁと思ってましたが、仕事以外じゃ結構ぽやっとした普通の主婦と思っていました。
全然そんな事言ってくれませんでしたね。
『あら、この前戦い方をレクチャーしてあげたじゃない』
母さん(心の悪魔)は勝手に出て来ないでください。
……あぁ今俺は命の危険に晒されてるから出てきても不思議じゃないのかな?
なんか先輩方は「処す?処す?」とか「処さねばなりませんね」とか言ってますしね。
桃やん先輩でさえ「流石に今のは擁護出来ないなぁ~」とか言ってますし、皆さん怒り心頭ですね。
ポックル先輩は「妹に先を越された」とか少し意味不明な事言ってますけど、ウニ先輩は思った通り「僕も僕もー」って言っていますね。
勿論おんぶの事ですよね? それなら後でしてあげますからこの状況を助けてください。
ハハッ、何ですかその口は? タコの物真似ですか? 相変わらず可愛いですね。
これ以上それが何を意味するのか考えるのが怖いのでこれ位にしておきます。
宮之阪と八幡は「事故だからノーカウント」とか「これくらいなら何度か見た」とかフォロー?をしてくれてるようですが、八幡? それフォローじゃないし、こんな事そう何度も……有った気もしないでもないけど今言うのはやぶ蛇だぞ?
ほらみんなの目が怖くなった。
パシャ、パシャ
「おぉ良いね~良いね~、君のその姿、何か身体の奥がゾクゾクしてきたよ」
萱島先輩? あまり人の性癖をとやかく言う気は無いのですがあまり人前でそう言う発言は控えた方が良いと思いますよ?
少しみんなが引いています。
今俺は皆の前で絶賛土下座中です。
もちろんドキ先輩はちゃんと並べたパイプ椅子の上に寝かせましたよ。
皆の眼を見て今何を言っても無駄かなって思って流れるような作業で一連の工程終え、この姿勢になってから幾数分、早く解放されないかなぁって心の中で祈っている今日この頃皆さんいかがお過ごしですか?
……さてそろそろ皆の心も落ち着いたかな?
まぁ事故とは言え傍から見ると自分の妹や知己の後輩に対して卑劣にも寝ている隙を狙ってキスしてしまったとしか見えないんだから、そら怒っても仕方無いよね。
「本当にすみません! 偶然唇が当たったとは言え、千夏先輩と千尋先輩の大切な妹さん、それに先輩達の大切な後輩に対して、結果的に寝込みを襲うような真似をしてしまってごめんなさい!」
……「あぁ~、そう言う?」
え? どう言う?
「はぁ~、本当にこの子は何故こうも針の穴を通す感じで、ピント外してくるのかな?」
周りの皆も同意する。
どう言う事だろうと思いつつも今その疑問を声に出すと折角終わりそうなこの
沈黙は金なりと言うしね。
「まぁもう良いわ、アレが事故なのは分ってるし」
え? 分っててずっと土下座している所に「処す? 処す?」とノリノリだったんですか?
「これ以上追い詰めて、胸の件含めて責任を取るとか言い出すのもアレですし勘弁しておきましょうか」
そう言えばそんな事昨日有りましたね。
今日ずっとドキ先輩を背負っていた所為で、背中ですっかりその感触に慣れてしまっていて忘れていました。
「ん? 今、牧野くんから無性に腹が立つ邪念を感じたのですが?」
庶務先輩あなたもエスパーか?!
「ほら牧野くん顔を上げて。ずっと千花を背負ってくれてたんでしょう? 重かったんじゃない? 大変だったでしょう」
ポックル先輩がお姉ちゃんモードでそう声を掛けてくれたので、俺はやっと土下座から解放された。
「本当にすみません。妹さんに昨日からあれこれと」
もう一度ポックル先輩に頭を下げた。
「けど、千花先輩を助っ人にして頂き本当に助かりましたよ。しかし、どうやって千花先輩を説得したんですか? 昨日は顔を合わせるのも大変だったのに」
疑問に思っていたんだよね。
昨日の夜に誤解を解いてくれたのは分ったんだけど、空手部の先輩達に囲まれた時あそこまで俺を守ってくれるようになるとは思わなかった。
まぁすぐに戻ってしまってあの事態を引き起こしちゃったんだけど。
「あぁ、あれはねそんな大したことじゃないのよ。あの子妹居るのに何故か末っ子気質な所が有ってね。下から慕われると言う事に憧れを抱いてたりするのよ。そこで牧野くんが子分になりたがっているって唆したらころっと騙されたの。その時自分でも自覚していなかった色々な感情も吹っ飛んだようね。あと助っ人の件もお昼に牧野くんの命が狙われているって言ったら親分は子分を守るもの! って、大喜びで引き受けてくれたわ」
そうだったのか。
なんかドキ先輩って姐御喋りだし、今日も何か俺を子分みたいな感じで扱ってたな。
周りの反応を見ると腫れ物扱いみたいだったし、今まで下から慕われることが無かったんだろう。
だから嬉しくてちょっとテンションがおかしくて所有物発言したんだな。
……でも今さらっと千林一族に纏わる話が出なかったか?
「そうだったんですね。子分と言うのはちょっとアレですが、昨日のままでは大変でしたから助かりました。それと今妹さんが居るって言ってましたけど、他にも兄妹は居たりするんですか?」
無限増殖は怖いから確かめておかないと。
「あぁ私達三人と妹の四人よ。妹は何故か私より姉気質なのよね」
4人、いや千歳さんを入れて5人か……。
お父さんは今の所ノーカウントだ。
本当に良かった。
これで10人姉妹とか言われてたら世界滅亡の危機だったわ。
「ふわぁ~、よく寝た~」
俺が世界の危機が去った事を安堵していたらどうやらドキ先輩が起きて来たようだ。
「あぁ千花おはよう。よく寝てたわね」
ポックル先輩がお姉ちゃんモードでドキ先輩に話しかける。
ドキ先輩は寝起きすぐは何故自分がここに居るのか分らないようで辺りをキョロキョロしていたがポックル先輩の声に反応して声の方に顔を向けた。
「姉貴おはよう! よく寝たぜ~。けどここはどこだ?」
ポックル先輩の顔を見た途端そう声を上げたが状況は分っていないようだ。
まぁ生徒会室もおそらく昨日が初めてだろうし分らなくても仕方無いよね。
しかし、やっぱり普段はポックル先輩の事を姉貴って呼ぶんだな。
この前は泣き出したから思わずお姉ちゃんって言っちゃったんだな?
いや~ドキ先輩、なかなかお約束の可愛さですよ。
……あれ?
ポックル先輩が固まってる? どうしたんだろう?
「お~兄貴も居るじゃねえか? どうしたんだ? 二人揃って? あぁここ生徒会室か」
ドキ先輩結構状況判断出来るじゃないですか。
見直しましたよ。
……あれ?
ウニ先輩まで固まってるぞ?
「ちかちゃんが……僕らの事を姉貴と兄貴って呼んでる……」
え? 普段そう呼んだりしていないんですか?
「お~! 光一じゃねえか! あ~途中で寝てしまってたのか。お前が運んでくれたのか? ありがとうな!」
俺に気付いたドキ先輩は全て思い出したのかそう言ってお礼を言ってくれた。
なんかパーフェクトドキ先輩になってからなんか話すのが凄く楽になったんだよね。
マブダチって感じがする。
その言葉にビクリと反応したポックル先輩とウニ先輩がゆっくりとこっちを見る。
え?なんでそんな目で見るのですか?
「なんで千花がこんな自然体で牧野くんと話してるの?」
ギクリ
「え? 千夏先輩が上手い事説得してくれたからじゃないんですか?」
何としてでも
「それに僕らの呼び方も……姉貴とか……兄貴って…。千花ちゃんがグレちゃった……」
いや今までもかなり十分と言えるほどグレていたと思いますよ?
「なぁなぁ光一ぃ~、また脇に抱えて走る奴やってくれ~」
あっドキ先輩、背中によじ登ってくるの止めて下さい。
それにあなたそれでおかしくなっちゃったじゃないですか?
あと今それを言われるとちょっと問題が有りましてね。
またやってあげますから今は少し黙っててください。
背中に乗ってるドキ先輩を下ろして、頭をポフポフと優しく叩く。
何か子犬みたいに嬉しそうに目を瞑る。
やっぱり千林一族は可愛いなぁ~。
え? ポックル先輩? ウニ先輩も? その目は何なんでしょうか?
そんなに無表情で目を見開いてる顔はとても怖いのですが?
あれ? ちょっとぷるぷるしてる。
どんどん顔が赤くなってますけど、何か怒ってます?
「「ち、ち、千花に何をした~!!」」
この素晴らしいハモリの迫力に今何を言っても無駄だなと悟り、本日二回目の土下座を皆に披露するのであった。
「え? え? 光一? どうしたんだ? 何か悪い事でもしたのか?」
あぁドキ先輩……そんなにべたべた触られると、この土下座の意味が少しいかがわしい意味に変わってしまうので止めて下さいね。
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