第32話 プロポーズ?

 

「藤森先輩、俺みたいに指名制を使うんですか?」


 最初から決めてるんだったら今朝の張り紙に一緒に記載すればいいのに。


「いや、それは今の所はしない。君と違い彼女達には現在生徒会に選ばれる根拠が無い。牧野くんの友達と言う肩書きだけでは私達が良くても誰も納得しないよ」


 それはそうだな。

 ただの好き嫌いだけで選ぶのは生徒会の私物化だ。

 過去血縁者を役員に入れたとの話は有ったが、ただの無能なら教員会議や理事会で却下されていたことだろう。


 と言うか、先程から庶務先輩は何で俺と目線を合わせようとしないのですか?

 たまにこちらを見るのだが目が合うとスッと目を逸らす。

 朝の件まだ怒ってるのか。

 早く機嫌が直って欲しいなぁ。


「なので今回君達は生徒会員としてではなく、お手伝いと言う形で私達をサポートして欲しいんだよ」


「サポート……ですか?」


 会計先輩の相変わらずザクッとした言葉に宮之阪たちは意味を捉えかねているようだ。

 会計先輩の説明は芯を捕らえすぎていて予備知識の無い状態で聞くと逆に意味が分らない。

 後で思い出すとしっくり来るのだが。


「今回の選挙は本当に色々有ったからね。本来副会長以外にもそれぞれ副役職が居てもおかしくない人数が必要なのよね~」


 そうなのか、そりゃ昨日まで5人と言うか始業式までは4人だった。

 そんな人数ではすぐに手詰まりになっていただろう。


「そんな状態で牧野くんの育成する必要まで有るから手一杯で困っているんだよ。後期なら引退した三年生に助っ人を頼むんだけど前期はそんな人達は卒業しちゃうからね」


 しかも運悪い事に先輩達に広報の経験者が居ないのも痛いか。


「まぁ元々選挙の影響で現二年生や三年生に助っ人を頼む訳にも行かなかったんでしがらみの無い新一年生を探していた所なんだ。そこに君達が牧野君に釣られてやってきたと言う事なんだよ」


 そこでずっと気になっていた疑問を聞いてみた。


「そもそも何が有ったんですか? 前回の選挙。それに学園長がこの問題を放置しているように見えるんですが」


 娘の様子がおかしいからとわざわざ庶務先輩に調べるように頼むほどの人だ。

 この状況を放置したままと言うのが不思議に思う。


 ……ん?


 この質問に先輩達の顔が固まっている。

 更にギャプ娘先輩がこの言葉を聞いて辛そうな顔になっているのに気付いた。


 そうか!ギャプ娘先輩は騒動の当事者だった。

 しかも自分が望んだ訳でもない被害者でもある。

 あまりにも無神経な質問でギャプ娘先輩を傷付けた事に後悔した。


「すみません! 生徒会長。生徒会長が望んだ訳じゃないのに失礼な質問をしてしまって」


 俺は必死に謝ると、やはり少し悲しい声で「大丈夫よ」と返してきた。


「打ち上げの時は部外者だったんでボカシはしたけど、もう牧野くんは生徒会の一員だし、朝の件も有ったからそろそろちゃんと話しておくべきかもしれないわね」


 会計先輩が思い悩んだ顔でそう言った。

 ギャプ娘先輩怖さに男子生徒が立候補しなくなったと聞いていたが、今朝のあの騒ぎとは辻褄が合わない。

 何が有ったと言うんだろうか。


「一応学園長も動こうとしたのよ。でもあくまで経営者側としての立場も有るから、娘とは言え一生徒だけ守る為に動けば色々と批判されるので、なんとか出来たのが選挙立候補取り消しと学園側からの選出者に対しての信任投票だったの」


 そうなのか、なら学園長も直接守る事が出来ない自分が歯痒いと思っているんだろうな。

 ん? 今のポックル先輩の言葉なんだけど俺の頭上から聞こえたんだが?

 気になって声が聞こえた方を見るとポックル先輩と目が有った。

 あれ? ポックル先輩? 椅子に座ってるとは言えあなたの伸長で何故上から声をかけれるのです?

 よく見るといつの間にか俺がポックル先輩を高い高いしてるのに気付いた。

 さっきまでウニ先輩を高い高いしてたと思たんですが?

 あっウニ先輩もう一度並ぶのはやめて下さい。

 慌ててポックル先輩を下した。


「立候補取り消しに信任投票って? それに先日最近は会長狙いじゃない男子しか立候補しなくなったって言ってませんでした?」


「バカはいつでも湧いてくるわ。現生徒会はある意味会長最後の任期なのよ。後期は普通三年生は受験の為、引退するの」


 そう言えば親父も三年生後期はやってなかったか。


「それで最後のチャンスとばかりに出てきたの。男女ともにね」


 会計先輩も苦虫を噛み潰したような顔をして腕を組んでいる。


「それに生徒会長目当てではなくても生徒会経験と言う内申点は魅力でも有りますしね。そういう意味では同じ世代で可哀想でも有るんですが、必死な立候補者同士で喧嘩や脅迫と言った騒ぎが出て来たので当初は生徒の自主性を認めようと様子見していた理事会や教員達にしても放置出来なくなったんですよ」


 そうか、全てが全てギャプ娘先輩目当てでも無い訳か。

 内申点稼ぎと言う事も有る訳か。

 どちらにせよ一年後期の際の生徒会停滞が問題だったんだろうな。

 あれが無ければここまでひどい状態にはならなかっただろう。

 最初の人達がギャプ娘先輩目当てだけで仕事しない何てことせずに、かっこいい所を見せようと生徒会活動を頑張っておけばギャプ娘先輩や周りのみんなもここまで頑なにならなかったんだろう。

 アホ継先輩はどうだったんだろうか?

 少し俺の境遇に似てて親近感が湧いてるんだよな。

 周りの何人かはギャプ娘先輩が目当てな事も言っていたが、アホ継先輩自体はどちらかと言うと俺と同じ親に対してのコンプレックスが強いみたいだった。

 ただ俺と違うのは誰かに認められたいと言う承認欲求が前に来すぎていたので少し暴走したんだろう。

 もしかすると立派な生徒会長になっていたのかもしれないな。


「そこで前期生徒会、理事会、教員の協議によるメンバーが選定されてね。前生徒会メンバーだった生徒会長は勿論、私と藤森さんと千夏の4人が入り、追加として千夏の弟である千尋が選ばれたのよ」


 なぜウニ先輩が? いやある意味適役か?


「この外見でしょ? にこにこしてるだけで誰も文句言おうと思わなくさせるし、今の幼児化しか見ていない牧野くんには信じられないだろうけど成績は二年生でも上位の実力なのよ。あと千花の兄でもあるしね」


 ウニ先輩って賢かったのか……。

 それにまぁレッドキャップの身内に手を出す奴は居ないか。

 ドキ先輩は外では姉や兄が嫌いぶってるけど本当はお姉ちゃんお兄ちゃん大好きっこだからね。

 手を出したら殺されるよな。


「……やっぱり私なんかが出なかったら良かったんだ……ウッ、ヒック、ヒック、うわ~ん」


 急にギャプ娘先輩はそう言って泣き出してしまった。


「美佐都! それはもう何度も言ったでしょう? あなたが出る出ないだけの問題でも無いわ」


「そ、そうですよ美佐都さん! 美佐都さん目当てだろうが内申点目当てだろうが自分の事しか考えてない奴らに任せられる訳ないじゃないですか!」


 あぁやっぱりこう言う話は何度もしていたんだな。

 俺の話が発端で彼女らの中で折り合いが付いていた問題に再び火をつけてしまった。

 ギャプ娘先輩が泣き出してしまったのは先輩達の想定外らしい激しく動揺している。

 元は周りに無関心で生徒会騒動で鉄面皮と呼ばれる程、感情を表に出した事が無い人だ。

 おそらく人前で泣き顔を見せると言う事をした事が無かったのかもしれない。

 親族の庶務先輩でさえどうしたら良いのかとオロオロしている。

 こうなってしまったのは俺のせいだと思う。

 庶務先輩の話では昔から外部に無関心で男性に対して怒り以外の感情を出した事が無いらしい。

 多分ギャプ娘先輩は感情の喜怒哀楽の内、怒以外の感情の制御が慣れていないんだろうと思う。

 俺は始業式で男性耐性が無い事を暴き、その後も動揺する仕草がかわいくて少しからかったりしてしまった。

 それによって今まで出て来なかった感情が露わになってしまったんじゃないか?

 俺の嗜虐心にも似た感情でまだ傷付いたことの無い幼いままの心に深い傷を負わしてしまった。

 自分の不注意な発言で女性を泣かせてしまった事に俺の胸は誰かに握りつぶられたかのような強く締め付けられる痛みが襲う。

 今目の前で体を小さくして泣いている女性は鉄面皮の生徒会長ではなく、俺の発言にコロコロと感情が変わる普通の女の子だ。

 そう思った途端、この女性を俺が守らなければと言う感情が心を支配した。


 ―― 彼女に声をかけなければ……

 ―― 彼女から悲しみを取り除かなければ……

 ―― 彼女を守らなければ!


「美佐都さん! あなたは間違っていません! あなたが気に病むことは有りません! あなたが泣く事は有りません!」


 俺の声にみんなが、ギャプ……いや美佐都さんさえ顔を上げてこちらを見た。


「牧野くん……?」


 美佐都さんは突然俺に下の名前で呼ばれてびっくりした顔をしている。


「私利私欲で立候補した奴らの為にあなたが悲しまなくて良いんです。心を痛めなくて良いんです」


 入学式の時、みんなの願いが込められた旗に対しての態度や言葉から純粋なほどにこの学園を良くしようとする思いを感じた。

 もしかすると小さい頃より学園長から色々と聞かされていたのかもしれない。

 あれ程の思いだ、一朝一夕なんかじゃなく幼い頃から夢見ていたのかもしれない。

 それなのに自分が望まず欲望のままにやってくる奴らを見て理想とのかけ離れた現実に失望し夢が砕かれた想いだっただろう。

 そして鉄の仮面を被り感情に鍵をかけ、鉄面皮と呼ばれながらも砕けた夢の欠片を拾い集めて今まで生徒会を支えてきた心の内を思うと我が身さえ引き裂かれそうな気持になる。


 こんな純粋でかわいい女の子の夢をこのままで終わらして良い訳が無い!

 俺が! いや俺なんかがどれほど役に立つかは分からないが、少しでも支えになりこの人の夢を叶えてあげたい!


「俺があなたを支えます。私利私欲で集まって来た奴らに思い知らせてやりましょう。この生徒会で良かった! 美佐都さんが生徒会長で良かった! 自分達ではここまで楽しい学園生活を送らせる事が出来なかったと言う事を! それまで俺があなたを守ります。」


 ……?


 あれれ? 何で皆黙ってるんですか?


「俺が、じゃなくて皆が、よ? それに牧野くん? いま君凄い事言ったの分ってる?」


 呆れたような会計先輩の言葉に我に返った。

 周りを見渡すとこれが目が点になるという事か、皆言葉を失って呆然としている。

 そんな中ギャプ娘先輩だけは泣くのも忘れて顔を赤くして口に手を当てはわはわと言葉にならない声を出している。

 どう言う事なんだろうか?


「あのさ牧野くん? それってプロポーズ?」


「へぁ?」


 あまりの言葉に思わず変な声が出た。

 え?どう言う事?

 俺の今の言葉の何処にそんな内容が?


 …"俺があなたを支えます。それまで俺があなたを守ります。"…



 ……うん、まぁ、言ってたわ。

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