2-5終わりと始まり

「う~ん、ねぇねぇ。まさかシーソーだったりしないかな」

「み、水野? シーソーって、公園とかにある、あの、シーソーのことか……?」

 歩美が唱えたまさかの説に、銀が動揺しつつ確認する。

「うん、そのシーソー。確かスペルはSEESAWだよね」

「えぇ、そうよ。見ると見たのseeシーsawソーが語源だったはずだから」

 ほう、知らなかったぞ。香子の豆知識にこっそり感心する。本当にいろんなこと知ってるんだよな、こいつ。

「じゃあ麗華ちゃん、試してみて~」

 歩美に促され、狭山さんがSEESAWと入力する。

 …………。

 ロックはやはり、うんともすんとも言わない。

 だろうな。さすがにここまで来てダジャレみたいな答えでした、なんてオチは無いだろ。

「えぇ~、もうわかんないよ~」

 歩美は露骨にガッカリして嘆く。

「シーソーシーソーシーソーシーソー」

 こ、壊れた。歩美が壊れた。そしてまた音がズレている……。

「歩美、やめてくれ。またラーソーになってる」

「ど、土橋、ツッコミどころはそこなのか……?」

「いや、とにかく気持ち悪くて、つい……」

「もう! じゃあ土橋くんがちゃんと教えてよ!」

 なんで俺が怒られるんだ……。

「はぁ……。歩美、もっと一音目を高くしてみろ。シっていうのはもうちょい高い音なんだよ」

「こんな感じ? シーソーシーソー」

「お、そうそう。ちょっと楽音より低い気がするが大体そんな感じだぞ。やればできるじゃねぇか」

 歩美の修正力に感心しつつ、俺はどこかでこの音を聞いたような気がしていた。だが、どこで聞いたかが全く思い出せない。さっきまでとは別種の気持ち悪さが生まれた。

「へへっ、シーソーシーソーシーソー」

 歩美は調子に乗って何度も繰り返す。子どもかよと呆れつつも、あとちょっとで思い出せそうなので、もうちょっと聞きたい気持ちもある。二つの気持ちが、それこそシーソーのようにぎったんばっこんしている。

「あ、歩美、それくらいにしておいた方がいいんじゃないかしら……」

 狭山さんが呆れて止めに入る。

「ねぇ、私、この音どこかで聞いたことがある気がするわ」

 香子は目を閉じ、眉間を人差し指でトントン叩いて思い出そうとしている。

「香子もか。俺もさっきからどこかで聞いたことあるような気がしてるんだ」

「そう。でもなんだったかしら……」

 俺と香子の引っかかりに答えを出したのは銀だった。

「……なぁ、これ、救急車のサイレンの音みたいじゃないか……?」

「それよ!」と香子。

「それだ!」と俺。

 二人で人差し指を銀に突きつける格好になり、銀がのけぞるように身を引く。

「……わかったから、二人で指を差さないでくれ」

 銀は俺たちの手をペシッと払い落とした。

「ははっ、悪い悪い……」

 俺は頭をポリポリと掻く。

 しかし圧倒的それだ感。そんな言葉あるのだろうか。たぶんないな。だがそんなことなどどうでもよくなるくらいスッキリした。

 楽音とはちょっとずれたシとソの音が繰り返されるそのメロディは、まさしく救急車のサイレンのようだ。と言っても、ドップラー効果とやらのせいで聞こえる音の高さは結構バラバラで、いつもシとソに聞こえるわけじゃないがな。

 まあ、今はそんなことは大したことじゃない。今大事なことは、

「パスワードは救急の電話番号、119なんじゃね?」

 俺は一つの答えを出した。

「そうね。それでいいと思うわ」と香子。

「あぁ、今までで一番納得のいく答えだ」と銀。

「あたしもそう思う~」と歩美。

 総意は取れた。

「では、入力してみますね」

 狭山さんがゆっくりと三桁の数字を入力し、エンターキーを押す。

 ジーッ、ガチッ。

 ロックの開く音がした。

「開いた!」

「やった~!」

 苦しんだ分、喜びもひとしおだ。香子と銀も黙ってはいるが、満足げに頷いている。

「みなさんありがとうございました。これでやっと祖父の隠し部屋に入れますわ」

 狭山さんが謝辞を述べる。

「な、なぁ狭山さん。この先って本当に俺たちも入っていいんですか?」

 資産家の隠し部屋に何があるのか、大いに気になるところだ。最初の話じゃ入ってもいいというふうに聞こえたが、一応聞いておかなくてはな。

「もちろんですわ。みなさんのおかげで入れるんですもの。ですが約束していただいた通り、この先で見たものについては内緒でお願いしますね」

「えぇ、もちろんよ」

 香子は返事をし、俺たちも頷く。

 いよいよ資産家の隠し部屋に突入だ。

 何が出てくる。金塊か。札束か。裏帳簿か。

「では、開けます!」

 狭山さんがドアを押し開けるのをかたを飲んで見守る。

 さあ、何がでてくる……!

「え……?」と狭山さん。

「ん?」と銀。

「は?」と俺。

「あら」と香子。

「えぇ~⁉︎」と歩美。

 口々に疑問と驚きの入り混じったような声をあげる。

 俺たちが苦心して開けたドアの先に広がっていたのは、資産家の隠し部屋ではなくこの洞窟の続きだった。

「こ、これはつまり……まだ、謎解きは終わらねぇってことか……?」

「そういうことだろうな」

「えぇ~、もう無理だよ~」

 歩美が悲鳴に似た声をあげる。俺もさすがにこれには堪える。しかし、資産家の隠し部屋にぜん興味がわいたのも事実だ。ここまで厳重にロックした部屋に何を隠しているのか。絶対にたどり着いてやるぜ。

「さあみんな、先へ進むわよ。落ち込んでる場合じゃないわ」

 香子がはっをかける。

「そうだな。これだけ苦労させられたんだ。最後まで見ずには帰れないよな」

 銀は闘志をみなぎらせている。

「うぅ……」

「ほら、へこたれてないで行こうぜ、歩美」

「は~い」

 不服そうな返事をする歩美の背を押してドアをくぐった。

 かくして、俺たちは予期せず現れた洞窟の第二マップへと足を踏み入れたのだった。


 …………ッ。


 ん? 今何か音がしたような……?

 俺は足を止め振り返る。

 しかし、ドアがあるだけで特に変わった様子はなかった。

 ……? まあ、気のせいか。

「桂介、何してるの。置いていくわよ」

 香子が呼んでいる。置いていくな。俺は今の謎を解いた立役者だろうが。

「おう、今行くよ」

 俺は小走りでみんなを追いかけた。

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