第一章
1-1依頼①
「こちら、
「はじめまして、経済学部経営学科二年の狭山です。よろしくお願いします」
うむ、ただ挨拶をするだけでも絵になる美人だ。そうか狭山さんというのか。香子も歩美もかわいい部類に入るが、この人はまるで別格だ。なんとなく感じる上品なオーラがそう思わせるのだろうか。前髪をアップスタイルにし、高めの位置から編み込んでサイドに流した髪型は、彼女の
「そう、歩美の知り合いなのね。まぁ立ち話もなんだし、二人とも座ってちょうだい」
香子が狭山さんと歩美を席に促した。
銀は先ほどのピリッとした雰囲気とは一転し、普段通りの穏やかなイケメンモードに戻っていて、さっきまで香子と指していた将棋の盤と駒を片付けている。
俺は冷蔵庫で冷やしてあったペットボトル入りのウーロン茶を、棚から取り出した歩美と狭山さんの分の紙コップに注いで渡した。ついでに俺と香子と銀の紙コップにもそれぞれ注ぎ直し、ペットボトルを冷蔵庫に戻して席に着いた。
まさかあの美人とこんなにお近づきになれるとは、なんともラッキーだ。
片付けを終えた銀も席に着き、全員が着席したのを確認して、香子が仕切り直した。
「ではまず、私たちも自己紹介しておきましょうか。私が学生相談所の所長で、文学部日本語日本文学科二年の風岡香子よ。よろしく」
「俺は副所長で、理学部物理学科二年の不知火銀です」
「俺は平所員で、あなたや歩美と同じく、経済学部経営学科二年の土橋桂介です」
歩美以外の三人が基本的な自己紹介を済ませたところで、香子はついに本題に切り込んだ。
「それで、今日はどういう用件で来たのかしら?」
「はい、話せば長くなるのですが……」
そんな前置きをして、狭山さんはおもむろに語り始めた。
「実は四ヶ月ほど前、私の祖父である
「おやおや、それはご
言いながら俺は、狭山宗介という名前をどこかで聞いたことがあるような気がして、ちょっと引っかかっていた。
「その名前、聞き覚えがあるな」
銀も聞き覚えがあるようだ。
ってことは学相の活動中に聞いたのか?
「狭山宗介って、この大学に毎年多額の寄付をしてる人じゃなかったかしら。年度の切り替わりくらいの頃に、大学から亡くなった旨を伝えるメールが来てたわよね」
香子の指摘を受けて俺はスマホを見た。メールアプリのアイコンに添えられた通知件数は999となっている。つまり企業のメルマガや大学からのどうでもいい通知メールを未開封のまま放置しているためにカンストしているのだ。狭山宗介で検索をかけると、そんな
「これか。しかし、まさか大学に毎年多額の寄付をするようなこんな
「いえ、その狭山宗介で間違いありません」
事実は小説より奇なり、とはこのことか。
「まあ!」
「これは、驚いたな」
普段は冷静な香子や銀まで目を丸くしている。そりゃ驚きもするよな。
つまり、狭山さんはいわゆるいいとこのお嬢さん。だから彼女からはどことなく上品なオーラを感じるわけか。
しかし俺はそんな人に紙コップでコンビニのウーロン茶なんか出してしまったのか。なんか、申し訳ないな。
なんとなくいたたまれなくなって視線を泳がせる俺をよそに、狭山さんは話を戻した。
「それで、祖父が亡くなったので遺産相続が行われたのですが、私の相続した山の中に洞窟が見つかったんです」
山を、相続……? マジかよ。金持ちエピソードの度が過ぎるぜ。
そんな俺の動揺をよそに、狭山さんはなおも続ける。
「その洞窟は自然にできた
そりゃまた、なんとも怪しげな洞窟だな。
「祖父が一族に内緒で、この奥で何かしていたのではないかと思って入ってみました。すると、しばらく進んだところに金属製の壁とロックされたドアがあったんです」
怪しさに怪しさが上塗りされた感じだな。いよいよキナ臭くなってきたぜ。
「パスワードを入力すると開くようなのですが、それがなんなのかわからなくて。ヒントのようなものもドアに彫られていたのですが意味がわからず、もうかれこれ二週間も開けられずに困っているんです。そこで今日、歩美に相談してみたらこちらを紹介されたというわけです」
なるほど、事情はわかった。しかし……。
「事情はわかったけど、なんで私たちに? 業者にでも頼んで開けてもらったほうが早くて確実なんじゃない?」
そう、香子の言う通りだ。なぜ業者ではなく俺たちに頼むのだろうか。
「はい。確かにそうなんですが、その……」
狭山さんが言い
銀の先ほどまでの
「言いたくなければ言わなくて構わないが、それならこちらも協力するわけにはいかない。不審な話には乗るつもりはないからな」
こんな美人の頼みを無下にするのは心苦しいが、銀の言うことには一理ある。
「えぇっ! 不知火くん、それはあんまりだよ! 誰だって言いたくないことくらいあるよ」
「いいえ、歩美。銀の言う通りだわ。何より隠し事をするような、信用できない相手からの依頼は受けられないわ」
「えぇ……」
歩美はまるで自分のことのように落ち込む。まあ、友達を信じてもらえない歩美の気持ちはわかるがな……。
「いいのよ歩美、お二人の言う通りだわ。それに扉を開けるまでには言わなくてはならないことだしね」
狭山さんは歩美の背に手を回した。
「話してくれるのね?」
香子は腕を組み、その肘をテーブルに乗せる。
「はい。その洞窟は祖父が親族の誰にもその存在を教えず、その上鍵付きのドアで厳重に守っている場所ですから、奥から何が出てくるかわかりません。万が一祖父の隠し財産などがあった場合のことを考えると部外者には言いづらくて……」
ははっ、隠し財産、ね。金持ちならではの不安だな、そりゃ。
「……って、俺たちはその部外者じゃないのか?」
「もちろん、みなさんも部外者ではありますが、正直このまま我々だけで解こうにももうお手上げ状態なのです。それなら信頼できる人に頼みたいと思い、歩美に助けを求めました。そうしたら優秀な人たちがいると言われましたから」
「え、そ、それだけの根拠でいいのか……? 歩美はともかく俺たちは完全に初めましてだぜ」
「えぇ。私はこの一年、水野歩美という人間と過ごす中で、彼女がどういう人間なのか見てきました。その結果として、私は歩美を信頼できる友人だと判断しました。その彼女が信頼する方たちですから、私もみなさんを信頼します」
歩美がそこまで信頼されているとは驚きだ。ついさっきまで落ち込んでいたのが嘘のように、妙にムカつくドヤ顔を浮かべている歩美には触れないでおくとして、これはなんとも責任重大だな。
「いかがでしょうか。謎解きと秘密の厳守、引き受けていただけますか……?」
狭山さんのその問いに、香子は俺たち所員の意志を問うように一人ひとりの顔を見た後、ニヤリと笑って答えた。
「なるほど。その話、乗らせてもらうわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
うむ、それがいい。美人からの相談を無下にしてはいけない。なにより、富豪の隠し財産が眠っているかもしれない洞窟の謎解き探検、なんて子供の妄想みたいなことが実際に体験できる機会っていうのは、誰の人生にもあるようなもんじゃない。楽しそうじゃないか。こんなチャンスを逃す手はない。そう思ったのは俺だけじゃないということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます