不知火姉弟

 香子と歩美は口を開けたまま絶句していた。

「お、姉さん、って、あの人が、か……?」

 俺は話が根底から覆るような銀の言葉に一瞬頭が真っ白になったが、なんとか言葉を絞り出した。

「あぁ、そうだ」

「銀、身長いくつだよ」

「一九四センチくらいだ」

「お前と並んで歩いてても身長差そんなに感じなかったぞ?」

「姉さんは一八八センチあるらしいからな」

「俺よりずっとデケェじゃねぇか」

「そうだな」

 なんでもないことのように銀は言うが、一八八センチは男でもかなり大きい方だ。自ら格闘技を編み出し、銀と互角以上に戦ってビシバシ指導できるような女性とは聞いていたが、あまりにも予想を上回る体格の持ち主だった。その顔も一目見たときにかなり中性的な顔だとは思ったが、どう見ても男の俺なんかよりずっと男前だ。入間が初対面でせいかんと称したのも頷ける。

 この衝撃は天城さんと出会った時に受けたものを遥かに超えている。天城さんも俺より背が高くて、でも女性らしい美しさを備えていて麗人と認識できた。しかしあの人、葵さんはもっと鋭くて、一見しただけでは女性とは思えない。

「ところで、銀、あなたのお姉さんは、その、一見したところ、……男性に見えてもおかしくない容姿をしているというのは理解できたのだけど」

 香子にしては珍しく言葉を選びながら切り出した。

「結局クリスマスイブの夜に何がどうなっていたのか、あなたたちサイドから見た一連の流れを教えてくれないかしら?」

 ふむ。確かにそれが気になるな。事実としてあの人が入間の探していた本人だったわけで、ではどんなストーリーがこうさくしていたのだろうか。

「それはから話そう」

 不意に後方から男の声がして振り返ると、そこには葵さんがぐったりした入間をお姫様抱っこして立っていた。

「千春ちゃん⁉︎ どうしたの!」

 歩美が入間に声をかけるが、入間は気を失っているようだ。

「俺が女だということを知って、余程驚いたのだろう。急にふらっと倒れてしまった。したまぶたの裏側が真っ白だったから、どうやら貧血を起こしたようだな」

 貧血か。まあこれだけ想い続けたイケメンが実は女でしたなんて言われたら、な。

「少し休ませてやれば大丈夫だろう。そこのベンチを空けてくれるかな」

 葵さんに言われるがままに俺たちはベンチの片側を空けた。そこに葵さんが入間を寝かせ、頭が痛くならないようクッション代わりにタオルを敷いてやり、足側が高くなるように入間のリュックを足の下に挟んだ。

「さて、あの日の話だったな。時系列通りに話していこう」

 とりあえずの応急処置を済ませたところで葵さんが口を開いた。

 一段落ついたことで冷静になって葵さんの声を聞くことができたが、やはり男性と間違えてもおかしくない声だ。顔立ちと同じく中性的な声だが、やはり少しばかり男性寄りだ。というか女性とわかって聞いてようやくそう思う程度だから、入間の勘違いは必然だろうと俺は思った。一人称もだし。

「あの日、クリスマスイブだというのに銀は補講だったらしくてな、大学に来ていたんだ。しかも定期券の期限が切れていることに気づかず、片道分の料金しか入っていないSuicaスイカを使ってしまったらしい。その上この馬鹿は財布まで家に置き忘れていてな。俺がわざわざ久しぶりにこの大学まで迎えに行くことにしたんだ」

 銀でもそんなうっかりがあるんだな。しかし、葵さんのもう一つの言葉も気になった。久しぶり……?

 表情から俺の疑問を読み取った銀が教えてくれた。

「姉さんは学桜館の卒業生なんだ。理学部物理学科のな」

 ほう。じゃあ先輩なのか。OBってやつだな。……いやOGか。素で間違えてしまった。

「まあ、そんなわけで久しぶりにここへ来ることになったんだが、日付が日付だったから二人でケーキでも食べようと思ってな。俺は目白通りの洋菓子店に行ったんだが、あそこのクリスマスケーキは完全受注生産らしくて売ってなかったんだ。他のなら、例えば銀の好きなフルーツタルトとかならあったんだが、クリスマスだから苺と生クリームを使ったサンタさんやトナカイさんがいるホールケーキの方がいいだろう?」

 ちょっと可愛げ出してきた⁉︎

「というわけで、駅からその洋菓子店に行く途中で見かけたパン屋前の売り子から買うことにしたんだ」

 ははーん、なるほどな。その売り子が入間だったってわけか。

「それで道を戻ると、さっきの売り子が店主に怒られていてな。話を聞くとケーキを落として崩してしまったそうじゃないか。サンプルを見る限りサンタさんとトナカイさんがいるし、クリスマスにほとけごころを出してもばちは当たるまいと思って、それを買い取ることにしたんだ」

 サンタさんとトナカイさん、そんなに重要なんだな。

「あの、一個聞いてもいいですか?」

 黙って話を聞いていた歩美が口を開いた。

「何かな?」

「そのケーキって、ホールケーキですよね。不知火くんと二人で食べたんですか……?」

 それを聞いてしまうのか、歩美よ。天城さんという例を知っているんだから察してくれ。

「そうだぞ?」

「いや、厳密に言うと姉さんはほとんど食べてない。サンタとトナカイと真ん中あたりだけを穿ほじるように食べてあとは全部俺に丸投げした」

 天城さん型じゃなかった⁉︎ 銀が食わされたのか……。ていうかいいとこ取りじゃねぇか。いや、ホールケーキの真ん中がいいとこかどうかは知らないけども。

「文句でもあるのか?」

「……いや、別に」

 銀は何か言いたげな表情で、しかし目をらした。

 この一連のやりとりで俺と歩美はこの二人の力関係を察して、この件に関しては口をつぐむことにした。

「ところで、葵さん。私からも一つお聞きしたいことがあります。あなたは理学部図書館の期間限定クリアファイルを持っていると聞きましたが、それはやはり、銀から?」

 香子はわかりきったことを質問した。なぜそんなことを聞くんだ。銀以外の入手経路は無いだろう。

「あぁ、そうだ。銀からもらった」

「いや、気づいたら無くなってたんだ。姉さんが勝手に持っていったんだろう」

「何が違うんだ?」

「……いや、別に」

 そういうことか……。

 香子は二人の力関係をこうりょした結果、入手経路ではなくじょうごうだつかを尋ねたのだ。邪悪な質問をしやがって。

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