銀ならず

「ははっ、いや、そんなの出来過ぎだろ」

 俺は歩美の説をいっしょうした。

 だって銀は、身長が一九〇センチ近くあって、ファイターらしい屈強な体格で、理学部生で、憎たらしいことにイケメン……あれ? え、いや、嘘だろ。まさかホントに銀なのか……?

 確かに入間の探している人物の特徴を銀は全て満たしていた。指摘されてみれば、なぜ今まで気づかなかったのか不思議でしょうがないくらいだ。灯台下暗しとはこういうことなのだろうか。

 俺は隣に座る香子の反応を見ようと首を向けたが、動揺で油の切れた機械みたいなぎこちない動きになってしまった。

 香子も全く同じ動きでこちらを向いているところだった。おそらく考えていることも同じだろう。

「二人とも気づかなかったのかな〜?」

 歩美は嬉しそうな顔で俺と香子の顔を交互に覗き込んでくる。なんかこの敗北感、最近味わった気がするな。

「ま、まだ銀って決まったわけじゃねぇし?」

「そうよ。銀も候補の内の一人だっただけだわ」

 俺と香子の言葉は誰がどう聞いても負け惜しみだ。

 いや、でも実際そうだし。まだめんとおしは済んでねぇからな。

「そもそもどういう経緯でその人を探してるの?」

 ん。そうか。歩美にはまだその話はしてなかったな。

 俺は事の次第を話すことにした。



 数分後。

「なるほどね〜。その話を聞くとますます不知火くんっぽいよ。そういう優しいところあるじゃん?」

 聞き終えた歩美は開口一番そう言った。

 まあ、確かにあいつなら、寒い中怒られてる中学生みたいな入間を見れば助けてやるくらいは平気でするだろうな。あいつはそういうやつだ。

「あの、不知火くんっていうのは音信不通の人だっけ?」

「あぁ、そうだ」

「その人があの方なの?」

「そりゃ、まだわかんねぇよ」

 手詰まり状態だったところに急に新説を出されたせいで、一気に風向きが尋ね人イコール銀に変わったようだが、まだ決定というわけではない。負け惜しみにしか聞こえなくとも、まだ確定していないのはやはり事実だからな。

「音信不通って、山ごもりでしょ? なんかお姉さんに毎年ビシバシしごかれるらしいけと、よくやるよね〜」

 歩美は肩をすくめて、やれやれと頭を振った。

 お姉さんが銀の師匠って話は聞いてたが、あの銀をビシバシできるお姉さんって一体……。いや、そんなことより、

「なんで歩美も知ってんだよ、銀の山籠り」

「え、不知火くんと一緒に帰ってる時に普通に言ってたけど?」

「……香子も聞いてたらしい」

「うん? それが?」

「……あいつ、俺にだけは言ってねぇんだよ」

「えぇ〜⁉︎ 土橋くん、知らなかったの? ダサっ!」

 歩美は俺を指差し、腹を抱えて笑いだした。

 こ、この野郎……!

「ダサくはねぇだろ」

「いやいや、あんなに一緒に遊んでたのにそんなことも教えてもらえなかったなんてダサ過ぎだよ〜」

 いやいやいや、ダサいとかじゃないだろ。これはもう信用問題だ。銀のやつ俺だけけ者にしやがって。

「ふふっ。歩美、その辺にしてあげなさいな」

 香子はさっきまで俺と同じように小バカにされる側だったというのに、いつの間にか逆側に回って笑っていやがる。

 俺が悔しさに身を震わせ、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでいると、また突然ドアが開いて所室に人が入ってきた。

 それは紛れもなくちゅうの人物、不知火銀だった。



「よう。久しぶりだな」

 一連の流れを全く知らない銀はしれっと挨拶した。

「久しぶりってお前、香子と歩美には山籠りの話したらしいじゃねぇか。何で俺には教えてくれなかった」

「ん? そうだったか? まあ、大した事じゃないからいいだろう?」

 銀はそのせいで俺が辛酸をなめることになったとはつゆほども思っていないようだ。

「桂介、その話はもういいわよ。そんなことより大事なことがあるでしょう?」

 うーむ、まあそうか。俺たちがほうぼう探した尋ね人は、本当に銀だったのだろうか。それを確かめなくてはならない。

「そんなことより大事なこと、というのはそこの見覚えのない子に関係しているのか?」

 銀は唯一空いていた歩美と香子の間の椅子に座った。俺は何かが引っかかった気がしたが構わず続けた。

「あぁ、こいつは俺の中学時代の同級生で入間千春っていうんだが、今は学生相談所初の相談者なんだ」

「ほう」

 俺と銀が入間に視線を向けると、入間は難しい顔をして首をひねり、うんうんと唸っていた。

「あれ? ち、千春ちゃん? これがさっきまで話してた不知火くんだけど……?」

 さっきまで俺と香子から一本取ってニンマリとしていた歩美が、不安げな表情を浮かべている。入間の反応が明らかに探していた想い人と再会した女の子の反応ではないせいだろう。

 そして、俺もさっきの銀の言動に引っかかった理由がようやくわかった。銀は確かに「そこの見覚えのない子」と言った。さっきは所員じゃない子という意味として解釈しようがあったが、入間の反応を見るに、銀にとって入間は文字通り見覚えのない子なのだろう。

「なんか、雰囲気はかなり近い気がするんですが、声が違う気がします」

 この入間の発言が決定的だった。

 尋ね人イコール銀説はここに砕け散った。

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