意外や意外

 三月十六日金曜日。

 結局、二、三日と言わずたっぷり七日間もトレーニングルームに通ったが、尋ね人は現れなかった。この七日間で得たのは、俺のたるんだ身体が少しだけ引き締まった気がする程度の変化だけだ。今日も三人でトレーニングした後、俺は一人で所室のテーブルに突っ伏してぼんやりと考えを巡らせていた。タイムリミットは二十日だというのにこんなに呑気にしていていいのだろうかと焦る気持ちも少しはあるが、いかんせん当てがないのがネックだ。ここらで何か動きがあればいいんだがな、と他力本願なマインドになる自分を情けなく感じていると、スマホがメールを受信して鳴動する音でうつつに引き戻された。

 どうせまたしょうもない広告だろ、と思いつつも画面にチラッと目をやると、ふざけた件名が見えた。

『ヤッホー。本田だよー!』

 いや、誰だよ。新手の出会い系か?

 怪しいことこの上ないがとりあえず開いてみることにした。

『あれから一週間経ったから、今日までの成果を報告しておくねー! 君たちが探していた人と特徴が似てる人は二人だけ来たんだけど、どちらも話を聞いてみたら違ったんだー。だから成果としては無し! 全く無しだよー。ごめんねー! でも引き続き、張り切って声掛けしていくから、期待しててねー! バイバーイ!』

 文面を見る限り、このメールの送り主は俺たちが人探しをしていることを知っている本田という人物ということになる。そんな本田は一人しか知らない。理学部図書館の氷の女王、もとい、司書の本田さんだけだ。しかし、

「もはや別人じゃねぇか! なんでメールだけこんなにテンション高いんだよ!」

 俺の魂のこもった叫びは所室の外まで聞こえていたらしく、

「桂介、うるさい! 近所迷惑でしょう!」

 目を三角にして所室に飛び込んできた香子に怒られてしまった。

「さすがに外までよく響いてたよ……」

 続いて入ってきた入間も呆れたような顔でそう言った。

「あぁ、すまん……。いや、でもこれ見てくれよ」

 俺は二人にくだんのメールを見せようとテーブルにスマホを置いて指差した。入間と香子は椅子に腰を落ち着けてから画面を覗き込むと、その表情はとんでもないものを見てしまったというものに変わった。

「な? わかっただろ?」

「え、えぇ……」

「なんと言うか……人って、意外な一面を持ってることあるよね……」

 意外が過ぎるんだよ。テンションの高低差で潜水病になるかと思ったわ。何で成果が全く無かったのにこんなにテンションアゲアゲなメールを送ってこれるんだ。もう少し申し訳なさそうな文面にするだろ、普通。

「学桜館のスタッフって、まともな人が少な過ぎるような気がするわ。何で今まで問題が起こらなかったのか不思議でしょうがないわ」

 香子の言う通りだ。

 吉田衛六十二歳、黒岩教授、本田さん。何で会う人会う人が高確率でアクが強いんだ。まさかここの採用試験の項目にアクの強さとか入ってたりしないだろうな。

 などと学桜館の人事に多大なる不信感を抱いていると、突然ドアが開く音が聞こえ、三人で視線を向けると、そこに立っていたのは歩美だった。



「ひっさしぶり〜、元気してた〜?」

 歩美は手を大きく上げ、ようようといつも通りのちょっと気の抜けたような挨拶をした。

「はいこれ、おみやげ〜。三人で食べて〜、って不知火くんじゃない⁉︎ どど、どちら様?」

 性別から体格まで何一つ銀と間違える要素のない入間を銀としてカウントしていたのか、歩美はかなり動揺している。

「こいつは俺の中学時代の同級生で、経済学科一年の入間千春だ。学生相談所結成以来初の相談者だ」

「えぇ〜⁉︎ 相談者なんだ。ホントにくるとはね〜。え、待って。土橋くんの元同級生が同じ大学に入ってて初の相談者なの? すごい偶然じゃん」

 同感だな。ミラクルだよ。

「水野歩美で〜す。よろしくお願いしま〜す」

「あ、入間千春です。よろしくお願いします」

 二人は初めましての挨拶を交わし、歩美が入間の隣の椅子に座ったところで、俺は一つ気になったことを聞いてみた。

「なぁ、歩美。お前、お土産って言ってたよな? これ、その辺のコンビニで買えるお菓子じゃないか?」

 俺は歩美が差し出したお土産、もとい、普通のお菓子が詰められたコンビニの袋をつまみ上げた。

「うん。そうだよ?」

「それ、お土産って言わなくねぇか?」

「しょうがないじゃん。長生村特有のお土産なんてないもん。文句あるなら土橋くんは食べなくていいもんね〜」

「いやいや、そういうことじゃなくて――」

「二人とも、その辺にしなさい」

 見かねた香子が俺たちを制し、本題に切り替えた。

「千春の相談っていうのは人を探してほしいってことなんだけど、どうにも手詰まり状態なのよね」

「へぇ〜。また人探ししてるんだ。なんて人なの?」

「わからないのよ。過去に一度だけ会った人らしいんだけどね」

「それ無謀じゃない……?」

 あぁ、それ言っちゃう? 考えないようにしてたのに。当たりをつけて探してはいるけど成果が無さ過ぎて、全然見当違いな事してるんじゃないかって不安になってるのに。

「ちなみにどんな人なの?」

「あ、背の高いイケメンです」

「もう一度言うけど、それ無謀じゃない……?」

 違う。それは入間の説明が悪いだけだから。俺は現状わかっている情報を伝えるべく口を開いた。

「今のところ身長一八〇センチ以上でガッチリした体格の理学部生なんじゃないかってことで話を進めてるんだが――」

「うーん、それ、もしかしてだけど、不知火くんじゃない……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る