トレーニングルーム②

 腹筋と背筋のローテーションを数回こなし、休憩がてら計測室に戻って握力を鍛えるためのハンドグリッパーを握っていると、入間が話しかけてきた。

「ど、土橋くん。私の上半身、下半身とくっついてる?」

「くっついてるからここまで歩いて来られたんだろ」

「な、なるほど。安心したよ。千切れてるかと思った」

「やり過ぎじゃねぇか? ほどほどにしねぇと逆効果だぞ」

「え〜、気をつけよう……」

 入間がランニングの後にやっていたのはロータリートルソーなるマシントレーニングだ。下半身を固定した状態で上半身をひねることで脇腹の筋肉が鍛えられるというマシンらしい。くびれを作るのに効果的なやつだそうだが、入間には相当効いたようだ。

「ところで入間。例の人は現れたのか?」

 俺はハンドグリッパーを元の場所に戻し、バランスボールに腰掛けて聞いてみた。

「現れないからこっち来たんだよ」

 そりゃそうか。もんだったな。

 俺はなんとなく手持ち無沙汰になり、両手を広げてバランスを取って床から足を離してみた。

「うおぁっ、ムズッ」

 初めてやったが全然バランスが取れない。かなり難しい。すでにいじめ抜いた腹筋と背筋が悲鳴を上げている。

「ははっ、土橋くん、下手くそ〜。貸してみ。絶対私ならできるから」

「ほう。ならやってみろ」

 俺はバランスボールを入間に譲った。

 入間がバランスボールに座り両手を広げて足を離すと、見事にバランスを取って静止した……のも束の間。バランスボールは前方に転がってしまい、入間は床に落とされてしまった。頭はバランスボールに守られていたが、尻もちをつくような格好になった。

「いった〜。はははっ、ダメだったよ〜」

「できてねぇじゃねぇか」

「脇腹が千切れそう。はははっ」

 ガチャッ。

 計測室のドアが開く音が聞こえ、俺と入間はドアの方へ振り向いた。

 入ってきたのは香子だった。

「あなたたち、姿が見えないと思ったら何をこんなところで遊んでいるのかしら?」

 香子は腕を組み、咎めるような目でこちらを見ている。えらく不機嫌なご様子だ。

「いや、バランスボールが難しいって話をだな――」

「そんなの簡単よ。貸してみなさい」

 ほう。そこまで言うならやってもらおうじゃないか。香子が失敗した時にバカにしてやる言葉は一兆個くらい考えておいてやろう。

 入間はバランスボールを転がして香子に渡した。受け取った香子はバランスボールに乗ると、足を床から離してもピタッと静止してうまくバランスを取っている。

「おぉっ! 香子さん、すごい!」

 俺の期待を裏切って、香子は見事に成功させてしまった。

 残念だがさっき考えた一兆個の言葉の出番はなくなってしまったな。

「こんなものはね、ジタバタしないでジッと体幹でバランスを取っていればいいのよ」

 香子はニヤリと笑って言った。さっきまでの不機嫌はどこかへいったようだ。

 非常に悔しいが負けを認めざるを得ないな。

 その後俺たちは、ひとしきりバランスボールで遊んでから、もとい、鍛えてからマシンルームに戻った。



「あ!」

 入間はどこぞの製薬会社のCMみたいな声を出したかと思いきや、

「……いや、全然違うか」

「どうした入間。何を急に一人で」

「あの人、体格は近いんだけど、あんなに肌汚くなかったなって」

 入間はやけに背の高い男子学生を指差して言った。

 人を指差して肌汚いとか言うな。バレたらどうすんだよ。なんて俺の心配をよそに、俺たちの会話を聞いていた香子がいつの間にかその男子学生に歩み寄り、なにやら話し始めた。

 あいつの行動力はどうかしてるな。なんて思いながら香子が見ず知らずの学生と会話するのを俺と入間は遠巻きに見守っていた。



「体育館へ行ってみましょう」

 ホクホク顔で戻ってきた香子は開口一番そんな提案をした。

「どういうけいだよ」

 会話の内容は聞こえていなかったのでいきなり体育館なんて言われても意味がわからない。

「尋ね人がここを利用しているなら利用者の中に心当たりがある人がいる可能性もあるから聞きに行ったのよ。あの体格なら利用頻度も高そうだしね」

「なるほど。で、どうでした?」

「守衛と一緒ね。ここにはそういうやつの方が多いって」

「そうですか……」

「でも、いい話も聞けたのよ」

 それが体育館か?

「身長も高かったならバスケ部員の可能性があるって。今日はバスケ部は体育館で練習しているから、そっちに行けば見つかるかもしれないって教えてくれたわ」

 なるほど。バスケ部か。確かにバスケ部なら背の高いのが揃ってそうだな。激しめの運動部だから筋肉質なやつも多いだろうし。

「って、彼は一体、何者だったんだ?」

「ウェイトリフティング部員だって言ってたわ。その部には彼ほど背の高い人間はいないそうよ」

「ほう」

 じゃあ全然関係ないのに協力してくれたのか。いいやつだな。健全な魂は健全な肉体に宿やどるってやつの成功例か。サンキューな、健太くん(仮名)。

「なら、さっそく体育館へ行ってみましょうか。ここには今日も現れないみたいですし」

「そうね。じゃあ着替えて受付のところに集合ってことで」

 というわけで、俺たちは一旦解散の運びとなった。

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