孤立無援

「えぇっ⁉︎ 銀が音信不通⁉︎」

 俺は、いつも冷静に局面を把握して落ち着いて行動する頭と、武道を修めて鍛え上げた肉体の両方を持つ銀を思い浮かべた。

 どんな事件に巻き込まれたらあの銀が音信不通になるんだ。

やまごもりしてるらしいわよ」

「はぁ? 山、籠り……?」

「そう、山籠り。銀のやってる武術って、お姉さんのあおいさんが編み出したあおいりゅうきんせつかくとうじゅつっていうやつらしいのよ。つまりお姉さんがそのまま師匠でもあるってわけね。その師匠と一緒に毎年この時期は長野の山奥にあるお祖父さんの家に行って、そこで日がな一日修行するんだって」

 ちょっと待て。俺の知らない不知火銀が出てきすぎてよくわからないぞ。整理しよう。

 お姉さんがいるってのはなんとなく聞いたことがある気がするな。あいつがやってる武術はお姉さんの葵さんが編み出した……編み出した⁉︎ 武術を? しかも銀の師匠? 一九〇センチはあろうかという屈強な体格をしている銀の? え、毎年長野の山奥で修行?

 だめだ、整理しきれない。

 目を白黒どころか赤橙黄緑青藍紫させる俺に香子は、

「まあそんなわけで連絡が取れないのよ」

 と軽く言った。

 俺は正直なところ、まだ飲み込みきれないでいる。山奥で修行なんて漫画の世界の話でしかないと思ってたが、まさかこんなに身近な人間がそんなことをしているとは夢にも思わなかった。

 しかしまあ、とりあえず銀の応援は見込めないということは理解できた。

 いや、でもなんで俺には教えてくれなかったんだ。あれだけ毎日のように顔を合わせていたというのに。

「あの……」

 申し訳なさそうに入間が口を開いた。そういえば入間がいたことを忘れていた。

「何かしら?」

「銀って、誰ですか?」

 この上なくもっともな質問だ。完全な内輪ネタで盛り上がって……盛り上がったのかはわからないが、入間を置き去りにしてしまった。

「学生相談所の副所長よ。理学部生だから何か情報が得られるかもしれないのだけれど、さっきも言ったように銀は山籠り中で音信不通なのよ。残念だけど私たちだけでやるしかないわ」

 香子はお手上げのポーズで言った。

「学生相談所って、部室もらえるほどの団体なんですよね。部員は三人しかいないんですか?」

 またも入間はもっともな質問をした。

「いや、帰省中だからしばらく来られないんだが、正式なメンバーとしてはもう一人水野歩美っていうやつもいるぞ」

「何それ、キナ臭い返事だね。しかもまだ四人だし。そもそも五人いないと課外活動団体って作れないでしょ。正式なメンバーじゃない人もいるの? でっち上げ?」

 入間は明らかに引いている。今のその表情は、最初に俺が学生相談所の人間だと知った時のそれに近いものがある。しかしでっち上げとは失礼な。裏技を使っただけだ。ほとんどイカサマレベルの裏技をな。

「本当にいるわよ。まあ名義を借りてるだけだけどね。天城さんって知ってるかしら。文化部常任委員会の委員長をやってる人なのだけど」

 香子の言葉を受け、入間は目玉が落っこちそうなほど大きく目を見開いた。その表情はまさしくきょうがく

「え、天城さんって天城龍子さんですか⁉︎ あんなすごい方とも知り合いなんですか⁉︎ しかもあの方が名義を貸すって……」

 知っているようだな。こんなに目をキラキラさせて。感情で目の輝き方が変わる様はアレキサンドライトのようだ。

「知ってたのね」

「知ってたも何も、私は文化部のそっ研究会の所属ですから、天城さんは大ボスですよ。しかも仕事もできるし、優しいし、カッコいいし、憧れちゃいますよ〜。私もあんな素敵な女性になりたいな〜」

「憧れという盲目は理想の実現を遠ざけるわよ」

 また香子はそういうことを……。

 入間は言葉につまり、顔を引きつらせてフリーズした。

「対象の本質を理解して自分の持つものと比較し、足りないものを補って過剰を捨て去り、そうして初めて理想の実現に至るのよ。だから天城さんに憧れているうちはその本質が理解できず、天城さんのようにはなれないってわけ」

 まあ、言いたいことはわからんでもないが、もう少し柔らかい物言いはできないもんかねぇ。しょうもない企画書を放り投げて部下をとうする課長みたいな格好で言わなくてもいいだろうに。

「でもいいじゃない、天城さんのようになれなくたって。千春は千春としての魅力を磨きなさいよ。たとえどれほど素敵な人がいたとしても、その人のようになる必要なんてないわ。千春だって生きてるだけで七十五億分の一のいつざいなのよ」

 まさかの言葉が香子から出てきた。ひょうたんから駒が出てくることも極々まれにはあるらしい。

「は、はい」

 入間も呆気にとられている。

 これで少しは仲良くやってくれるかね。

「まあそんなことはどうでもいいわ」

「うぐぅ……」

 無理だったか……。まさかほんの数秒で打ち砕かれるとはな。

「銀も歩美も当てにできないわけだし、天城さんに頼ってみるのがいいかしらね?」

「あ、それはダメですよ。っていうか無理だと思います」

 入間が両腕でバッテンを作りながら異議を唱えた。

「なんでだ?」

「説明が難しいんだけど、文化部常任委員会は運動部常任委員会と協力して、新入生歓迎委員会と卒業生壮行委員会を担ってるらしくて、つまり、この三月という時期はドチャクソに忙しいんだって」

「なんじゃそりゃ。別で作ればいいのになんで二つの団体で四つ分の機能をカバーしようとしてるんだ。バカなのか」

「いやいや、四つどころか五つだよ。時期は違うけど大学祭実行委員会もやらされるらしいからね」

 うわぁ……。なんか、大学の闇だな、そりゃ。しっかし、それを二年生の天城さんが仕切ってたのか。やっぱりあの人の能力は普通じゃないな。

「っていうことは、完全に私たち三人だけで何とかしないといけないってわけね」

 香子は頭を抱えた。もう何度目かもわからないな。しかし、それほど現状が厳しいのは確かだ。天城さんに援護してもらうという最終手段も封じられてしまったからな。

「それでも、やるしかねぇだろ?」

「そうね。じゃあとりあえず理学部図書館にでも行ってみましょうか」

 香子はやれやれといった表情で号令をかけた。

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