尋ね人の情報求む

 とりあえず情報を増やさないとな。

「なんか、特徴とかなかったのか?」

 俺の問いに、入間はしばし斜め上を向いて考えたのち答えた。

「背が高かった」

 はぁ……。

 俺と香子はそろって頭を抱えた。

 入間はうっかりすると中学生と見間違えてしまうような体格だ。日本の成人男性の平均身長くらいしかない俺からしても小さく見える彼女からすれば、大抵の男の背が高かったという感想になってしまうはずだ。つまり、

「それじゃ情報が増えてないわよ……」

「えぇっ⁉︎ 何でですか。背高かったですよ?」

 本人は全く気付いていないようだ。いや、認めたくないのだろうか。

 しかし、香子は核心をつく。

「あなたからしたら誰でも背が高く感じるでしょう?」

「なんてことを!」

 入間は頭を抱えて天を仰いだ。

 はぁ……。仲良くやってくれよ……。

「ホントに大きかったんですよ。店長より大きかったし、ガッチリした体格でした」

 うーん。なるほど。そういう比較対象がいた上で背が高かったって言うならしんぴょうせいはあるか。

「それにしても、大きかっただけじゃわからないわよ。もっとなんか、無いの?」

「うーん……あ、すっごいイケメンでしたね」

 ダメだこりゃ。

 俺と香子はまたそろって頭を抱えた。



 なんでこいつは主観的な情報ばかり……。

「もっと、客観的な情報はないの?」

 香子は眉間にしわを寄せながらも、なんとか情報を増やそうと尋ねる。

「そうですねぇ……」

 そう言ったきり、入間は難しい顔をして黙り込んでしまった。

 おいおい……。背の高いイケメンってことしか覚えてねぇのかよ。一目惚れしたんならもうちょい印象に残っててもいいだろ。

 たっぷり二分は無音の状態が続いただろうか。幸いなことに無音を破ったのは入間だった。

「あっ! いや、でも……」

 何か思い出したような、しかし、自信はないような、そんなところか。

「いいから言ってみなさいよ」

 香子は貧乏揺すりし始めた。

 この二人、あまり相性は良くなさそうだ。頼むから終わるまでは仲良くしててくれよ……。

「あ、はい……。すっごい不確かなんですけど、その人がリュックサックから財布を取り出すとき、クリアファイルが見えたんです」

 クリアファイル? 教科書を見てくれていたら手掛かりになったかもしれないが、

「そんなの大学生ならいくらでも持ってるんじゃない? 私だって持ってるわよ」

 香子は言いながら自分のトートバッグを漁り、学桜館のゆるキャラ『サクラックマ』が描かれているかわいらしいクリアファイルを取り出して見せた。

 普段は澄ました顔をしているくせに、たまにかわいいところが見え隠れするのが香子の萌え要素だろうか。俺の頬は反射的に緩んでしまった。

「桂介、何ニヤついてるのよ」

 香子がジト目でこちらを睨む。

 せっかく心の中で褒めてやったというのにこいつは……。

「へへ、サクラックマかわいい……」

 気づくと入間は、俺よりも頬を緩めていた。サクラックマは意外と人気があるらしく、ファンは学内外にあまいるらしい。入間はそんなサクラックマファンの一人なのだろう。

「……そうね。悪くないと思うわ」

 香子は自分が褒められているかのように照れてそっぽを向いた。その反応やわざわざ割高なファイルを買って使っているところからすると、香子もまたサクラックマファンの一人なのかもしれない。

 素直にかわいいって言えばいいのに……。

「あ、でも、その人が持ってたのはサクラックマのやつじゃなくてですね。あ、もちろん透明な普通のやつでもなくて、なんか、定規とコンパスと鉛筆とかが描かれたやつだったんですよ」

 正気に戻った入間の証言に香子は、

「それでもやっぱり大した手がかりにはならないわよね」

 と言うが、俺にはそのクリアファイルに心当たりがある。

「いや、香子。もしかするとそいつは理学部の可能性が高いかもしれないぞ」

「なんでよ。定規とコンパスと鉛筆で理系をイメージするのはわかるけど、それって思い込みじゃない? クリアファイルの柄まで使って理系アピールなんかするやついないでしょ」

 おいおい、言い方……。

 まあ香子の言いたいことはわかる。しかし、俺は理系っぽい柄だから理系かもしれないと言っているわけじゃない。

 俺はスマホを取り出し、一枚の画像を入間に見せた。

「なぁ入間。そのクリアファイルってこんなのじゃないか?」

「そう! まさにこれ!」

 やっぱりな。読み通りだったか。ならやはりそいつは理系の可能性が高い。まあ俺は理系じゃないのにそのクリアファイルを持っている例外になるわけだがな。

「桂介、種明かしは?」

 香子がちょっとだけ不機嫌そうな顔で尋ねる。

 しょうがない。負けず嫌いなお姫様に説明してやることにしよう。

「このクリアファイルは大学内の図書館で本を借りると景品がもらえるっていう、二〇一七年十月の読書月間イベントの景品の一つだ。景品は学桜館の三つの図書館――大学図書館、法学部・経済学部共同図書館、理学部図書館――がそれぞれの特色を活かしてデザインしたクリアファイルだったんだけど、これは理学部図書館のやつだ」

 ちなみに。

 大学図書館のクリアファイルは、大学図書館自体が木々に囲まれているからか、片面には森の中の小屋が、もう片面にはおそらくヘンゼルとグレーテルを表しているのであろう少年少女が描かれている。長く続いたきんで困った親が森に子供を捨てる童話がモチーフとは賛否両論ありそうだが、実際の評価はよくわからない。

 法学部・経済学部共同図書館のクリアファイルはその名の通り、片面には法学界から剣を携えて天秤を掲げ、目隠しをしている正義の女神の像の絵が描かれ、もう片面には経済学界から経済学の父ことアダム・スミスの肖像が描かれている。

 理学部図書館のクリアファイルは、片面に満天の星空が描かれ、もう片面にくだんの定規とコンパスと鉛筆で多角形を作図する様が描かれている。いわゆる作図可能性問題をモチーフにしてるんだろうな。

「へぇ〜、そんなのやってたんだ。知らなかった」

 入間は感心したような顔で言うが、俺もたまたま大学図書館に行ったら発見したってだけなんだよな。

 しかしまあ、一枚でも貰えばコレクター魂に火が点いて全種類集めたくなるのが人の性というものだろう。俺はその日のうちに三種類ともコンプリートし、写真に収めたのだ。

「でもそれってたまたま理学部図書館がデザインしたものを選んだってだけで、理系とは限らないんじゃない?」

「いや、選べるわけじゃないぞ。本を借りた図書館がデザインしたものしかもらえないんだ。だから少なくとも尋ね人は十月に理学部図書館に行ってるはずだ。理学部図書館はキャンパスのへきにある理学部しか使ってない南四号館とかいう建物の中だから、理学部生以外の利用者はかなり少ないはずだ」

 俺のようにコレクター魂に火が点いた文系の可能性もあるが、とりあえず当たりをつけて探していくしか道はない。ここでずっとかもしれない話をしているだけでは、絶対に尋ね人は見つからないからな。

「理系の人だったら銀に聞いてみれば何かわかるかもしれねぇよな。聞いてみようぜ」

 俺の提案に香子は首を横に振った。

「それは無理ね。銀は今、だから――」

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