4-5繋がった事実

 階段を上がり五階に着くと、先行していた香子が自転車競技部の部室の前に立っていた。

「嫌がらせが目的だったと仮定すると、一番最初の被害者は一番恨まれていたってことになるわよね」

 と、香子は呟いた。

「まあ、そうだろうな」

「ということは、自転車競技部が一番恨まれていたってことになるわよね」

「そうだな」

 自転車競技部だけ二回もやられてるって事実も、その説を否定していない。それだけ恨まれてたと考えても問題ないだろう。

「恨まれる原因って何が考えられるかしら」

 香子が難しい問いを投げかけてきた。

「人が人を恨む理由なんて星の数程あるんじゃないか? さっきだってお互いの不注意でぶつかりそうになったのに、俺に一方的に悪態あくたいをついた奴がいたし」

「うーん、そうよねぇ」

 香子は腕を組んでうつむいた。

「でもまあ、ありがちなところだと、騒音とか? さっき部室棟を見て回ってる時に気付いたんだけど、部室って特別な防音はされてないみたいだから、大きい声を出すと結構外まで聞こえるんだよ。神経質な奴はイライラするかもな」

「それだけで盗みに入ろうと思うかしら……?」

 た、確かに……。

「それに、騒音が原因なら隣の将棋部とかが怪しいわけだけど、それだと将棋部からは離れた男子ラクロス部と囲碁部の部室に恨みを持つ理由としては考えにくいんじゃない?」

 ごもっともです……。

 ただの思いつきがここまでボロクソ言われるとは……。しかし、隣の将棋部という言葉で俺は気になっていたことを思い出した。

「そういえば、香子。こっちの空き部屋って何なのか知ってるか?」

「あぁ、そこは広告研究会が使っていた部室よ。団体自体が無くなったらしくて、空き部屋になってるんだって」

「えぇっ⁉︎」

 香子の言葉に、俺は雷に打たれたような衝撃を受け、思わず叫んでしまった。

 全てのバラバラだった事実が繋がった……気がした。

「ちょっと、急に大きな声ださないでよ。結構音が響くんだから」

「悪い悪い……」

 俺は謝りつつ頭の後ろをぽりぽりと掻いた。

「何があったのよ」

 香子はいぶかしげに俺を見て言った。

「あぁ、なんか、この事件。全て読めたような気がする」

「……え?」

 おそらく唐突すぎて理解が及ばないのだろう。香子は眉間にしわを寄せ、ナナメ四十五度くらいに傾けた頭の上に、疑問符を三個くらい浮かべている。

「いろいろ確認したいこともあるから、ちょっと時間をくれ。そのあとで全部説明するから」

 そう言って俺はスマホを取り出した。

『昨日の広告研究会の三人組について、重大な話があります。俺は今大学にいるんですが、これから会えませんか?』

 グループトーク機能を使って、天城さんと不知火と水野さんの三人に同時に送った。

 今日が土曜日であることを思い出してさすがに難しいかと思ったが、奇跡的に既読はすぐに全員分ついた。そして返信もすぐに来た。

 最初は水野さんだった。

『あたし、今大学の図書館にいるから大丈夫だよ〜』

 春休みだというのに図書館にいるのか。でもよかった。

 次は不知火だった。

『俺も学食でラーメンを食べているところだから、少し時間をくれればいけるぞ』

 まさか学食にいるなんて。しかも同じもの食ってるみたいだし。もしかしたらどっかですれ違ってたかもしれないな。

 そして最後は天城さんだった。

『私も大学にはいるんだが、文常の仕事の都合で部室を離れられない。部室棟の313号室に来てくれるなら大丈夫だ。でもとても気になるね。是非聞きたいから、来てくれると嬉しいな』

 土曜日だというのに仕事なのか。委員長ってのはやっぱり大変なんだな。

 しかしまあ、こうも都合よくいくものかと俺は驚いた。春休み期間中の、しかも土曜日に、全員が大学にいるなんてな。

『じゃあ、なるべく早く部室棟の313号室に集合しましょう。その時に全部お話しします』

 そう俺が送ると、

『りょ〜か〜い!』と水野さん。

『なるべくいそぐ』と不知火。

『うん、心得た』と天城さん。

 三者三様の返信が来た。これで全員の合意は取れた。……香子以外の。

 香子は俺の行動を顔で見ていたが、何も言わないで待っててくれた。

「待たせたな。というわけで、313号室に行こう」

「いや、どういうわけよ! ていうかその人達は誰? 広告研究会がどうしたのよ?」

 香子の疑問は尽きることはない。が、俺はここであまり説明したくない。なぜなら、ここで説明すると、後でもう一回説明することになってめんどくさいからだ。もちろん理由はそれだけじゃないけどな。

 というわけで、俺はとりあえず、重複ちょうふくしなさそうな最低限の説明だけはすることにした。

「この三人は昨日出会った人達でな。天城さんと水野さんが広告研究会の残党ざんとうの三人組に絡まれているのを、不知火って奴と俺で助けたんだ」

 ざっくり言うとこんな感じだよな。俺はあんまり助けた感じはしないけど、まあ、天城さんは「二人に助けてもらった」って言ってくれてたし、いいよな。

「ふーん。で、それがどう盗難の捜査と関係するの?」

「それは……、全員揃ってから説明したいんだが……」

「はぁ……。わかったわよ。じゃあ行きましょう」

 香子は顔のままだったが、なんとか合意してくれた。

 というわけで、今度こそ、俺たちは313号室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る