4-4合流

 数分後、学食のドアを開けて入ってきた香子は、キョロキョロと辺りを見回して俺の姿を探しているようだった。

 俺は手を挙げて香子に合図を送った。香子がそれに気づいてつかつかとこちらに歩み寄ってくるまでに、さして時間はかからなかった。

「よう、おつかれ」

 俺は何の気なしに声をかけた。

「疲れてないわ」

「うぐっ……」

 まさかの返事だった。

「べ、別に本当に疲れてると思って言ってるわけじゃねぇんだからいいだろうが」

「朝なんだからおはようでいいでしょう。どう考えても疲れてるわけのない人間にそんなこと言う必要ないわ」

 まあ、そりゃ、そうなんだが……。やっぱり、こいつ、変人だ……。

「さて、本題に入りましょう」

 香子はさっさと話題を切り替えた。

「はぁ……。まあいいよ」

 俺もモヤモヤした気持ちを飲み込んで、話を進めることにした。

 今一番大事なことをちゃんと考えないとな。しかし、

「ちょっとだけ待ってくれ」

 俺がそう言うと、香子は頭を地球のじくくらいだけ傾けて、頭上に疑問符を浮かべた。

「これだけ食わせてくれ」

 俺は残ったラーメンを指差した。

「あぁ、いいわよ。待ってるわ」

 香子はそう言うと、鞄をテーブルに置いて着ていたコートを脱ぎ始めた。

 その隙に俺はもう冷めかけたラーメンを急いですすり、スープまで飲み干して食器を回収レーンまで運んで片付けた。



 席に戻ると、香子は俺の隣の席に座っていて、俺のノートをのぞき込んでいた。

「桂介、部室棟を見て回ったの?」

「あぁ、一応な。そしたら、偶然小川さんに会ってな。盗品リストを香子に送ったむねを聞いた」

「あら、楓に? なら説明する手間がはぶけてよかったわ。実は、他の団体の人たちにも送ってもらってるのよ」

 やっぱりな。

「回答率はどれくらいだ?」

「全部の団体が送ってくれたわよ」

 そりゃすごいな。やっぱりみんな早期解決を願ってるんだな。

「ちなみに、それをまとめたのがこれ」

 香子はスマホのメモを見せてくれた。

 ふむふむ、被害にあった日付順にソートされているな。仕事がマメだ。早速ノートに書き写していくか。

 一月十日、自転車競技部、整備用のドライバーなどが入った工具箱二つ。

 一月十四日、男子ラクロス部、スティックヘッド四つ。

 一月十五日、囲碁部、碁石三組。

 一月十七日、女子ラクロス部、部費七万円が入った封筒。

 同日、ゴルフ部、ドライバー一本と十二個入りのボール一箱。

 一月十九日、フットサル部、スパイクとフットサルシューズ一足ずつ。

 同日、音楽部、無し。

 一月二十日、社交ダンス研究会、合宿費九万六千円が入った小型の金庫。

 同日、自転車競技部、タイヤチューブ一本とサドル一つとペダル一組。

 一月二十一日、ダイビング部、ブーツとグローブ一組ずつ、ダイバーズウォッチ一つ。

 同日、児童文学研究会、無し。

 これで、よし。

「何か気づいた?」

 俺が書き終えるや否や、香子が尋ねた。

「うーん、最初の三件が五階で起きてるのが気になるな」

「そうよね。しかも最初の三件は、現金は盗られていないけど、物は一種類が何個も盗まれてるわ。それなのに、四件目からは現金が盗られたり、数種類の物が一つずつ盗られたりしているのよ」

 確かに。じゃあ、一昨日俺があげた三つの目的に分類するなら、三件目までは嫌がらせが目的で、四件目以降は金を得ることが目的か。

「ってことは、三件目までと四件目からで犯人が変わったのか?」

「もしくは、犯人は一緒だけど目的が変わったか、ね」

 なるほど。そのパターンもあるな。

「手口が一緒ってことは犯人は変わってない。最初は嫌がらせが目的で始めたけど全然捕まらなさそうだし、どうせなら金目の物でも盗って儲けよう、とでも考えたんじゃないかしら」

「じゃあ自転車競技部と男子ラクロス部と囲碁部に恨みを持ってる人間の犯行か……?」

 なんか、バラバラな気がするよな。そいつらの共通点って、五階に部室があるってだけだろ。部室の配置が近かったってわけでもなかったし。

「そうねぇ……。ちょっと五階に行ってみない?」

「え? あぁ、まあ現場百遍ひゃっぺんって言うしな。行ってみるか」

 というわけで、俺たちは部室棟の五階に向かった。



 学食と部室棟は噴水広場を挟んですぐ隣にある。

 俺たちは学食を出て噴水広場を横断した。そして、部室棟に入ろうとしたその時――、

「おわっ!」

 俺は早足で部室棟から出てきた男とぶつかりそうになってしまった。

「チッ。気をつけろよ!」

 男はそう吐き捨てて立ち去った。どう考えてもお互い様だという状況で、なんであんなことが言えるんだ。日本という国はいつからこうなってしまったんだ。……って、あれ? なんか、今の声、聞き覚えがあるような……?

「桂介、大丈夫?」

「え、あぁ。まあ、ぶつかったわけじゃないからな」

「そう。じゃ、行きましょう。あんな奴にいちいち構ってる暇はないわ」

 香子は言うなり、さっさと部室棟に入ってしまった。

 うーん。なんかモヤモヤするが、まあいいか。今は犯人探しが最優先だ。

 俺も香子の後を追いかけて、部室棟に入った。

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