第23話 リベンジ!ジェニーズJr祭EAST☆

 ドラマ『シークレットハート』は最後、いさみは自分が「女」であることを家族に打ち明け、「女」として生きることを選んだ。

 最後のシーンは、初恋を貫き、二人で生きていくことを誓い合った彼に「勇っ」と呼ばれる。その一瞬、小さい頃の勇の後ろ姿が映る。

 まだ誰にも自分が「女」であることを言えず、自分のことを認められなかった頃の勇は俯きぎみで、黒いランドセルの肩ベルトを両手で握っている。力の入る肩にから落ちる長い髪の毛が、振り返る瞬間、カーテンみたいにふわっと揺れた。

 その髪の毛がより長くなり、「女」となったワンピース姿の勇は正面を向くと、穏やかに微笑んだ。隠してきた心を解き放った、明るいラストシーンだった。


 食堂で一緒に見ていた優里子は、目をうるうるとさせながら、思わず俺の頭を引き寄せた。俺はあまりに近い優里子に照れた。

「いいドラマだった。勇ちゃん最高っ!」

 少し視線を落とすと、鼻の先にふっくらした優里子の胸が見えた。触れたら爆発する装置のような危機感を感じ、俺はすぐに優里子を突き放した。

「バカ!やめろっ!!」

「ああ、ごめんごめん。思わず。唯我、あんたもいい勇だったじゃん!よかったよかった!」

 鼻の頭を赤くして笑う優里子がとても可愛くて、褒められるのが照れくさい。俺は顔を真っ赤にした。

「そんなほめんな。全然だった……」

「そう?人から距離をとって生活してる感じとか、ちょっと引っ込み思案な感じとか。ワンピース着るシーンは忘れられないなあ。私もドキドキした!」

「あれは、俺も相当緊張してたから……」

「あとね、”お母さん”って呼ぶシーンは特別、印象強かったな……」

 そう言った優里子の顔は、少し寂しそうだった。

 こうして、初出演を果たしたドラマ『シークレットハート』は、7月の梅雨が明ける頃、最終回を迎えた。自分とは違う誰かを表現する難しさを、改めて感じるものになった。


                 ****


 8月の夏休み。青い海、人々が集う砂浜を背に、日差しが照りつける中、そこにお客さんと、たくさんのジェニーズJrが集う。

『続いてはあ!昨年話題になった世界的ダンサー、イツキさんとCMで共演をし、今年はドラマ『シークレットハート』にも出演したジェニーズJrだあ!!』

『Jr2年目の小山内唯我です。よろしくお願いします』

 俺はリベンジに向け、気合い十分でステージにいた。今年も始まった「ジェニーズJr祭EAST☆」は、去年を上回る猛暑となった。

 特設ステージでは、去年もいたお祭り男みたいなハイテンション男を司会とし、グループに所属しないフリーのJrたちの紹介がされていた。去年も同じように挨拶があったが、あまりの緊張と恥ずかしさで、名乗るだけで精一杯だった。今だって緊張して、足はガチガチに固まっている。しかし、ここで俺がどんな奴なのかを言えたら、去年とは違う結果が出るんじゃないかと思った。

『唯我は秋川千鶴さんの有名舞台『ジール スタンドオンザグラウンド』に、大貫樹杏の代役として出演もしたって聞いたけど、初舞台はどうだった?』

『……緊張しかしなかった』

 ははっと軽い笑い声が聞こえる中、それでも嘘はつくまいと話を続けた。

『俺にとっての初舞台は、出演者と千鶴さんが作り上げた舞台だった。舞台に上がる度に、自分の力不足を感じるばかりで悔しかったし、本当は樹杏のジールを見に来たお客さんも多かったから、申し訳ないって思いました』

『いや、初舞台で代役でしょ?そりゃ難しいに決まってるよ!すっげえわかる!』

『それでも初舞台を通して、自分に何が足りないのか見えてきたことはよかったと思う。今日から3日間、頑張ります』

 拍手が起こり一安心した。俺は去年の反省を踏まえ、とにかく時間があれば外に出て、人と触れ合う時間を作ることに徹底すると決めた。まずは顔を覚えてもらって、次に名前。それから、何ができるJrなのかを覚えてもらえたらパーフェクトだ!

 思い出すのは、去年、ポリカを一緒に売っていた根暗な先輩、土井先輩の姿だ。俺はこの一年間、あの人のことを忘れたことはない。

 紹介ステージが終わり、他のJrたちのように立ち並んでファンサービスをした。これが不安でたまらない。去年は立ってたところで誰しも素通りした。また一人で立ち尽くすことを想像すると、少し怖かった。

「唯我君、会いに来ました。握手してください!」

「写真、よろしいですか?」

「実は代役の舞台見たんです。感動しました!」

「ドラマよかったよ!最初、女の子だと思ったんだけど、ジェニーズJrだってわかった時は衝撃だった」

「唯我君、会えて嬉しい!」

「……ありがとうございます」

 まばらではあったが、俺に手を伸ばしてくる人がいた。俺は笑顔にはなれなかったが、一人一人とぎゅっと手を握り合い、写真を撮り、言葉を交わした。

「あの、ファンですっ」

 その言葉は特別だった。まるで告白でもされているような気持ちになり、嬉しくて照れくさくてたまらなかった。「ファンです」と言われる度に、顔は真っ赤になった。

「あ、ありがとう…ございます」

「ずっと応援してます。頑張って下さい」

「はい……」

 一日目の結果は、EAST参加者56名中38位で、投票数は68票だった。脱40位!しかも去年の投票数を考えれば倍の投票数となっていた。俺は思わず拳を握った。

 しかし、よくよく考えてみると、俺が頑張っていたのかわからない。イツキのCMに出て、ライブに頻繁に呼ばれるようになって、舞台をやって、テレビドラマをやって、ジェニーズ舞台に出たことは、単純にテレビやマスコミの力なのではないだろうか。

 俺が何かしなきゃ、結果は得られないんだ。俺はリベンジするために今年も祭に参加したんだ!できることを全部やる!俺は改めて気合を入れた。

 しかし、周りを見ると、同い年から中高生、大人の人までが集まって投票結果を受けて同じように熱意をメラメラとさせている。皆は仲間で、ライバルなのだということを感じた。


                ****


 二日目は、祭で初めてバックダンスをやった。メインはジェニーズJrのグループで、「東京ライト」という6人組だった。ダンスをしながら歌う様は、まさにアイドルだと思った。ステージに立った瞬間、太陽と潮風に当たるだけで汗がだくだく落ちた。

 ステージには男たちの汗がところどころで光っていた。観客からの手拍子を聞きながら、タイミングを計ってバク転をした。その時、手を置いた瞬間にスルッと指がすべった。ヤバイ!と思ったが、指のすべりより先に体が回転し無事に着地することができた。お客さんさからは「おおっ!」「キャー」という声と拍手が上がった。

 よかった。よかった!焦りと疲れで心臓は強く脈打つが、それでもステージは止まらない。最後まで立ちきれ俺!

『ありがとうございましたあ!!』

『以上、東京ライトでしたあ!』

 ステージが終わり、ファンサービスもひと段落した時、長谷川がやって来たので驚いた。隣には大沢がいて、「唯我!」と呼んでいる。その隣には、サングラスに日傘、黒いワンピースの髪の長い女の人がいた。手を振る長谷川より先に、その女の人が俺の前にやって来た。

「まあ、本物!!!可愛い!いいえ、カッコイイわあ!!」

 女の人は激しめに俺を撫で回した。誰?

「ママ、唯我君困ってるよ!」

「あらやだ!ごめんなさいね」

 長谷川のママは俺の頬をペチペチと軽く触れた。サングラスを上げ、ウインクすると、長谷川にそっくりだった。

「徹がいつもお世話になってるわね。いつもありがとね。私、『シークレットハート』であなたのファンになっちゃったのよ!会えて嬉しいわ!次はどんなドラマに出るの?絶対見るからね!頑張ってね!」

 押しの強い長谷川のママは、後ろにたまるお客さんなど気づきもせず喋り通し、触り続けた。

「長谷川、どうして……」

「ママが見てたドラマに唯我君が出演してるって聞いて最初は驚いたよ。すっかり熱を上げたママがいろいろ調べたら、夏休み中にやる”ジェニーズJr祭EAST☆”ってのに参加する!会いに行こう!っていうもんだから、唯我君を応援するためにも来たんだ」

 興奮する長谷川のママは、大沢を捕まえてあーだこーだと喋りまくっている。大沢が困っている姿は珍しかった。長谷川はふふふと笑ってるが、大沢は「助けて」と目を向けてくる。俺は隣の長谷川さえも放ったらかして、握手に来てくれる人たちの相手をしていた。ようやく長谷川のママから開放された大沢は、俺よりも疲れていた。

「唯我、握手くらいしてよね」

「はい」

 大沢の手が柔らかくて小さかった。女の子の手だと感じると、少し照れくさかった。

「頑張ってね。体にも気をつけてね」

「うん。サンキュ」

「あ、そうだ!今度の夏まつり、3人で行こうよ。どう?」

「ああ、予定空いてたらな」

「わかった。また連絡する!」

 大沢は嬉しそうに笑うと、長谷川と一緒に手を振りながら帰っていった。わざわざ会いにきてくれたことが嬉しくて、それまでの疲れも消えてしまった。


                ****


 最終日、俺は午前中はポリカの売り子、午後はステージの予定だった。午後の2時、ステージに上がると、拍手の中に聞き覚えのあるガキの声がした。

「唯我兄ちゃーん!」

「唯我ー!」

 それは泰一と文子の声だった。驚いて客席に目を向けると、泰一と文子、施設長に優里子がいた。手を大きく振って「唯我!」と名前を呼んでいる。嬉しかったが、恥ずかしかった。

『それでは、フリーJrによる完コピダンス!曲は、ジェニーズウエストの”輝き”』

 普段のライブではありえないことだが、ジェニーズJr祭ではフリーのJrがメインに踊ることができるタイミングがある。それも声をかけられたり、かけたりとアピールしなければできない。この日のために、ここに立つことになった8人で特訓してきたんだ。嬉しいとか、恥ずかしいとかは、ステージに立ったからには関係ない。一人のパフォーマーとして、やるべきことをやるんだ。

 Jrが構えると、ステージにはジェニーズウエストの曲が流れ始めた。俺は前列にいた。ステップを始めると、会場にはリズミカルな手拍子が上がった。踊りながら手拍子を聞き、観客席へと目を向けた。騒ぐガキたちの中に優里子の笑顔が見えた。関係ないとか考えてても、やっぱり嬉しくて、テンションが上がった。

 客席へ指を差すポイントで、俺は真っ直ぐ優里子を指差した。会場からは「キャー」「唯我くーん!」という声が上がった。

 優里子は気づいてくれただろうか。今の俺を、見てくれているだろうか。

 俺を見つめる優里子は未だに思い出すことがある。去年の夏、冷めない熱にうなされながら、泣きながら不安を呟く俺の姿が忘れられない。そのガキが、ステージの真ん中に立って、不器用に笑う姿を見ると、胸にためこんでいた優里子の心配も不安も、喜びも溢れて涙が出た。隣の施設長は、優里子からもらい泣きしてしまいそうになったが、ガキたちの手前、涙をこぼさないようグッとこらえた。

 ステージが終わると、ファンサービスのために立っていたところに皆がやって来た。泰一は全力疾走の勢いのまま抱きついた。文子はニヤニヤしながら嫌味を言う。施設長が笑顔で頭を撫でてくれた。優里子は両手を広げて近づいてきた。あの胸のふくらみに感じる危機感が、優里子を避けろと体に勝手に命令した。空を抱きしめた優里子は頬を膨らませて俺を睨んだ。その顔がブサイクで、可愛かった。

夕焼け空をバックに、皆で写真を撮った。


                 ****


『さあて!最終結果の発表だあああっ!!カウント行くぞお!!』

 ホテルのロビーは、Jr祭EAST☆の最終結果を待つ奴らで溢れかえっていた。全員で大声でカウントした。

「3・2・1!!」

 ロビーのプロジェクターには、投票数と順位から出た総合結果が表示された。周りからはたくさんの雄叫びと拍手が上がったが、俺は自分の名前を見つけるのに時間がかかった。

「へっへーん!順位上昇!唯我はどうだった?」

「まだ見つけられてない」

 顔見知りのJrから勢いよく肩を組まれ、体勢を崩したが、俺は結果から目を離さなかった。どこにいる?俺はどこに……。

「……唯我、お前すげえじゃんっ!!見ろ!見ろって!!」

 指を差された先に、俺の名前があった。EAST参加者56名のうち、順位は16位、投票数は203票。フリーJrの中だけで言えば、順位は3位だった。

「嘘……」

 まさかそんな場所に自分の名前があるとは思わず、俺は自分の名前を最下位から探していた。未だに信じられない。

『各上位3位までが出揃ったところでえ!ここからはあ、表・彰・式!!』

 EASTの総合順位の上位3位が小さな賞状とメダルをもらっていた。他にも、グループ部門、写真部門、グッズ売上部門。いろいろな部門が並んだ最後に、参加フリーJrの総合上位3位が表彰された。俺は上位3人に肩を並べて賞状とメダルをもらった。

『唯我、一言どうぞ!』

 お祭り男からマイクが向けられると、緊張した。周りに見えるJrの顔がよく見えて、余計に緊張した。

『信じられない気持ちでいっぱいで……』

 何を言えばいいかわからない。その時、肩を組んできたJrと一緒にいる奴らが手を振っているのが見えた。皆もここに上がりたかっただろうし、悔しい気持ちでいっぱいだっただろうに、奴らは笑顔で、俺より嬉しそうに笑っている。

『一人じやなかったから、ここにいるんだと思います。……ありがとう』

 それを言うだけで精一杯だった。もう泣いてしまいそうだった。けれど、こんな大勢の前で泣けない。悔しい気持ちを抑えて笑う奴らの前で、泣けるわけない。

 ロビーからは、大きな拍手の音と、「唯我」と呼ぶ声が重なった。嬉しくて嬉しくてたまらなかった。


                ****


 ホテルから少し離れた海沿いの駐車場に、迎えの車が止まっていた。車に寄りかかり立っていたのは優里子だった。優里子は俺を見つけると、手を振った。

「お疲れさま!」

 まだ遠くに夕焼けの見える薄暗い空と、星のように光る波間に立って、優里子が俺を待っている。それはまるで夏の夢のようだった。思わず走って、勢いで優里子を思いっきり抱きしめた。

「やったよ優里子!俺、頑張ったっぽい!やった。やったよ!!」

「……知ってるよ、そんなこと。唯我は、ずっとずっと、頑張ってたもん!唯我の一番のファンは、唯我の頑張りを知ってるんだからね!」

 優里子がぎゅっと抱きしめ返した時、ふにゃりとした温かい何かが体をスッと撫でた。その瞬間、体中に電気がビリビリと走った。何かは理解した。そこで俺は我に返り、すぐさま両手を上げて優里子から離れた。体が全身熱くてたまらない。顔なんか、きっと真っ赤だ。口元は力を入れてもニヤけてしまう。きっと変な顔してる。

「あはは……」

「何よ。私から抱きしめるのは嫌がるくせに」

 嫌なわけない。人生最大の幸福が、ふかふかふわふわと俺を襲ってきそうなのが怖いんだ。きっと、そんなものが襲ってきたら、俺は爆発して消えてしまうだろう。

「でも、嬉しそうにしてくれてるなら、それでいいや。さ、帰ろう」

「うん」

 俺はじっと優里子を見た。勢いとはいえ、自分から抱きついた時に、気づいたことが一つある。

「何よ」

「いや、別に」

 優里子の頭なら、余裕で手が届く。よく見ると、俺の頭の高さは優里子の肩より少し上だった。いつの間にか、こんなに身長が伸びていたと、また嬉しくなってニヤけてしまった。

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