第307話 龍虎相見える
雨足が強くなる。容赦なく降り注ぐ水滴が地面を穿つ中、二人の男が何も言わずに睨み合っていた。
相対してから十分以上が経過しているというのに、お互い全く動きをみせない。二人の距離は三十メートル程。その位置につっ立ったまま、相手の方に視線を向け続けている。
「……なんで魔王軍に入ったんだ?」
最初に口を開いたのはレックスだった。あくまで普通の声量、他の音をかき消してしまうほど雨音がうるさいというのに、その言葉はしっかりとクロの耳に届く。
「本当にアベルさんを殺したのか?ハックルベルを滅茶苦茶にしたのはお前か?マリアがここにいるのはなぜだ?」
矢継ぎ早に出てくる言葉を聞いても、クロの表情は変わらない。だが、それはレックスも織り込み済みだったので、特に気にした素振りもなくゆっくりと息を吐き出した。
「…………って、聞きたいことは沢山あったんだけど、お前の顔を見たらそのどれもがどうでもよくなっちまった」
力なく笑うレックスに、クロが興味深げな視線を向ける。
「いいのか?今の俺なら正直に答えてくれるかもしれねぇぞ?」
「あぁ。聞く必要がなくなったんだよ」
一目見ただけで全てを理解した。自分の親友は昔と何も変わっていない。それなら確認することなんて何一つないのだ。
「あぁ、でも一つ言っておくことがあった」
「言っておくこと?」
思い出しように言ったレックスに、クロが訝しげな視線を向ける。少しだけタメを作ると、レックスはクロの目をしっかりと見据えた。
「久しぶりだな、クロムウェル」
予想外の挨拶に目をパチクリとさせたクロだったが、突然笑い声をあげる。
「……なんだよ?」
その反応を見たレックスが不服そうに唇を尖らせた。しばらく笑っていたクロは目元に溜まった涙を拭いながら、レックスに視線を向ける。
「いやぁ、悪りぃ悪りぃ。……変わんねぇなって思ってよ」
「……馬鹿にされてる気しかしねーな、おい」
「そう言うなって。久しぶりなのは確かだしな」
まだ笑いの余韻は残りつつも、なんとか平静を取り戻したクロが真剣な表情を浮かべた。
「ここに俺がいるって事はわかってんだろ?魔族代表の最後は俺だ」
「まぁ、そうだろうな。……他の代表達は少なからず俺の仲間と関係がある連中だったけど、お見通しだったってわけか?」
「まぁな。あの人達の性格を知ってれば予想もつくだろ。こちらの優位になるような人選をさせてもらったよ」
「そうか」
さらりと答えたレックスは首をコキコキと鳴らし、腕を軽く回しながらウォーミングアップをし始める。
「……興味なさそうだな」
そんな彼にクロが呆れたような声を出した。一通り身体を温め終わったレックスがクロに向き直る。
「そういうつもりはないんだけど、お前がそう言うんならそうなんだろ」
「なんだそれ」
「多分、今は他の奴らのこととかどうでもいいんだろうな。それよりも重要なことがあるから」
「重要なこと?」
「あぁ……お前に勝つことだ」
そう言うと同時にレックスは自分の魔力を解放した。その圧は背後にある木々が激しく揺れる程。それを受けても、クロの表情は一切変わらない。
「へー……少しは腕を上げたんだな」
トレードマークである黒いコートからゆっくりと腕を抜くと、クロは降り止むことの無い雨空へとそれを放り投げた。
「でも、その程度の力でお前が勝てんのか?」
その言葉には聞き覚えがある。勇者の試練に挑んだ時、現れたこいつが自分に言ったものだ。
レックスは目を瞑り静かに息を吐き出すと、刃物のような鋭い視線をクロへと向けた。
「……勝つさ」
だからこそ、同じ言葉を返す。だが、あの時とは力も覚悟も別物だ。
「"
静かに告げられた言葉により魔法が発動する。勇者にしか扱うことができないとされる聖属性魔法を前に、クロの眉がピクリと反応した。強大な光に包まれたレックスは手を前にかざし、黄金の剣を呼び出す。
「……なにそのやばそうな剣」
「エクスカリバーだ。伝説の勇者が使っていたやつだってよ。俺達の村の中心に刺さっていたボロい剣の本当の姿ってところだな」
「変わりすぎだろ。ふざけんな」
圧倒的な力を滾らせるレックスが持つ目も絡むような眩い光を放つ剣を見ながらクロは顔をしかめた。
「いつの間にか勇者様お得意のよくわからん魔法も使えるようになってるし……お前なんなんだよ」
「これに関しては俺もよくわからん。それこそ、いつの間にか使えるようになってたんだよ」
「なんだよ、それ。相変わらず無茶苦茶な奴だなぁ……」
クロは盛大にため息を吐くと自分の身体に魔力を巡らせる。そして、表情を真剣なものへと変え、五つに重ねられた魔法陣を組成し、自らの身体に刻み込んだ。それを見て、レックスがゴクリと唾を飲む。
「無茶苦茶な奴っていうのはお前だけには言われたくねーよな。
「ついでにお前の黄金の剣に対抗する相棒を紹介してやんよ」
そう言うと、クロはレックスがしたように手を前にかざした。その瞬間、彼の手に尋常ならざる気を放つ漆黒の剣が現れる。
「アロンダイトだ。よろしくな」
「……本当に我が親友ながら恐ろしくなるぜ、まったく」
親友の見せる力にもはや苦笑いしか浮かべられなかった。目の前に立つ男から驚異的な力を手にしたはずの自分と同等の力を感じる。やはり、自分の親友は只者ではなかった。
「……なんか嬉しそうだな」
クロに言われて、初めて自分の感情に気づく。
「嬉しい……そうか、俺は喜んでいるんだな」
「なんだよ、その言い方」
「いや……この気持ちはなんだろうなって思ってたからさ」
森から出るまでは信じられないくらい冷めきっていたというのに、今はマグマのように身体が熱くなっていた。
「嬉しいんだな、俺は。お前と戦えることが……お前に本気を出させる事が出来ることが」
「…………」
レックスの言葉を、クロは黙って聞いている。
「いつも思ってた。俺はお前の親友だっつーのに、お前に本気を出させてやれない自分が情けないってな。……だけど、今回はそうじゃない」
クロの目を見ればわかる、あれは本気を出している目だ。自分はついにあの男を本気にさせた。そう考えたら自ずと鼓動が高まっていった。
「やっとお前を満足させられるんだよ……そして、やっと本気のお前を超えられるんだ……!」
エクスカリバーを握る手に力が入る。心が、脳が、一つ一つの細胞が目の前にいる男を倒せと雄叫びをあげていた。
「……はぁ。知らねぇ間に随分と暑苦しい男になっちまったみたいだ」
闘気を滾らせている親友を見たクロは小声でそう呟きながら面倒臭そうにボリボリと頭をかく。そして、ゆっくり顔を上げると、野獣のような笑みを浮かべた。
「だけどまぁ、付き合ってやるよ。天下無敵の魔王軍指揮官様に勝とうだなんて夢を見ているバカには、現実を見せてやらないといけねぇよなぁ……!!」
その言葉と同時に、アロンダイトで雨を斬り裂く。レックスも瞳をギラつかせながらエクスカリバーを構えた。
「今日限りで俺はお前を超えるっ!!勝つのは俺だっ!!」
「ほざけっ!!てめぇなんかに負けるわけねぇだろうがっ!!」
「全力で来いっ!!負けた時の言い訳にされたくねーからなぁ!!」
「はっ!!後悔すんなよ!!泣きべそかいても知らねぇぞ!!」
「クロムウェル・シューマァァァァァァン!!!!!!!!」
「レックス・アルベェェェェェェェル!!!!!!!!!」
叫び声を上げながら二人同時に地面を蹴る。間髪入れずに漆黒の魔剣と黄金の聖剣が二人の中心でぶつかり合った。
その瞬間、まとわりついていた雨粒が弾け飛ぶ。あまりの衝撃に一瞬彼らの周囲だけ雨が止んだ。そして、吹き飛ばされた雨粒が固まりとなって遠く離れた地面に叩きつけられる。
地面には激しい亀裂が走り、周りには暴風が吹き荒れた。だが、二人の目には倒すべき相手の姿しか映っていない。
今ここに勇者の血を引きし最強の男と誰もが恐れる無敵の魔王軍指揮官の戦いの幕が切って落とされた。
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