第306話 いつも一緒にいる面子でも二人っきりになるとなんか変な感じになる

 こっそり王都マケドニアで監視させていたインキュバスの男から人間の代表は誰になったのかを聞いた俺はフェルと二人、こいつの部屋でコーヒーを飲んでいた。


「……相変わらず苦いな」


 まじで舌が縮こまるんだけど。顔は童顔な癖に味覚がアダルトすぎんだろ、こいつ。


「文句言わないでよ。僕が自ら入れたコーヒーを飲めるなんて幸せ者なんだよ?」


 正面に座るフェルがカップを傾けながら俺にジト目を向けてくる。フェルのお手製って言ってもなぁ……可愛い女の子の手料理とかだったらテンション上がるけど、こいつの手作りなんて何も嬉しくない。まぁ、でも仕方ないか。今はいつもお茶を用意してくれる女中さんはいないんだからな。


「誰もいないと存外ここも静かだな」


「いつもはメイドさん達があくせく働いてくれているからね。本当に彼女達には感謝しているよ」


 確かにここにいる魔族は働き者だよなぁ……一人を除いて。その一人も昨日は珍しく真顔で俺の心配をしていたな。真面目な顔なんてマキには似合わねぇっつーのによ。


「俺は城で戦うつもりなんてないんだけどな」


「念のためだよ。万が一人間の代表達が城まで来たら、女中さん達が危ないでしょ?」


 まぁ、そうか。何が起こるかわからねぇし、避難させておくにこしたことはないか。


「それにしてもクロの予想通りだったね」


「えっ?」


「人間の代表だよ」


「あぁ、その事か」


 ちびちびとコーヒーをすする。一気に飲んだら確実に胃が荒れるわ。いや、ゆっくり飲んだところで身体に取り込む量は変わらないから意味ないのか?


「この前の戦いで派手に暴れたからな。あの戦いに参加していた奴は軒並み参加しないと思ったんだよ……特殊な人間を除いて」


 戦争に参加してたけど、フローラさんは俺がアベルを殺したと思っているから間違いなく代表になると思った。


「後フェルも見ただろ?あのじゃじゃ馬姫様をよ。あの人は愛国心の塊だからな。自分達の国の一大事となれば、黙っちゃいねぇよ」


「あー……確か、シンシアだっけ?彼女も変わった力の持ち主だったからね」


「そうなの?」


 俺が驚いた顔を向けると、フェルは笑いながら頷いた。


「これでも魔王だからね、そういうのには敏感なんだよ。魔力量は普通だったけど魔力の質自体は異質だった。半端な魔法陣士だとかなり荷が重いだろうね」


「まじかよ……」


「でも、アルカが相手をする予定なんでしょ?だったら問題ないよ」


 フェルはニコニコと笑いながらケーキにフォークを入れる。って、ケーキなんていつの間に用意してたんだよ。


「そういえば彼女は?この戦いに参加する理由はないと思うけど?」


「彼女?あぁ、エルザ先輩か。あの人は……うん、なんとなく参加する気がした」


 エルザ先輩は正義感で熱血漢で責任感だからな。文章おかしいけど。でも、これで全てが伝わってくれるはずだ。


「それにしてもこっちの代表はあれでよかったのか?」


「一応、魔族が誇る最高戦力を投入したつもりだけど?」


 もぐもぐとケーキを咀嚼しつつフェルがあっけらかんと言い放った。最高戦力ねぇ……まぁ、セリスとアルカは納得か。我が娘はいつの間にやら魔王様と張り合うレベルに成長していたし、セリスに関しては幻惑魔法が無敵すぎる。つっても、フローラさんには効かないんだよな。まぁ、対彼女のリーサルウェポンはブラックバーでせっせと汗を流しているんだけど。でも、最後の一人は……。


「マリアさんは魔族ですらないだろ」


「エルザって子と因縁があるんでしょ?あんな表情で頼まれたら断れないよ」


 そういや、あの時のマリアさんは怖いくらいに必死だったからな。細かいことは知らないけど、学園にいるときにエルザ先輩と何かあったのは明白だ。


「こうなることを予測しての立候補制だったのね。クロが希望した通りの人が代表になるために」


「王様達が決めるとなると、訳の分からん奴が来たりするだろ?そうなると、本気で殺し合わなきゃならなくなる可能性があるからな」


 今回選ばれた人間代表はいい奴らばっかだ。悪く言えば甘い連中。命を奪い合うなんてことにはならないはず。


「……でも、本当の目的は親友君でしょ?」


 俺を見るフェルの目が少しだけ鋭くなる。


「どうして彼をこの代表戦に巻き込もうと思ったの?」


「…………さぁな」


 カップで口元を隠す俺を見て、フェルが僅かに肩をすくめた。答えるつもりがないことが分かったのか、それ以上追及することもなく、俺から視線を外す。


 俺は静かにカップをソーサーに戻した。前ではフェルが嬉しそうにケーキを頬張っている。あれだな……思い出してみると、こうやってこいつと二人っきりでゆっくり時間を過ごしたことなんて今までなかったわ。なんとなく変な感じだ。でも、そんなに悪くない。……もう少しこの我儘魔王の相手をしてやっても良かったな。


「さて……」


 そろそろ時間か。俺は立ち上がりながら椅子にかけてあった黒いコートに手を伸ばす。そんな俺にフェルがちらりと視線を向けた。


「行くの?」


「あぁ、待たせるわけにはいかねぇからな」


「そっ」


 淡白な返事をすると、フェルはハンカチを取り出し自分の口元を拭う。これから戦いに赴くっていうのに随分と素っ気無いんだな。まぁ、こいつらしいか。俺はコートに腕を通し、フェルに背を向けて部屋から出ていこうとする。


「クロ」


 そんな俺にフェルが後ろから声をかけてきた。扉に伸ばしていた手がピタリと止まる。


「負けたら許さないから。これは魔王としての命令だよ」


 少しだけ魔王としての威厳が見え隠れしている声に、俺の口角が僅かに上がった。


「……仰せのままに」


 俺は振り返らずにそう答えると、力強くドアノブを回し、フェルの部屋を後にする。


 本当にこの城には誰もいないんだな。カツンカツンと大理石の床を歩く俺の足音しか聞こえない。こうなってくると寂しいものがあるな。

 城の中庭に住んでいるくせに、ここにはあまり来たことがなかったわ。用があるときは大体フェルの部屋に行ってたし、他に行く機会なんてなかったんだよな。城の中を見て回ったのは、ここに来た初めの頃だけか。

 あの時はまだアルカがか弱くて可愛かったなぁ……いや、可愛さは倍増しているんだけど、強さはその三倍くらいの勢いで増してんだよね。

 セリスに関しては針のむしろだったな。何をしても何を言っても刺々しかった気がする。いや、気がするではない、実際にそうだった。

 他の魔族から向けられる視線もやばかったわ。あの時は俺も魔族にそれほど思い入れがあったわけじゃなかったからそこまで気にしていなかったけど、今そんな感じで見られたら多分へこむ。そう考えると、よくここまで仲良くなれたもんだ。それもこれも俺の人望ってやつか?……魔族の人柄に救われたんだろ、わかってんよ。


 城から出るとあいにくの雨模様だった。うわー……まじか。流石に傘をさして行くわけにはいかねぇし、濡れるしかねぇか。雨に濡れると髪が張り付いて鬱陶しいんだよな。

 ため息を吐きつつ、雨の中を歩き出した。冬の雨ほどつらいもんはねぇよ。このコートのおかげでそこまで寒くはないけど、このまま濡れ続けたら絶対風邪ひくって。こう見えて俺は病弱なんだよね。


 城から伸びる無駄に幅の広い階段を一歩ずつゆっくりと降りていきながら空を見上げる。こんだけ分厚い雲が空を覆ってたら晴れることはまずない。あのバカと出かけるってなったら大抵晴れるんだけどな。晴れ男だと思っていたが、どうやら違うみたいだ。ざまぁみやがれ。


 長く続く階段を雨にうたれながら進んでいく。フェルの質問をごまかしたのはなんでだろうな。別に答えても良かったんだけど、なんとなく気恥ずかしくなっちまった。


 俺があいつを巻き込んだ理由……そんなの戦いたかったからに決まってんだろ?


 フェルもライガも、拳を交えた魔族は手強い奴ばっかだった。デーモンキラーもむかつく似非勇者も俺の想像をはるかに超えた強敵だった。


 でもな、だめなんだ。


 そいつらを相手に本気は出せても、死ぬ気で戦う気になんてなれない。


 俺が全力を出せる相手はお前しかいないんだよ。


 森から出てきた懐かしい姿を見ながら、俺はそんな事を考えていた。

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