第267話 線を引いたらそれになぞって切り取るべし


 砦の近くに降り立った俺は、即座に空間魔法からあるものを取り出す。


 それはピエールと協力して作り出した究極の魔道具、エリクサー。


 デーモンキラーとの戦いで限界まで魔力を消費した俺に、奴らを倒す魔法は使えない。だが、こいつを使って魔力を回復させれば、何とでもなるはずだ。正直、今の今までこいつの存在を忘れていたが、砦の上にいるピエールを見て思い出したわ。


「感謝するぜ、ピエール!」


 小瓶の蓋を取ると、一気に口の中へと流し込む。味なんかよくわからないが、全身に力が漲ってくるのを感じた。流石は究極の魔道具だな、マジで魔力が完全回復してやがる。


 っと、効果に感動している暇はない。魔王とはいえ魔族であるフェルが、デーモンキラーを相手にするのはきついはず。さっさと、魔法陣を構築しねぇと。


「一撃のもとに葬り去れ、か……無茶振りしてくれるぜ」


 でも、魔王様のご命令だ。背くわけにはいかねぇよな。


 俺は一種ソロで組成できる最大の魔法陣を懇切丁寧に組み上げる。まずは火属性だ。出来上がったらそれをキープしつつ、次の魔法陣に取り掛かる。そうやって水、重力と三つの魔法陣が組みあがったことろで、それを一つの塊とした。

 この作業を後二回。後半になるにつれ、発動せずに保持しておく魔法陣が増えていき、時間も集中力も要する。当然こんな芸当試したことなんてない。でも、ぶっつけ本番はいつもの事だ。


 俺は三種類の魔法陣の塊を三つ作り上げた。一つ目は火、水、重力。二つ目は氷、風、重力。最後は地、雷、重力だ。


 劣勢属性と優勢属性、相反する力はうまく組み合わせれば爆発的な力を生み出す。


 俺は9つの魔法陣を維持しながら、最後の魔法陣を組成した。十八番の重力属性だ。


 そして、塊である三種類の魔法陣を合成し、更に出来上がった三つの塊を合成する。


 二重合成。


 今ある魔力をフルに使った究極の魔法。効果のほどは今に分かる。


「フェルッ!!!!!!戻ってこぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!!!!!!!」


 かなりの無茶をやっているせいか、魔法陣が震えだしやがった。これ以上発動させないでいるのは限界だ。フェルが戻って来次第、即座に放つ。


 しかし、俺の声が聞こえているはずなのにフェルは戦いを止めようとはしなかった。


「あのバカ……まさか……!?」


 もう一度フェルの名前を呼ぼうとしたが、もう魔法陣は破裂寸前の風船のような状態だ。俺は盛大に舌打ちをすると、顔を歪めながら魔法陣を発動する。


「“十戒モーセ”!!!!!!」


 その瞬間、俺の魔法陣がはじけ飛んだ。



 ルシフェルはかなりの苦戦を強いられていた。今の彼は掛け値なしの本気。だが、四方八方から魔力を吸い取られているため、その力を存分に発揮することはできないでいた。


 それでも、ルシフェルがここまで善戦できているのは、彼の持つ力の高さとアロンダイトのおかげである。


 この魔剣がデーモンキラーの、いや正確にはデモニウム鉱石の魔力吸引を抑制していたのだ。流石に完璧に抑えることはできないが、ルシフェルほどの強者であれば、足止めするにはそれで十分だった。


「アルが力を貸してくれればこんな連中わけないと思ってたけど、そう上手くはいかないみたいだね」


 戦いながらルシフェルはアロンダイトに話しかける。当然、魔剣が言葉を返してくれるわけもないのだが、ルシフェルにはその声が聞こえているようだった。


「……うん、約束通り楽しくやってるよ。君に似た指揮官もいるしね」


 ルシフェルの最上級クアドラプル身体強化バースト上級トリプルへと変わる。莫大な魔力を保有しているルシフェルも、その量は無限ではない。


「心配してないよ?僕が死んでもクロが魔族を守ってくれる。…………頼りないって?そこはセリスがカバーしてくれるでしょ」


 ルシフェルが楽し気に笑いかけた。アロンダイトはそれに応えるようにデーモンキラーを斬り飛ばす。だが、一体倒したところで状況に何ら変化はない。無数の刃がルシフェルの身体を切り刻んだ。


「……そろそろ時間かな?」


 背中に計り知れない魔力を感じる。身体の至る所から血が出てようと、ルシフェルはお構いなしで戦い続けた。この場に降り立った時から、何が起ころうと戦い続けると心に決めていた。


「フェルッ!!!!!!戻ってこぉぉぉぉぉぉぉぉい!!!!!!!!!!」


 そう、例え自分の名前が呼ばれようとも。


 ここを死に場所と定めているルシフェルは、クロの言葉には一切反応しない。大事なものを守って死ねる……悪くない死に方だ。


「“十戒モーセ”!!!!!!」


 クロが魔法を唱えたのが聞こえた。魔王の自分ですら到底たどり着けない境地の魔法。おそらく痛みを感じることもなく、一瞬でこの世からおさらばすることができるだろう。


 後は頼んだよ、みんな……クロ。


 ルシフェルは小さく笑みを浮かべながら、自分の最後の仕事を全うしようとする。


 不意に首元に何かが触れた感触が走った。そして、視界が急転。今の今まで戦っていたデーモンキラー達の姿が遠くに見える。


 次の瞬間、それを見計らっていたかのように、光の奔流が落ちてきた。


 この光には見覚えがある。初めてクロと出会ったときに、クロが使った魔法のものと同じだ。だが、規模が違う。違いすぎる。何千、何万倍とも思える大きさの極光が、アラモ平原を浄化するがごとく、その全土にわたり、まばゆい光を放っていた。


 永遠に振り続けるかと思われた光が段々と収束していく。光が明けた先にあるのは闇。


 ピクニックの名所であったアラモ平原は完全に消滅し、アラモ砦と人間の監視塔の間には、底知れぬ巨大な空洞が出来上がったのであった。

 そして、そこに左右から海水が勢い良く流れ込んでくる。つまりクロの魔法により、完全に大陸が分断された、ということだ。


 こんな魔法が今まであっただろうか。少なくとも長い間生きてきた中で、初めてだった。


 身体が震える。これは恐怖か、はたまた歓喜か。今のルシフェルには理解できない。


 そんなルシフェルの気持ちなど知る由もなく、死ぬつもりだった自分をここへと転移させた張本人は大の字になって寝ころんだ。


「……っはー、終わった~……これなら人間達もこれ以上攻めようだなんて思わねぇだろ……」


「お疲れ様。見事な魔法陣だったよ」


「たりめぇだろ……俺を誰だと思ってる?天下無敵の魔王軍指揮官様だぞ?」


「そうだね」


 ルシフェルはゆっくりとクロの隣に腰を下ろすと、アロンダイトをそっと置く。


「これは返しておくよ。クロのだからね」


「……いいのか?」


「うん。アロンダイトがもう少しクロの側にいたいって言うから」


「……そうか」


 クロが手を触れると、アロンダイトは一瞬にして姿を消した。またクロの身体の中に入っていったのだろう。聞いた感じ、かなり居心地がいいらしい。


「今回は引き下がると思うけど、そろそろ決着をつけないといけない感じだね」


「……そうだな。せっかく魔族領と人間領、二つに分けたんだから大人しくしといてくれねぇかな?」


「それは無理だろうね。だって彼の目的は」


「―――クロ様ぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「ん?」


 ルシフェルの話の途中で名前を呼ばれたクロが声のした方に顔を向ける。すると、砦の屋上から飛び出したセリスが猛スピードで落下しているのが目に飛び込んできた。


「セ、セリぐえぇ!!」


 そのまま見事にクロの身体の上に着地したセリスが滂沱の涙を流しながら、クロに抱きついた。


「クロ様っ!!クロ様っ!!!!」


「お、おい!大丈夫だって……むぐ」


 そして、そのまま熱いキスを交わす。これにはルシフェルも苦笑い。


「……他の魔族が来ないようにしておくから、ほどほどにね」


 そう言うと、ルシフェルはセリスが降りてきた砦の屋上へと向かう。


 ルシフェルがいなくなっても、セリスは唇を離さない。酸欠でクロの顔が真っ赤に染まろうとも、自分の唇を重ねたままそこから動こうとはしなかった。



「あ、あり得ない……!!」


 デーモンキラーに指示を出していたリモコンを地面へと落としながら、アイソンが言った。その言葉はここにいる全ての者の気持ちを代弁している。


 大陸が二つに分かたれた。夢だとしても、起こりえない事態。


「……退こう。我々の完敗だ」


 集まった者達が呆然と立ち尽くす中、オリバーが静かな声で告げる。だが、誰一人その場を動こうとはしない。動くことができなかった。


「……それとも、大陸を分かつほどの力を持つ相手と戦おうという者がこの中におるのか?」


 オリバーの言葉に呆けながらも顔を見合わせる一同。答えは否、だ。


 一人、また一人と戦場から背を向けていく。時間が経つにつれ徐々に実感が湧いてきた人々は徒歩から早足、早足から駆け足へとシフトしていった。転移魔法の順番など待っていられない。大事なのはこの悪夢から解放されること。そして、その悪夢を生み出した元凶から少しでも遠くに逃げること。それだけしか頭になかった。


 だが、我先にと逃げていく人間達の中、一人だけその場に佇んでいる緑髪の少女。彼女はゆっくりと前に進むとクロの魔法の威力をその目に焼き付けていた。


 監視塔から少し先はもう地面がない。ギリギリ自分達がいたところには届かなかった。


「いいえ……そうじゃないわね」


 フローラは独り言を呟く。ギリギリ届かなかったのではなく、意図的に届かせなかったのだ。人間達の命を奪わないために。


 先ほどにしたってそうだ。彼は身を挺して自分を守ってくれた。復讐に取り憑かれ、容赦なく刃を振り下ろした自分を、だ。


 果たして彼は本当に兄を殺したのだろうか?こんな風に魔族を、ひいては人間達までも救う男が兄を?答えが出ないことが分かっていても、悩まずにはいられなかった。


「……お主は帰らないのかの?」


 突然声をかけられ振り返ると、フライヤがこちらに近づいてきているのが目にとまる。


「フライヤさん……」


「見れば見るほど恐ろしい力じゃのう。敵に回さんで本当よかったわい」


 フライヤはおっかなびっくり下を覗きこんだ。海水の水位がどんどん上がっているのが見て取れる。このままいけば、魔族領と人間表の間には巨大な運河が生まれるだろう。


「……助けていただき、ありがとうございます」


「ん?妾は大したことしておらん。あの男に呼び出され、荷物を運んだだけじゃ。おかげで王には不審な目で見られてしもうた。まったく……厄介なことをしてくれたわい」


「シューマン君とはお知り合いなのですか?」


「シューマン?あぁ、そういえばお主の友人じゃったな」


「友人……ですか……」


「ん?」


 歯切れの悪いフローラをフライヤが不思議そうに見つめる。


「いえ、あの……同じ学園には通っていました……」


「ふむ……なるほどのぉ……」


 フローラの表情から何かを察したフライヤは何も言わずに踵を返した。


「あの……フライヤさん……?」


「お主はあの男に兄を殺されたんじゃったのう?」


 その言葉にフローラの肩がビクッと跳ねる。フライヤは足を止めるとフローラの方は見ずに、話をつづけた。


「事実がどうなのか妾にはわからん。じゃがな、一つだけ確かなことがある」


 フライヤはその場で振り返ると、ビシッとフローラを指さす。


「あの男はお主の命を救った。それだけは覚えておくがよい」


 そう言うと、フライヤは転移魔法を発動し、この場からいなくなった。


 一人残されたフローラは魔族達が集うアラモ砦を見つめる。


 この場所から見えているというのに、なぜかその場所が遥か彼方の遠い場所の様にフローラの目には映った。

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