第266話 最後に頼れるのはやっぱりこの人

 離れたところで戦うクロを見つめながら、セリスは必死に耐え忍んでいた。先ほどまで優勢に戦いを進めていたクロであったが、今はかなりの苦境に立たされている。


 古代兵器、デーモンキラー。兵器に幻惑魔法は効かないどころか、魔族である自分は近づくことすらままならない。そうである以上、自分が行ったところで何もできず足手まといになるだけなのは明白だった。


 そんなことはわかっている。わかっているが、今すぐその場に駆け付け、あの人の助けになりたいという気持ちは抑えることができない。


 祈る様にギュッと拳に握りしめた。祈るだけであの人が助かるのであれば、何度だって祈ろう。爪が激しく食い込み、その手から血がしたたり落ちている事も構わず、セリスは祈りを捧げ続ける。


「セリス……」


 そんな彼女を見て、フレデリカが悲痛な声を上げた。もうとっくにセリスの幻惑魔法の効果は切れている。だが、誰もその場から動こうとはしなかった。クロの覚悟を、セリスの覚悟を無にすることなどできるはずもない。


 しかし、それも限界に近づいていた。


 もみくちゃにされながら、それでも必死に戦い続けるクロを見て、ライガが雄たけびを上げながら思い切り床を殴りつけた。


「……もう我慢できねぇ。誰が何と言おうと俺は行くぜ」


 ゆっくりと歩き出したライガを見て、ギーは軽く笑みを浮かべる。


「……そうだな。俺も守ってばかりってのは性に合わねーな」


「……付き合うぞ……」


「んだ」


 ライガに続くように動き出す幹部達。だが、その前にフレデリカが立ちはだかった。


「何の真似だ?」


「…………これ以上先には行かせないわ。指揮官命令よ」


 怒りに顔を歪めるライガに、フレデリカが静かな口調で告げる。


「お前……本気で言ってんのか?」


「本気よ。……元々、魔王軍指揮官は幹部よりも立場が上。そのクロが命じたのであれば私達でも破ることはできない……それに」


 フレデリカが後ろに立つセリスにチラリと視線を向けた。


「一番クロの側に行きたいのに、その気持ちを必死に押し殺しているバカなあの子を差し置いてあいつの所に行くのは私が許さない」


 セリスがハッと息を呑む。フレデリカの目は本気だった。ライガ達の気持ちも痛いほどに分かる、なぜなら自分も同じ気持ちだからだ。それでも彼女が行かせないよう前に立つのはクロとセリスのため。今ここで魔族達がクロの助成に入り、彼らが傷つき倒れればクロとセリスの魔族を守りたいという「願い」が水泡に帰してしまう。

 だが、その思いを理解してなお、ライガ達の意志もそれに負けないくらい強固なものだった。


「だったらお前ら二人を倒していくまでだ」


「あら、できるかしら?脳筋バカ猫ごときに」


 挑発するフレデリカの前に、棍棒を携えたギーが立つ。


「悪いけど、今回ばかりはその脳筋バカ猫に付かせてもらうわ。あいつを失うくらいならバカについていった方がましだ」


「…………同じく………」


「指揮官様は死なせねぇだ」


 これで四対一。おそらく、クロの事で頭がいっぱいなセリスは幻惑魔法を使えないだろう。それならば、自分がこの四人の足止めをしなくてはならない。


 魔力を高めたフレデリカの横に血色の悪い男がさっと舞い降りる。


「……あなたも手伝ってくれるの?」


「我輩は指揮官との約束を守るだけ。この砦にいる者達を守るのが我輩の使命」


「それは頼もしいわね」


 フレデリカは微笑を浮かべると、聞き分けのないバカ四人を睨みつけた。そして、自分の後ろで必死に戦っている二人を守るように、大きく両腕を開く。


「誰にもこの線は超えさせない!!クロの命令に背くことはこの私が―――」


「―――魔王軍指揮官よりも立場が上の者なら、命令に従う必要はないよね?」


 一触即発の場に、暢気な声が響き渡った。この場にいる者達が一瞬、呆気にとられた表情を浮かべる。しかし、すぐに全員が声のした方へと視線を向けた時には既に、全身黒で着飾った男は戦場へと飛んで行っていた後だった。



 いやーこりゃ、流石にきついっすね。


 結構倒したと思ったんだけど、半分も減ってねぇよな。相変わらず俺のこと殺る気満々だし、こっちは血だらけでボロボロだし、お手上げってやつですわ。


 デーモンキラーの剣が俺の左腕を貫く。もう躱す元気はない。


 ちょっとばかし自分の力を過信しすぎたかもしれん。なんだかんだ言って勝てるだろって思ってた。こんなんじゃ、認識が甘すぎますってまたセリスにどやされちまう。


 今度は左足。そこはもう感覚がないから痛くねぇな。


 究極アルテマ身体強化バーストもあとどのくらいもつか……つっても、限界なんかとうに超えてんだけどね。いつぶっ倒れてもおかしくない。


 次は、右腕。こいつら几帳面な奴らだな。


 なんか死にかけてるのに笑えてきた。人間、死を前にすると感情がおかしくなんのかな?もしくはもう魔族になっちまったか?それはそれで悪くねぇ気分だ。あいつらと同じ種族になれたんならな。


 右足に刺さった斧を見て、俺はそんな事を考えていた。


 一つ残念なのは、セリスの花嫁衣裳を見れなかったことだ。あっ、まだオッケーもらってなかったっけ?確か、条件は死ぬなってことだよな。我が恋人ながら厳しい条件提示してきやがる。








 悪い、セリス。どうにもその条件、守れそうにねぇや。








 振り下ろされるメイスを前に、俺はゆっくりと目を瞑った。







 …………。


 ……………………。


 …………………………………………なんか身体浮いてません?


 恐る恐る目を開いてみる。俺が戦っていたクソ兵器共が遥か眼下に見えた。あぁ……死んでしまった俺は天へと召されているということか。このまま天国に行って俺は天使にでもなってしまうのだろうか。……いや待てよ?それだとアルカと同じってことじゃないか!やばっ!なんかテンション上がってきた!


「麻雀もそうだし、雪合戦もそうだし……いつもクロは楽しいことをする時、僕に声をかけてくれないよね?」


 え?


 慌てて顔を上げると、ショタイケメンスマイルが俺の目に飛び込んできた。あぁ、俺を天国へと導く使いの人ですか。意外と黒い服が似合うんですね。


「って、なんでフェルがいんだよ!?」


「偶には僕もみんなに交じりたいからね。飲み会とか全然誘ってくれないし」


「そんな話している場合か!!」


 フェルに助けられたってことは、ターゲットを失ったデーモンキラー達が砦に向かっちまうじゃねぇか!ってか既に向かい始めてるし!さっさと戻らねぇと!


「わかってるよ。……これから魔王命令を下すからよく聞いてね」


 柄にもなく真面目な声でフェルが話しかけてくる。クソ兵器の動向が気になったが俺はフェルの方へと顔を向けた。その顔は俺が今まで見たどれでもない威厳と威圧に満ち溢れたもの。


「魔王軍指揮官、クロ。魔王であるオレが奴らと戯れている間に、お前は一撃のもとに奴らを葬り去れ」


「なっ……!?」


「わかった?」


 フェルが変わったのは一瞬。呆気にとられた俺に笑顔を向けてくるのは楽しいことが大好きないつもの魔王様だった。


「じゃあ、よろしくね!」


 フェルが俺を掴んでいた手を離す。よろしくって、こいつは本当にいつも無理難題を押し付ける!しかも、考える猶予なしでだ!くそが!

 俺は慌てて”無重力状態ゼロ・グラヴィティ”を発動すると、大声でフェルを呼んだ。


「フェル!!こいつを持ってけ!!」


 投げ渡したのは、アロンダイト。少しだけ驚いたフェルだったが、笑顔で受けとると、一直線にデーモンキラーへと向かって行く。俺も、魔法陣を構築するため、急いで砦の方へと移動した。



 地面へと着地したルシフェルは嬉しそうに懐かしき相棒へと目を向ける。


「また君と戦える日が来るとはね……嬉しいよ、アル」


 そう小さな声で呟くと、最上級クアドラプル身体強化バーストを発動し、自分の大事なものに害をなす兵器へと突貫していった。

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