第230話 たくさんお酒が飲めることをかっこいいと思う奴はまだまだ子供

 いやー、リニューアルして料理が美味くなったと思ったら酒もだな。こんなんいくらでも入っちまうぞ?ただでさえここにはアルコールブラックホールみたいな奴らが集まってんだ。その証拠に貸し切りで他に客がいないっつーのに、三バカがフル稼働で配膳してる。


「ぷはーっ!!おかわりだっ!!……って、おいおい。まだ酒が残ってんじゃねぇか。はんっ!元勇者も大したことねぇってわけだな!!」


「言ってろ!!獣人ごときに負けてられっか!!」


 そう言うと、アベルは持っていたジョッキを一気に傾けた。おうおう、景気がいいこって。だがな、アベル。そいつらのペースに合わせてると死ぬぞ?


「たくっ、スマートじゃねーな。そんなくだらない勝負、さっさと負けを認めてもっとゆっくり酒を味わおうぜ?」


 ギーが優雅にグラスを振りながらアベルに笑いかけた。一見、優しさのようにも見えるが、これは魔王軍参謀の罠だ。あんな言い方されて大人しく引き下がるのは賢いやつだけ。無論、あいつはバカだ。ライガに引きずられるようにして酒を飲み続けるだろう。


 アベル……骨を拾うのは面倒くさいから、骨ごと昇天しろ。


 あいつらに絡めば確実に俺も酒、酒、酒、アンド酒エンドレスリカーヘルに巻き込まれる。俺はイカスミパスタをよそりながら、盛り上がっている隣に目を向けた。


「アニーさんから聞いたんですけど、ボーウィッドって一緒に料理をするんですよね?」


「え?なにそれ意外っ!ドンって腰を据えたまま、家の事は何もしないと思ってたわ」


「旦那さんと二人でキッチンに立つだなんて憧れちゃうなぁ……素敵!」


「……別に大したことではない……一緒にやればアニーの負担が和らぐ……」


「甲斐性ありすぎるわよ、あんた。何もしない世の男どもに聞かせてやりたいわ」


「ボーおじさんの料理は美味しいんだよ!アニーおばさんの料理もすっごい美味しいけど!」


「……アルカは残さず俺の料理を食べてくれるからな……作る方も嬉しい……」


 なにこれ。女子会プラス出来る男とか絶対にこの輪には入りたくない。クラスに一人はいるよねー、自然と女子達の会話に入り込める男。レックスとかレックスとかレックスとか。ボーウィッドはそういうタイプではないけど、ポテンシャルの高さで普通に溶け込んでいやがる。


 あの集団の中には入り込めない。絶対にボーウィッドと比較されるだろ。そして、俺の自尊心が粉々にされる。それこそ、ガラス細工をハンマーで振りぬくように。


 結局、ボッチに元通りってか。辛いぜ、ちくしょー。


 まぁ、セリスもフレデリカもかなり節度を守って飲んでいるみたいだから、暴走はしなそうだな。みんなが楽しそうならオールオッケーだ。


 俺が一人寂しくちびちび酒を飲んでいると、ゴブ太がフライドチキンをもってやって来た。話し相手発見。


「おい、ゴブ太」


「ん?なんだよ?オイラ今忙しいんだけど」


 俺が声をかけるとゴブ太はうっとおしそうに顔を向けてくる。今のはちょっと傷ついた。だが、ここでゴブ太を失ったら俺には何も残らない。些細な事でもいいから話題を振らなければ。


「あー、あれだ。アベルはどんな感じよ?」


「アベル?」


 ゴブ太は大皿をテーブルに置きながら、瓶のまま一気に酒を飲みほしているアベルに目を向けた。


「よくやってくれてるぞ。気が利くし、接客態度も悪くない。お客さんの評判も上々だな。……今はあんなんだけど」


「へぇ……そうなのか……」


 アベルが真面目に店員やってる……全然ピンッてこないんだけど。


「……俺も様子を見に何度か来ているが……しっかり働いていたぞ……」


 俺達の話を横で聞いていたボーウィッドが話に入ってきた。ゴブ太だけじゃなくボーウィッドまで言うってことは間違いないんだろうな。つーか、ボーウィッドはちゃんとアベルの経過観察をしていたのか。連れてきた張本人は完全に放置だったっていうのに。俺、反省。


「まったく……みんなあの男に甘いのよ!」


 フレデリカが眉を吊り上げながら、グラスを机に叩きつけた。いや、その気持ちはわかるけど、フレデリカが言うのはおかしくない?お前はそこまでアベルとの思い出とかないだろ。


「アベルが攻めてきたせいでクロとセリスの仲が深まったのよ!?本当、厄介なことをしてくれたわ!!」


「あー!そう考えると、アベルさんは恋のキューピッドなんだね!!」


 気に入らない点そこかよっ!!そして、マリアさん!!性格的にどう転んでもあいつはキューピッドにはなり得ないから!!


「そう考えるとそうかもしれませんね……あぁいうイベントでもなければヘタレなクロ様が行動に出るとは思えませんし」


 いや、納得してんじゃねぇよ。


「じゃあパパとママが仲良くなったのは緑さんのおかげってこと?緑さん、いい人なの!!」


 やっぱり呼び方は緑のままなんだね。確かに髪の色はブルゴーニュ家特有の緑色だけどさ。


「あいつはいい人でもキューピッドでもない。ただの労働力だ」


「……確かに店を手伝ってもらえて助かってるけどな。そんな言い方ないだろ」


 俺の物言いにゴブ太が不服そうに顔を顰める。あれ?そんな反応見せられると、すごい悪者の気分なんですが。


「いやだってそのつもりで連れてきたから」


「そうだけどさ、少しは優しくしてやれって。アベルはクロに感謝しているんだぞ?」


「感謝?」


 あいつが?俺に?新手の冗談だよね?


「あいつ、言ってたぞ。『俺の人生における最大の不幸は、心底気に入らない野郎に地獄から救われたことだ』って」


「それ感謝してねぇだろ」


 どう聞いても愚痴にしか聞こえない。むすっとしている俺を見て、マリアさんがくすりと笑った。


「男の子は素直じゃないからね。クロ君もだけど」


「そうね。クロは素直じゃないわね」


 マリアさんの言葉にフレデリカがうんうんと同意する。言い返すと三倍になって返って来そうなので俺は沈黙を選ぶぜ。


 それにしても、あいつがねぇ……。


 何気なく目を向けると、丁度グラスの酒を豪快に飲み干している所だった。そして、そのまま机の上に突っ伏した。


「あっ、死んだみたいだな」


「ア、アベルさん!!」


 マリアさんがアベルの下に駆け寄ろうと慌てて立ち上がると、その前にジョッキを携えた大男が立ちはだかる。


「ヒック!!そこそこ頑張ったが、元勇者と言ってもこの程度だな!!次はマリアっ!!お前だ!!飲むぞっ!!」


 そう言うと、ライガは酒だるを勢いよくテーブルの上に置いた。マリアさんが交互に酒だるとアベルへと目をやり、戸惑っていると、ライガがニヤリと笑みを浮かべた。


「どうした?自信がないのか?やっぱり女には荷が重いか!!」


 ガタッ!


 ライガの言葉に反応したのは二人の美女。不意にその場で立ち上がると、キッとライガを睨みつけた。


「今の言葉、聞き捨てなりませんね」


「そうね。気に入らないわ」


「なんだ?セリスとフレデリカも参戦するのか?面白れぇ!!」


「お、おい!!」


 ギーが慌ててライガに声をかけるも、全く聞く耳持たず。ギーはやれやれと首を左右に振り、自分の席に座る。俺もボーウィッドも危険を察知し、自分のグラスと皿を持ってそちらへと移動した。


「マリア!やるわよ!!」


「は、はいっ!!」


 フレデリカに凄まれ、条件反射で頷いたマリアさんも飲み比べに加わる。あまり無理させたくはないんだけど、まぁ、今日くらいは無礼講か?


 とりあえず、今回の飲み会も平和に終わることはなさそうです。

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