第229話 主役は意外なところにいる
俺はアベルを連れてなるべく人気のないアイアンブラッドの町はずれに転移してきた。周囲の気配を探り、即座に魔法障壁を展開できるように準備をする。……ふぅ、どうやらアルカが追ってきてはいないみたいだ。今のアルカなら野生の勘とか言って、あっさり俺達の場所とか突き止めそうだからな。
「な、なんだったんだよ、あの子供……」
アベルが隣でおっかなびっくり辺りを見回している。騎士団に囲まれたときですら余裕で笑っていたような似非勇者をここまで怯えさせるとは、我が娘ながら恐ろしい。ってか、普通にあの規模の魔法は恐ろしいぞ。
「確かコンスタンと戦ってた魔族のガキだったな。……つーか、ガキが放っていい魔力量じゃなかったぞ、あれ。下手すりゃ俺の魔力すらも超えてた」
「ガキって言うな。俺の娘だぞ。名前はアルカだ」
「お前の子供?」
アベルが怪訝そうな顔を俺に向けてきた。
「……俺も大概手が早いと思っていたが、お前ほどじゃなかったらしい。俺より年下のくせにあんなに大きな子供がいんのか」
「ざけんな。養子だっつーの」
仮に本当の子供だったら何歳の時の子供だよ。
「あの子は俺とセリスの宝だ。傷つけようとしたら承知しねぇぞ」
「傷つけるってバカか、お前は。そんなことしようもんならあの魔力で塵にされるわ」
アベルが呆れたようにため息を吐く。うーん、うちの子は見境なく暴力を振るう子ではないけど、あの様子を見た感じアベルに関しては別かな?近づいた瞬間、消し炭不可避。
「つーか、俺とセリスのってことはあの女をモノにしたんだな。俺の所に来た時も一緒にいたし」
「……悪いかよ」
軽い感じで言ってくるアベルに俺は不機嫌そうな口調で返す。モノにしたって言い方、なんか腹立つな。
「いや……まぁ、時間の問題だったしな。あの女がお前を見る目は半端なかったし。どんな馬鹿でも気づくレベルだったな」
…………ってことは何か?気づいてなかった俺は底なしの大馬鹿野郎ってことか?やっぱりこいつは土に還した方がいいのかもしれない。
いや、クールダウンだクロムウェル。こいつがむかつく野郎なのはいつものことだ。そんなことより、俺は確認しなければならないことがある。
「……アベル、お前にちょっと聞きたいことがある」
「あ?なんだよ、急に」
眉をしかめるアベルを前に、俺は一つ大きく息を吐いた。今更、何を緊張しているんだ。会議が終わった後に、こいつの話を聞くって決めてたじゃねぇか。図らずも二人っきりになれたんだ。今が絶好のチャンスだろうが。
俺は言いようのないモヤモヤを吹き飛ばすように、一度頭を左右に振ると、アベルに向き直った。
「……お前がチャーミルを攻めた理由を教えてくれ」
「はぁ?何言ってんだ、お前?」
「頼む」
俺は丁寧に頭を下げる。顔を見なくても、アベルが戸惑っているのが雰囲気で感じ取れた。
「……調子狂うぜ。お前は偉そうにふんぞり返ってろっつーんだよ」
「嫌な奴に頭下げてでも知りたいことがあるんだ」
頑なに頭を上げない俺を見て、アベルは盛大にため息を吐いた。
「……別に大した理由なんてねーよ。つーか、人間のお前ならわかるだろ?勇者の俺は魔族を滅ぼすのが義務なんだ。だから、魔族の街を攻めても何の不思議もないだろうが」
違う。俺が聞きたいことはそんな事じゃねぇ。
「なんでチャーミルの街だったんだ?」
「なんでって、一番近かったからだよ。高い魔法耐性のおかげで俺には幻惑魔法が効かないからな。あの街が魔族の街だって分かった時、ここから攻めりゃいいやって」
そうか。確かブルゴーニュ家は異常な魔法耐性を持ってるんだったな。
「つーことはチャーミルを狙ったのは偶々ってことか」
「まぁ、そうなるな。別に魔族の街ならどこでもよかった」
「……目的は?」
「そんなの決まってんだろ?一人でも多くの魔族をぶちのめす事だよ」
「だけど、お前はセリスの命を狙ったんだろ?」
俺の言葉に、アベルの眉がピクリと反応した。
「あー……あの女から聞いたのか。そうだな、お前の言うとおりだ」
「それはなぜだ?」
「それが王の命令だったからだ」
「王の命令?」
王がセリスを殺せって言ったのか?そんなピンポイントで倒す相手を指示するって言うのか?やっぱりセリスが言った通りなのか?
「……そんな怖い顔するなって。事実だ」
アベルの顔にからかいの色は一切ない。確証はないが、こいつは本当のことを言っている。
「俺が王から命じられたことはこうだ。『もし金色の髪をした魔族を見つけたら確実に抹殺しろ』」
「金色の髪をした魔族……」
なんだろう、ごく最近同じようなセリフを聞いた覚えがある。あれは工場を吹っ飛ばした後に、どっかのロリババアがセリスを見ながら……。
「あぁ。だから、てっきり魔王が金髪だと思ったんだけどな。だけど、適当に攻めた街で王様が言ってた魔族を見つけたから、こいつを討伐すれば命令を果たしたことになるって……」
そこでアベルの言葉が途切れる。不審に思った俺が顔をあげると、アベルが少し寂しそうな顔で遠くを見つめていた。
「どうした?」
「いや……俺はここにいてもいいのか、って思ってな」
アベルは頭を掻きながら苦笑いを浮かべる。それは、どこが自嘲しているような笑みだった。
「王の命令だろうと、俺が魔族を傷つけたのは事実。さっきのガ……アルカもそうだったが、俺を憎んでいる魔族もいるだろ。それこそ、お前の女だって俺を憎んでいるに違いない」
「セリスがお前をねぇ……。俺の口からは何とも言えないな」
「あんな仕打ちを受けたんだ、恨んでない方がおかしいだろ?」
まぁ、普通だったらそうだわな。だが、あいにく俺の秘書は普通ではない。
「そんな俺が人間達に見捨てられたからって、魔族の街でのうのうと暮らしていていいのかって話だ」
なるほどな。至極まっとうな考え方だ。そして、至極どうでもいい悩みだともいえる。
「そんなの知らねぇよ。自分で判断しろ」
「……お前に話した俺が馬鹿だったてことだな」
アベルは軽く笑いながら肩をすくめた。やはりこいつは人の神経を逆なでする天才だな。俺は何も言わずにアベルの腕をつかみ、転移魔法陣を組成する。
「さっさと戻るぞ。俺は酒が飲みたい」
「なっ!?お前の娘がキレてるからほとぼりが冷めるまで俺はここに残るぞ!?」
「うるせぇ。行くぞ」
抵抗するアベルを無視して、俺は転移魔法を発動した。
ブラックバーに戻ると、みんなはすでに席に座って各々飲み物を手にして俺達を待っていた。俺はすぐにアルカの方に目をやると、ジッとアベルのことを睨みつけている。よかった、何とか説得できたみたいだな。
「おっ!主役のお帰りか。お前がいないと宴会がスタートできないんだよ」
ギーが待ちくたびれた、と言わんばかりにジョッキを上に掲げる。アベルは俺の手を払いのけると、さっさと厨房へと向かおうとした。
「おい、どこに行くんだよ」
「……お得意様をもてなすために、仕事に戻るんだよ。ほらっ、さっさと席に座れよ。主役がいないと、始まらないだろ」
「なら、お前がさっさと席に座れ」
「え?」
何をきょとんとした顔してんだよ。
「お前が主役だろ」
「はぁ!?何言ってん」
「おい!アベルっ!!早く来いっつってんだよ!!これ以上俺様に酒を我慢させるつもりか!!」
アベルの言葉を遮って、ライガが不機嫌そうに怒鳴り声をあげる。アベルは驚きの表情を浮かべながら、席に座る奴らを見渡した。そんなアベルを見て、ボーウィッドが優しく声をかける。
「……今日の飲み会は魔族領に来た二人の歓迎会も兼ねている……」
「か、歓迎会……?」
「そうよ。だから、早くこっちに来なさいな。マリアも待ちくたびれているわよ」
いまだに茫然としているアベルに、フレデリカがウインクを投げた。マリアさんもその隣で笑っている。
「アベルさん!早くこっちに来なよ!ライガさんが飲み比べしたくてうずうずしているよ!」
「勇者とやらの力を見てみたいからな!一、二杯で音を上げたらぶっ飛ばしてやる!!」
おー、ライガと飲み比べとはご愁傷様だな。俺はその場で立ちすくんでいるアベルの尻を蹴り上げた。
「いてっ!」
「おら。さっさと行けよ」
俺に促されるまま、アベルはトボトボと歩いていく。そして、セリスの前に来たところで、ピタッとその足を止めた。セリスは無表情でアベルの顔を見つめる。
「……すまなかった」
少し震えたアベルの声を聞いても、セリスの表情は一切変わらない。やば……この沈黙耐えられない。ここにいる男性陣が軒並みオロオロしている。
セリスは、隣でブスッとしているアルカの頭に手を置くと、ゆっくりと口を開いた。
「もう二度と魔族に手を出さないって約束できますか?」
「……あぁ、約束する。死んでも魔族には手を出さないと誓う」
「そうですか。……どうですか?」
セリスが目を向けると、アルカは不服そうに唇を尖らせる。
「ぶー。ママが許したんだからアルカは文句が言えないの!」
「ふふっ、ありがとうございます」
セリスはアルカの頭を優しく撫でると、アベルに柔らかい笑みを浮かべた。
「ようこそ、魔族の世界へ」
アベルの身体がビクッと震える。そして、何かを耐えるようにギュッと拳を握りしめた。そんなアベルの肩に俺は笑いながら腕を乗せる。
「さっきの質問だが……少なくともここにいる連中はお前がここにいてもいいって思ってるみたいだな」
「……そうだな」
「なんだ?泣き虫勇者再来か?」
「うるせぇ!!」
アベルは何かを隠すように目元を拭うと、そのままの勢いで空いている席に座った。俺もセリスの隣に腰を下ろすと、目の前にあるグラスを掴み上げる。
セリスの事で色々考えなきゃいけない事はあるんだけど、とりあえず今は魔族領に来た二人を歓迎しないといけねぇな。
いや、それにしても……。
俺は今この場にいる面子を見回す。なんともおかしな光景だな、おい。いがみ合っているはずの人間と魔族が一つのテーブルで仲良く酒飲もうってんだから。そもそも
「色々話したいことはあると思うけど、まずは喉を潤してからってことで!」
俺がグラスを上にすると、全員がそれに倣って杯をあげた。
「とりあえず、死ぬほど飲んで死ぬほど騒げ!!乾杯っ!!」
「「「「「乾杯っ!!!!!」」」」」
俺達は笑顔でグラスをぶつけ合う。アベルもマリアさんも少し照れ臭そうに笑っていた。
さーて、飲むぞっ!!
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