第228話 大事なことを報告しないでいると後で痛い目に合う

 会議を終えた俺達はボーウィッドが治めるアイアンブラッドに来ていた。もうお決まりになりかけてるけど、これから飲み会だ。店はもちろんブラックバー。

 ちなみにいつものように女性陣、っていうかフレデリカとセリス、それとアルカは着替えてから来るらしい。確かにあのボンテージ姿と女医さんルックだと街の中は歩きにくいわな。


 というわけで、今いるのは俺とボーウィッドとギーとライガ。野郎四人のむさくるしい集団だと思うじゃん?そうじゃないんだよなー。


「わ、私も参加しちゃっていいのかな?」


 俺の隣を歩いていたマリアさんが恐る恐るといった様子で尋ねてきた。そうなのだ。着替える必要のないマリアさんは俺達と一緒にいるのだ。癒しがあるって素晴らしい。

 雪合戦の時に今日は商人の仕事は休みだって聞いてたんだよね。他の幹部達もマリアさんの事は好いてるし、問題ないと思って誘ったってわけ。


 本当はギガントにも声をかけたんだけど、この後砦の調整を行うからって笑顔で申し訳なさそうに断られちゃってさ。相変わらず真面目で勤勉な男なんだよな。


「問題ないよな?」


 俺が顔を向けると、ギーが悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「俺達の飲み会はハードだぞ?かなり飲まされるのは覚悟しとくこったな」


「そ、そうなの?」


「当たり前だ。マリア!強くなるなら酒にも強くならねぇとな」


 いや、戦闘力と肝臓の強さは関係ないだろ。つーか商人と戦闘力は関係ないだろ。適当なこと言ってんじゃねぇぞ、バカ虎。


「うぅ……頑張るよ!」


「……あまり気負うことはない……みんなで楽しく飲めればそれでいい……」


 緊張した面持ちで両手をギュッと握りしめたマリアさんにボーウィッドが優しく告げる。兄弟まじ兄弟。かっこよすぎる。


「まぁ、そういうことだ。マリアさんは自分のペースで飲んでいいから。たくさん飲むのは他の奴らにまかせときなって」


「う、うん!!ありがとうクロ君!!」


 へべれけになったマリアさんも少し見てみたいところだけど、こいつらに付き合ってたら泥酔どころか廃人になるからな。流石にそれはマリアさんの親父さんからレッドカードをもらっちまう。


「ライガさんもギーさんもお酒は強いの?」


「ん?あー、まぁな。こいつみたいに品もなくガブガブ飲んだりはしねぇけど」


「馬鹿が。酒は豪快に飲んでなんぼだろうが」


「酒は味わって飲むもんなんだよ」


 いや、俺から言わせればギーの飲み方も大分がぶ飲みだぞ?一分間に三、四回は瓶からグラスに酒を注いでんだぞ、こいつ。異常すぎるだろ。


「そうなんだ!ボーウィッドさんも?」


「……嗜む程度だな……」


 うん、ボーウィッドが一番常識的な飲み方していると思うよ。お猪口から一瞬で酒が消える謎は今も解明されてはいないけど。


「へー……みんな酒豪さんなんだね。誰が一番すごいのかな?」


 マリアさんの何気ない疑問に俺とギー、ボーウィッドの動きが止まった。真実を知らないライガだけが自信満々な表情で自らを指さす。


「そんなの俺様に決まってるだろ!俺の血は酒で出来ているようなもんだぞ!?」


「……井の中の蛙ならぬ草むらの猫、大平原を知らず、か」


「あぁ!?なんだよギー!!てめぇになんぞ負けやしねぇぞ!?」


「俺じゃねーよ。……いるんだよ、化け物が」


 珍しく真面目な顔でギーが告げた。よくわかっていないライガは訝しげな表情を浮かべる。


 そう、このバカ虎は何もわかっていない。世の中には常識では図ることができない者達がいることを。酒豪揃いのオーガ達を飲み比べで潰し尽くした金髪の悪魔と、酒にバカ強いギーがぶっ倒れるまで飲んだっていうのに、その後もアホみたいに飲み続けた青肌の精霊のことを。……後者はその後の反動がすさまじいが。


 そんな話をしていると、俺達は目的の場所にたどり着いた。今日は幹部達が集まるってことで貸し切りにしてくれているらしい。前来た時みたいに客でごった返している、ということはない。つーか何度か来ているけど、店のおしゃれさにまだ慣れねぇな。


「いらしゃ……げっ……」


 俺が扉を開けると、愛想よく挨拶をした店員が一瞬で顔を歪める。げってなんだよ。接客態度がなってねぇんじゃねぇか?

 俺の後ろから顔をのぞかせたマリアさんがその店員の男を見て、目を大きく見開かせながら口元に手をあてた。


「えっ!?アベルさん!?!?!?!?」


「ん?マ、マリアぁ!?」


 そういや二人にはお互いの事話してなかったな。つーことはこれが初対面ってことか。


 あまりの衝撃でそのまま固まった二人の間に、スッとボーウィッドが入っていった。


「……頑張っているみたいだな……ゴブ太から話は聞いているぞ……」


「ボ、ボーウィッドさん?あ、ありがとうございます……それよりもなんでマリアが魔族領にいるんですか!?」


 ほー、ゴブ太の奴、ちゃんとボーウィッドに報告しているんだな。まぁ、こいつは人間で、しかも元勇者だからそういうのは必要ってわけか。


「おっ、こいつが例の勇者様ってやつか。確かセリスの街を襲撃したんだっけか?」


「クロとやり合ったんだろ?おもしれぇ!酒飲む前に喧嘩ってのも悪くねぇな!」


 おい、そこのバカ二人。話がこじれるからすっこんでろ。


「こいつは魔力回路を抜かれたからもう戦えねぇよ。お前ら二人は先に席に行っとけ」


「けっ!つまんねぇな」


「はいはい」


 俺がシッシッと、うっとおしそうに手で払うと、二人はアベルの横を抜け店の中へと入っていった。ボーウィッドもアベルの肩を労うようにポンッと叩くと、その後に続いていく。とりあえず彫像のように動かないマリアさんを何とかしないとな。


「あー……マリアさん?こいつは森に落ちてたから労働力として俺が拾ってきたんだ」


「……犬猫みたいに言うんじゃねぇよ」


 俺の言葉を聞いて、アベルが不服そうな顔で反論してくる。は?お前に犬や猫みたいな愛らしさがあると思っているのか?身の程をわきまえろ。


「……そっか。クロ君はアベルさんを殺してなかったんだもんね」


 なんとか再起動したマリアさんが俺とアベルの顔を交互に見つめる。


「でも、驚いたな。まさかアベルさんが魔族領にいるだなんて」


「それはこっちのセリフだぞ?……なんで人間であるマリアがこんな所にいる?」


「ふふっ。私は魔族の人達と商売をするためにここへ来ているんだよ。クロ君とセリスさんのおかげで転移魔法と空間魔法が使えるようになったからね」


「そうか……確かマリアはコレット商会の一人娘だったな。それにしても魔族と商売だなんて思い切ったことするんだな」


「まぁ……色々とあってね」


 マリアさんがこっそり俺にウインクをしてきた。そうだね。魔王城に単騎突入とか、親子の感動の和解とか色々とあったね。


「アベルさんが生きているのを知ったらフローラが喜ぶよ!」


 嬉しそうにマリアさんが言うと、アベルはビクッと身体を震わせた。


「……フローラには何も言わないでくれ」


「え?」


 耳を疑う言葉に、マリアさんの表情が固まる。……まぁ、そうなるわな。


「俺はそっちの世界だと死んだことになっているんだ。このバカと同じでな」


「一緒にすんじゃねぇよ、似非勇者が」


「うるせぇ。……そんな俺が生きてると国に知られたら、躍起になって騎士達が俺を殺しに来るだろう。もしかしたらフローラにも危害が及ぶかもしれない」


「えっ?えっ?なんで騎士団の人がアベルさんのことを……?」


 まるで理解が追いつかないマリアさんが困惑した表情で俺に説明を求めてきた。うーん……なんて言えばいいのかなぁ……。


「俺がこいつを見つけたときは騎士達に殺される寸前だったんだよね」


「そ、そうなの!?」


 そら驚くわな。仮にも元勇者を国に仕える騎士が手にかけようとしたんだから。


 マリアさんはしばらく黙って何かを考え込むと、おもむろに顔をあげ、俺に優し気な笑みを向けてくる。


「そっか……だからクロ君は人間の目が届かないここにかくまってあげたんだね」


「いや、俺は純粋にここで働く店員が欲しかっただけだよ。……でもまぁ、結果的には助ける形になったわけだから、感謝しろよアベル」


「誰がお前に感謝なんてするか。……空腹で死にかけていた俺に飯を恵んでくれた上に、居場所までくれたゴブ太さんたちには感謝してるけどな」


「けっ、素直じゃねぇ奴」


「てめぇにだけは言われたくねぇよ」


 いがみ合う俺達を見て、マリアさんはくすくす笑っていた。


「二人とも、仲がいいんだね」


「はぁ!?誰がこんな奴と―――」


 ビュオォォォォォ!!!!


 俺がマリアさんに言い返そうとした瞬間、凄まじい魔力の奔流が背後で吹き荒れる。咄嗟に目を向けると、着替え終わったセリスとフレデリカがいつの間にかやってきていた。そしてその真ん中には、両手を前にかざし、完全に瞳孔が開いた我が愛娘の姿が……。


 やべぇ。アルカにアベルを拾ってきた話をしてなかった。


「ア、アルカっ!!」


 セリスが必死になだめようとするも、巻き起こる魔力は台風のようで、手で顔を庇ったまま近づくことができない。フレデリカも何とかしようとしているが、アルカの目には怨敵しか映っていないようだった。


「ちょっ!!なんだあれ!?子供が出す魔力じゃねぇだろ!?」


「ア、アルカちゃん!?落ち着いてっ!!」


 二人も桁違いのアルカの魔力に焦りを隠せないみたいだ。ぶっちゃけ俺も焦りまくりんぐ。だってアルカの背後に五つの魔法陣が見えるんだもん。しかも最上級魔法クアドラプル


「……またママにひどい事をしに来たんでしょ?」


 アルカの声はひどく落ち着いたものだった。正直言って怖い。心の底から恐怖を感じる。


 アルカはゆっくりとセリスの方に顔を向けると、ニッコリと笑いかけた。


「大丈夫だよ、ママ。アルカが悪い緑をやっつけてあげるの」


「ま、待ってください、アルカ!!ち、違うんです!!」


 懸命に声を張り上げるも、全く聞く耳なし。再びアベルに視線を戻すと、魔法を唱えるため静かに口を開いた。


「セリスっ!!アルカに説明しといてくれっ!!」


 あんな規模の魔法を撃たれたら、ブラックバーどころかここら一帯ギガントの厄介になることになっちまう!!


 俺は全力でアベルの肩を掴むと、即座に転移魔法を発動した。

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