第227話 アルカはみんなの娘でファイナルアンサー


「はいはい!場もあったまってきたことだし、そろそろ本題に入りますよー!」


 フェルがパンパンと両手を叩き、注目を集める。約一名が意気消沈しているが、問題ないだろ。ほとんど自業自得みたいなもんだし。


「クロ君……」


 フェルの方を見ていた俺に、対面に座るマリアさんが小声で話しかけてきた。


「ん?どうしたの?」


「私はここにいていいのかな?」


「あー……」


 確かに。魔王軍幹部の会議に人間のマリアさんがいるなんておかしな話だ。俺が人の事を言えた義理じゃないが。

 俺がそれとなく視線を向けると、フェルがウインクで返してきた。どうやら問題ないらしい。


「魔王様の許可もおりたことだし、気にすることないんじゃね?」


「うーん……わかった。大人しくしてるね」


 そう言うと、マリアさんは少しだけ気まずそうにフェルの方へと顔を向ける。まぁ、気にするなって方が無理な話か。


「今回の議題はとっても深刻なものになっていまーす」


 おっと、先生の話が始まったな。って、言葉の割に楽しげな口調だな、おい。どうせ大した内容じゃねぇんだろ。


「どこぞの指揮官様が人間達が大事にしている工場を吹き飛ばしちゃったから戦争が起こりそうなんだよねー」


 …………先生、すいません。体調悪くなってきたので保健室に行ってきてもいいですか?


「……聞き間違いですかい?魔王様があり得ないことを言ったような気がしたんですが」


 ギーが訝しげな顔をフェルに向ける。他の幹部達も軒並み同じような顔をしていた。マリアさんだけは驚いた様子で俺を見ている。


「聞き間違いじゃないよ!ね?クロ指揮官?」


 いい笑顔でこっち見てくんじゃねぇよ。このドS魔王が。


「いやー……まぁ……吹き飛ばしたっていうか、潰しただけっていうか……」


「何やってんのよ、あんた」


 あっ、フレデリカ姉さん復活したんですね。よかったです。でも、お願いですからそんな残念な子を見るような目で見ないでください。


「おいおい。そんな楽しそうなことするならひとこと声かけろってんだよ」


 ぐっ……ライガの野郎、完全にからかいにきてやがる。あのにやけ面をぶん殴ってやりてぇ。


「人間のお前が人間に喧嘩売ってどうすんだよ。アホか」


「クロ君……」


 やべぇ、ギーが本気で呆れてんぞ。マリアさんも困り顔でこっちを見てるし、俺のメンタルポイントがゼロになりかけてる。


「……魔王様……何か理由があったのでは……?」


 ボーウィッドだけは真意を確かめるため、真面目な顔でフェルに問いかける。すると、フェルは腕を組みながら、ゆっくりと椅子の背もたれに寄りかかった。


「うーん……そうだねぇ……いくつか理由があったと思うけど、一番の理由は……」


 もったいぶるようなためを作ると、フェルが俺達に向かってニヤリと笑いかける。


「その工場にいた人間がアルカを傷つけたからじゃないかな?」


 ヒュッ……。


 会議室の気温が一気に下がった。それまで俺の事を呆れた様子で見ていた幹部達の顔つきが一変する。ここまで張り詰めた空気になったのは俺が初めて会議に参加した時以来だな。マリアさんが少し怯えているくらいだからね。うちの娘って本当に愛されてるわー。


「なるほどね。それで……」


 僅かに笑みは浮かんでいるが、その目が完全に座っているギーが俺に視線を向けてきた。


「ちゃんと殺したんだろうな?」


 お、おっふ。こんなギーを見るのは初めてだぞ。


「当然よね?子供が傷つけられたんだから」


「あぁ、落とし前はつけてやらなきゃいけねぇよな」


 フレデリカは氷点下の微笑を携えて、ライガは指をバキバキと鳴らしながらこっちを見てくる。


 カチャッ……。


 隣の方で音がしたと思ったら、ボーウィッドが何も言わずに持っていた刀を鞘から抜いた音だった。兄弟もそんな感じか!ってか、刀なんか持ってましたっけ!?


 たじたじな俺の代わりに、セリスが幹部達に説明をする。


「アルカが人間に手を出さないっていう私達との約束を懸命に守ろうとしたのに、私達がそれを破るわけにはいきません」


 …………よかった。セリスの言葉を聞いて、ダダ漏れだったギー達の殺気が引っ込んだみたいだ。マリアさんもホッとしているみたい。


「結局、手を出しちまってんじゃねぇか。人間共が黙っちゃいねぇだろ」


 ライガが吐き捨てるように言うと、ギーが肩をすくめながら首を左右に振った。


「いーや、ライガ。大方うちの指揮官様は工場を壊しただけだから、手は出してないって考えてんだろうよ。尤も、お前さんの言う通り、大事なもんを壊された人間達はカンカンだろうな」


 ギーに俺の思考回路が完全に読まれていて誠に遺憾過ぎる。


「そういうことだね。というわけでマリア、そっちの世界で何か変わったことはあるかい?」


「え?変わったことですか?うーん……特にないような気が……そもそも、どこかの工場が魔族に襲われたっていう話も聞きませんし……」


「まぁ、そうだろうね。一般の人に公開できるような施設じゃなかったみたいだし」


「あっ、でも……」


 急にフェルに話を振られしどろもどろになりながら答えていたマリアさんが何かを思い出したように手を打った。


「コレット商会にお城から大量発注があったんです。武器や防具、それと薬の注文が唐突に。その事と今までの話を加味すると」


「がっつり戦争の準備をしているってことね」


 フェルがふぅ、と小さく息を吐く。まじか。まじで戦争になる感じか。なんだかんだ戦争を回避するように動いていた俺が戦争の火種を作っちまったってわけか。笑えない冗談だな。


「僕の情報源からも似たような報告が上がってたから一応マリアに確認したけど、これで確定したね」


 フェルは前かがみになると、机に肘付き、指を組むとその上に顔を乗せた。


「近々、人間と戦争になる」


 会議室にピリッとした空気が流れる。いつものようなアットホームな雰囲気など微塵もない。


 戦争……その事実がフェルの口から告げられたということで一気に現実味が増した。こうなる可能性があったことは魔族領に来た日から覚悟していたはずなのに、全然足りなかったみたいだ。

 アベルの時は少数精鋭だった上に、あいつらから吹っ掛けてきた喧嘩だったから、俺も遠慮なく戦えた。その上コンスタンのおっさんが話の分かる人だったから何とか撃退できたんだ。だが、戦争となれば違う。ちょっと痛い目みせれば退いてくれるような甘いもんじゃねぇ。しかも、いくら否定しようとも俺が原因なのは事実だ。迷わずに戦える気がしない。


 一人思案にふける俺を横目で見たセリスが徐に口を開いた。


「……この戦争、私の身を捧げれば回避できるのではないですか?」


「…………は?」


 あまりにも意味不明な言葉に思わず間の抜けた声が出る。セリスの身を捧げる?何を言ってるんだ、こいつは?


「何馬鹿な事を言っているのよ」


 俺の気持ちを代弁してくれたフレデリカがその美しい顔を険しくさせながらセリスを睨みつけた。セリスはその視線を真正面から受け止める。


「彼らの狙いが私ではないか、と言っているのです。もしそうであれば私一人の犠牲で」


「それが馬鹿なことだって言ってるのよ!!」


 フレデリカが肩を震わせながら勢い良く立ち上がった。こんなに怒っているフレデリカは見たことがないかもしれない。でも、気持ちはわかる。なぜなら俺も同じだからだ。


「なんで人間の狙いがあんたなのよ!!あいつらの狙いは魔族の殲滅とその魔族を統べる王の命に決まってるでしょ!!あんたが犠牲になったところで戦争が回避されるわけないでしょ!?」」


 会議室にフレデリカの怒声が反響する。その言葉を否定するものはいない、ただ一人を除いては。


「フレデリカ……勇者アベルが街に攻めてきたときに言っていたのです。自分達の目的は私の命だ、と」


「えっ……?」


 フレデリカは目を大きく見開いてセリスを見たままその場で硬直した。俺は頭が真っ白になりながらセリスの顔に目をやる。その顔は気遣ってくれることを喜ぶ反面、どこか寂しげなものだった。


「理由はわかりません。が、人間の王が私の命を狙っていることは確かです」


「う、嘘……」


「この場で嘘をつくメリットなんてありませんよ」


 セリスが優しい口調で言うと、フレデリカはへなへなと力なく椅子に座る。待ってくれ。ちょっと待ってくれ。一旦落ち着かせてくれ。


「確実に戦争が回避できるかどうかわかりませんが、それでも交渉材料にはなると思います」


「…………」


 誰一人としてセリスの言葉に反応しない。寡黙な鎧も、血気盛んな虎も、くせ者なトロールも、気の強いウンディーネも、頭の整理がおいつかない。俺もその一人だ。


「戦争になれば魔族も人間も多くの血を流すことになります。それだけは何としてでも阻止しなければなりません」


 セリスの言葉は耳に入ると、すぐに反対側の耳から出ていった。そこに脳みそを介する余地はない。


「なので一刻も早く人間の国に赴き、私は―――」


「セリス」


 もはやセリスの独壇場となりかけていた場に、待ったをかける男がいた。


「これ以上、不確かな情報で会議を混乱させるのであれば、幹部とはいえこの場から出ていってもらうよ?」


「ル、ルシフェル様……」


 フェルの顔を見たセリスは思わず口を噤む。それほどまでにフェルの表情は静かで冷たかった。


「申し訳ありませんでした……」


「うん!わかってくれたならそれでいいんだ!」


 フェルがいつもの笑顔を向ける。セリスは硬い表情のまま、少しだけ顔を俯けた。


「少し話が脱線しちゃったけど、要するにみんなには心構えをしておいて欲しいってことだよ!特にクロは全部の街の視察が終わったんだから、人間側の動きに注意しておくんだよ?」


「……わーってるよ。俺の責任だからな」


 さっきまであった人間との戦争に対する不安は奇麗さっぱりなくなっている。そんなことよりも重要なことを聞いてしまったからな。


「他の幹部たちも気を付けてね。くれぐれも軽はずみな行動は控えるように」


 フェルの言葉に幹部達が頷く。その反応に満足したフェルがうんうん、と笑みを浮かべた。


 ったくよ。どうせ今回も大した話し合いはないだろうって軽く思ってたら、痛いしっぺ返しを食らっちまった。戦争もさることながら、さっきのセリスの話だ。こりゃ、早急に確認する必要があるな。


「僕の話は以上かな?他に何か話したい人いる?」


 こんなヘビーな話の後に他の話なんてできるわけないだろ。フェルとセリスの話に比べれば、どんなことも些細な問題だ。


 誰もが口を開かないと思っていた会議室で、スッと手が挙がる。


 全員の視線を一身に受けながら、ヴァンパイアのピエールは静かに語り始めた。


「……先程、指揮官は全ての街の視察を終えた、と魔王は言っていたが勘違いだろうか?まだ我輩の街には来ていないと思うのだが?」


 …………。


 俺とフェルは何も言わずに、ゆっくりとピエールから視線をそらした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る