第214話 一夜漬けは信用できない
「さぁ、着きましたよ!」
転移魔法陣から現れた奇抜なローブを着ている男が誇らしげに告げる。共にいるのは肥えた体格の男と挙動不審な男、威厳が身体中から迸っている男と外出用のドレスを身に纏った美少女であった。
「す、すごい……!!王都からあんなに離れているというに一瞬で来れました!!」
ロバート・ズリーニの新米付き人であるルキが目の前にある建物を見ながら嬉しそうに声をあげる。それを聞いたロバートが忌々しそうに鼻を鳴らした。
「まったくだ。貴様が転移魔法を使えれば、あんなにも時間をかけてここまでくる必要がないというのに」
「す、すいません……」
ロバートにギロリと睨みつけられ、ルキはしょんぼりと肩を落とす。
「ルキさんを責めてはいけませんよ、ロバート大臣!転移魔法は難解な魔法陣……私のような優秀な魔法陣士にしか扱えないのですから!!」
「助かったぞ、アニスよ」
「もったいないお言葉で」
稀代の賢王、オリバー・クレイモアに賛辞を受けた王宮魔法陣士であるアニス・マルティーニは誇らしげに頭を下げた。
「お父様……ここが……?」
「あぁ。ロバート自慢の兵器工場らしいな」
娘のシンシアの言葉にオリバーが頷きで返す。
そう、ここは魔族と対抗すべく、ロバートが私財をなげうって建てた兵器工場。魔導列車や魔導車を駆使しても3,4日はかかるこの場所に、アニスの転移魔法によって一瞬でやって来たのであった。
「これはこれは大臣に国王陛下、そして王女殿下まで遥々お越しいただき、恐悦至極に存じます」
工場から出てきたのは、白衣を纏った明らかに胡散臭そうな男。その顔に張り付いているのは愛想笑いのそれ以外にはなかった。
「私はこの兵器工場の最高責任者であるアイソン・ミルレインと申します」
「アイソン、挨拶などいい。陛下は多忙な身なのだ。さっさと工場内を案内せい」
ロバートがつまらなさそうに告げると、一瞬ピクリと眉を動かしたアイソンだったが、すぐにまた心にもない笑みを浮かべる。
「……それもそうですね。では、こちらへ」
「うむ。よろしく頼む」
アイソンに促され、五人は工場内へと入っていった。
工場の中ではロバートが雇った者達が、忙しなく作業を進めている。いたる所に巨大な魔道具が点在しており、建物の大きさも加味して、莫大な資金が投入されていることはうかがい知れた。
「時間もないということで、詳細な説明は省きましょう。我々が行っているのは魔道兵器の製造とアーティファクトの解析です」
「アーティファクト?」
聞き慣れない言葉にシンシアが眉をひそめる。期待していた反応が返ってきたせいか、アイソンは嬉しそうな表情を見せた。
「アーティファクトとは遥か昔に作られた人類の英知です。とても希少価値の高いもので、小型の魔道具のようなものから大きなものまで様々なものがありますが、どれも現代の技術力では再現できないものばかりなのです」
「つまり、その古代の人々の力を借りて兵器を作っている、ということか?」
「その認識で間違いございませんが、より正確に言うのであれば、このアーティファクトから古代兵器を生み出しております」
「古代兵器……禁忌の力か」
「仰る通りですございます。国王陛下」
アイソンが仰々しく頭を下げる。父親の言葉を聞き、シンシアがビクッと身体を震わしたが、アイソンは気づかぬふりをした。
「この地で発見されたアーティファクトは、その中でも一際巨大で、一等役に立つ代物でした。あちらにございます」
アイソンが示した先にあった物は、城門ほどの大きさの直方体の何か。ゴゴゴッと音を立てながら僅かに振動し、チカチカと光を放っていることから稼働しているのはわかるが、一体何のためのものなのか見ただけでは判断がつかなかった。
オリバーとシンシアの表情からそれを悟ったアイソンが補足説明を加える。
「このアーティファクトはキカイと呼ばれるもので、既存の鉱石から未知の鉱石を生み出すものです。そして、その鉱石を古代兵器へと加工いたします」
「未知の鉱石?」
「はい、こちらにございます」
アイソンが懐から取り出したのは真っ黒な鉱石。黒炭のように見えるが、怪しく艶めいているため、禍々しさは数段上だった。
「この鉱石を我々はデモニウムと名付けました。これには様々な特徴がありまして……例えば加工のしやすさです。オリハルコン並みの強度を誇りながら、展延性に優れており、どんな形にでもすることができます」
「ほう……それが本当だとしたら凄いことだな」
現存する鉱石の中で最も硬いオリハルコン。当然、加工も容易ではない。形を変えるのでさえ苦労を要し、折り曲げるのなどもってのほか。剣や盾といった単純な形のものしか作ることができないのだ。そのオリハルコンと同じ硬度で、自由自在に変形できるとなると、夢の鉱石といっても過言ではない。
「はい。そして、この鉱石は太陽光からエネルギーを作り出すことができます。そのため、日の当たる場所では半永久的に稼働し続ける魔導兵器を作り出すことが可能なのです」
「自らエネルギーを作り出す……魔燃料は必要ない、ということか?」
「必要ございません」
まさに眉唾な話。だが、こんなにも堂々と国王の自分に嘘を吐く者など、それこそ勇者に違いない。オリバーは腕を組みながら、うーんと唸り声をあげた。
「……その鉱石で出来た古代兵器とやらを見せてもらっても良いか?」
「かしこまりました。おいっ!!」
アイソンが近くで作業をしていた男を呼び寄せる。
「国王陛下を兵器倉庫へ案内しろ」
「かしこまりました。こちらへ」
「うむ。……シンシアも付いてくるか?」
「……ここは空気の巡りが悪いので、少し外の空気を吸ってきます」
「……そうか」
シンシアをこの工場に連れてきたのは、いずれ国政を担うであろう娘に国の裏側である、所謂血生臭い現場というものを見学させたかったためであった。だが、それは少し早すぎたのかもしれない。
アイソンは敢えて説明をしなかったことではあるが、ここに来る途中、ケージに飼われている魔物が数多く見受けられた。兵器の開発と捕らわれた魔物、何に使われるかなど想像に難くない。普段、ギルドの依頼で魔物の討伐を請け負っているシンシアではあるが、漂う死臭と本来あるべきではない魔物の活用法に気分が悪くなったとしても不思議ではなかった。
工場の出口へと向かったシンシアを見送りながら、オリバーは研究員の男に連れられ、工場の奥へと足を進めていく。残ったのは統括大臣であるロバートと、そのお付きのルキ。そして、案内役のアイソンであった。
「……ふぅ。こういうのは勘弁して欲しいな、まったく」
「そう言うな。この工場の有用性を王に認めさせるには目で見てもらうのが一番なのだ」
「それくらいは理解している。ただ、慣れないことをさせないでくれって言ってるんだ」
先ほどまで堅苦しいほどきっちりと着ていたワイシャツのボタンを外しながらアイソンがため息を吐く。
「中々わかりやすい説明だったぞ……とは言っても、デモニウム鉱石の一番の特徴を王に話していなかったぞ」
「ありゃりゃ、そうだったか。やはり一夜漬けでセリフを覚えるとボロが出てしまうな」
「……まぁ、いい。それに関しては私が王に伝えておく」
「そうしてくれ。もう王様と話すのはこりごりだ。肩が凝って仕方がない」
アイソンが疲れた顔で首をコキコキと回した。それを見たロバートがニヤリと笑みを浮かべる。
「疲れているのはそれのせいだけではあるまい。昨夜もハッスルしたみたいではないか」
「おかげさまでな。……ただ、偶にはあんたの使い古しじゃなくて、生娘を抱いてみたいもんだよ」
「それは私の付き人に言え。手配をしているのはこ奴だ」
いきなり話を振られ、ルキがわかりやすく身体を震わせた。
「い、いえ……あの……アイソンさんには夜の街でもトップクラスのテクニシャンを用意しているつもりなのですが……」
「あぁ、それに関しては文句はない。ただどの女も擦れすぎていて、どうにも新鮮味が足りんのだよ」
「それに関しては致し方あるまい。上玉の初心な娘は私が真っ先に味見してしまうからな」
ロバートが下卑た笑みを向けると、アイソンは諦めたように肩をすくめる。ルキはオロオロしながら二人の顔を交互に見ていた。
「なら我慢するしかないか。女をあてがってくれるだけでも幸せだと思うことにするよ」
「その通りだな。……普通、研究者というものは、女にうつつなど抜かさず研究に没頭するものではないのか?」
「それは他に気を回す余裕もない二流の奴らだ。私は違う。適度な欲求の解消が素晴らしいアイディアを生み出すことだってあるのさ」
「そ、そういうものなのですね」
研究者というものがよくわからないルキが感心した様に相槌を打つ。ロバートは不機嫌そうに舌打ちをすると、ルキの頭をはたいた。
「そんなことより、魔族の問題は片付いたのか?」
「確か、以前この辺りに村を構えていた魔族の残党がいるかもしれないって話だろ?正直、研究どころでそっちに手を回している余裕などない」
「お前は余裕のある一流の研究者ではなかったのか?」
ロバートがからかうような口調で告げると、アイソンはムッとした表情を向ける。しかし、ロバートは一切気にした様子はない。
「……ちゃんと調べている。ただ、まだ見つかっていないだけの話だ」
「頼むぞ。この施設のことが魔族に明るみになれば、大変なことになる。工場など壊されても建て直せばいいだけの話だが、アーティファクトは別だ」
「あぁ。このキカイというのは悔しいが私達の腕じゃ再現することはできない。仕組みが全く分からないのだからな」
「そちらの解析も期待しているぞ。今夜は労いの意を込めて、とびきりの女を用意しておくからな」
「それは……やる気が出るってもんだな」
アイソンが薄く笑みを浮かべる。ロバートはいやらしく笑いながら頷くと、兵器倉庫にいる王のもとへと向かっていった。
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