第209話 魔女っ娘の語尾は「じゃ」で決まり
俺は適当な岩の上に腰を下ろしながら、目の前に立つ奴に胡乱な視線を向けていた。見た目はアルカと同じか少し上くらいの年齢か?めちゃくちゃ古臭い格好してるけど。
「えーっと……妾はいつまでこうしていればいいのじゃ……?」
わかりやすいくらいオロオロしながら俺に話しかけてきた。俺は膝の上に肘をのせ、頬杖をつきながら、睨みをきかせ続ける。しばらく無言でいると魔女っ娘がおずおずと話しかけてきた。
「あのぉ……」
「なんだよ?」
「わ、妾は何か甘いものを食べたいんじゃが……」
「あぁ?」
「いや……なんでもないのじゃ……」
魔女っ娘はぼそぼそと呟きながら、身体を委縮させる。甘いものってこいつ状況分かってんのか?なんでもてなされる気満々なんだよ。
俺は静かに息を吐き出すと、面倒臭そうに魔女っ娘に声をかけた。
「とりあえず名乗れ」
「えっ……妾の事を知らないのか?」
「知らん。名乗れ」
こんな魔女っ娘少女知るわけねぇだろ。自意識過剰も甚だしいわ。
「妾の名はフライヤ・エスカルド」
「かたつむり?」
「エスカルドじゃ!」
魔女っ娘は顔を真っ赤にさせて声を荒げた。フライヤ・エスカルド……はて?なんか聞いたことある名前なんだけど。
「Sランク冒険者で”破壊の魔女”と呼ばれておる」
あぁ、そうだ。冒険者の中でもトップクラスに魔法陣の扱いが上手いで有名なSランク冒険者の名前だ。そういやフェルが監視塔にSランク冒険者が顔を出しているって言ってたけど、こいつの事だったのか。……いや、ちょっと待てよ?
「嘘つけ。確かフライヤ・エスカルドってのは八十のばーさんだって聞いたぞ?」
「う、嘘ではない!可憐な姿はしているが妾はピチピチの八十二歳じゃ!!」
まじかよ。まぁ、学園に二百歳を超える妖怪ジジイもいたからそういうのもありか。つーか、ばーさんなら別に助ける事なかったな。子供だと思ったからお情けで回復魔法をかけてやったけど、その必要もないだろ。
「なるほど。ならもう人生に未練はないな」
「ままま、待て!!早まるでない!!妾はちゃんと謝ったではないか!!」
俺が魔力を練り始めたのを察したフライヤは、慌てて身体の前で両手を振った。ちゃんと謝った?子供の喧嘩じゃねぇんだぞ?
「誠心誠意頭を下げたら許してくれたではないか!!のう?デカブツ?」
「ギガントだ」
「ふんぎゃ!!」
無駄に長い三角帽の上から容赦なく手刀を叩き下ろす。そんな俺達に、なんとか立ち直って作業を再開したギガントが笑顔を向けてきた。
「フライヤはちゃんと謝ってくれたからオラは気にしてねぇだ。それに指揮官様がちゃんと罰を与えてくれたし」
「ほらっ!デカブツもこう言っておるのじゃ!」
「偉そうにすんな」
「ふんぎゃ!!」
フライヤは涙目になりながら、恨みがましく俺を見てくる。まぁ、中身はどうであれ、見た目がこれだと流石に俺も手を下しにくい。
「ったく……ギガントは優しすぎるんだよ」
「指揮官様もフライヤの傷を癒やしたじゃねぇべか」
それは子供だと思ったからだ。未成年は三回まで過ちが許される。
俺は大きくため息を吐きながら、フライヤの方に目を向けた。
「しょうがねぇな。ギガントに免じて許してやるよ」
「ほ、本当か!?妾は帰っていいのかの!?」
「はぁ?いいわけねぇだろ」
「えっ……」
歓喜の表情を浮かべたフライヤの表情が一瞬で固まる。自分がしたことを考えたらタダで帰れるわけねぇだろうが。
「俺達の工事が終わるまで手伝え。そうしたら解放してやる」
資材の事を考えたら、人手が足りないからな。幸いこのロリババアは魔法陣の腕に長けている。二人掛かりでやれば、資材が枯渇することもないだろ。
「て、手伝い!?妾に雑用をしろと申すのか!?」
「なんか文句あるのか?」
「……いえ……喜んでやらせてもらうのじゃ……」
俺がギロリと睨みつけると、フライヤは身をすくめながら顔を俯けた。
「とりあえずお前が寝泊まりする仮住まいを自分で作れ。その辺に木材があるだろ」
「それすらも自分でやるのか……」
完全に意気消沈したまま、木材の方にトボトボと歩いていく。ちなみにここら一帯、俺が魔法障壁を張っているから転移魔法はできません。
フライヤは魔法を駆使しながら木の小屋を建て始めた。そして、すぐに終わった。こいつ……絶望的に建築センスがねぇ。
「お前……こんな所で寝るのか?」
「うるさいっ!妾は小屋なんて建てたことがないから、上手くできないんじゃ!!」
半べそ掻きながら八つ当たり気味でキッと俺を睨みつけてきた。俺は地面に突き刺さっただけの木材を見ながら、頭を抱える。
「しゃぁねぇ……俺も手伝ってやるから、もう一回建ててみるぞ」
「……わかったのじゃ」
泣き顔を隠すように帽子を目深にかぶると、フライヤはこくりと頷いた。本当にばーさんか、こいつ。子供のお守りをしている気分にしかならねぇぞ。
二人で黙々と作業を進めていく。……何となく気まずい。こういう時にセリスのありがたみを感じる。
「あー……Sランク冒険者って言ってたっけか?」
適当な話題を振ってみると、フライヤは俺の事を怪訝な顔で見つめてきた。
「なんじゃ、藪から棒に。さっきそう言ったでおろう?」
「ってことは城にいるアニス・マルティーニと一緒なんだな」
「お主……アニスを知っておるのか?」
フライヤが探るような目を向けてくる。あれ?俺がマケドニアに行ったことを知らないのか?ブライトさんも知ってたし、結構話題になってたと思うんだけど。
「王都で
「魔族がか?」
「そうしないと俺らのせいにされそうだったんでな。身の潔白を証明しただけだ」
「なるほどのぉ……そういえばそんな話を聞いたような、聞いてなかったような」
世間に興味持たなすぎだろ。学園にいた頃の俺かよ。
「そもそも
「招集されなかったのか?高ランクの冒険者は国の一大事の時とかにお呼びがかかるって聞いたけど」
基本的に冒険者は自由だけど、冒険者ギルドは国が補助している以上、国の要請にはなるべく応えようとするはずなんだけど。王都が魔物に攻められるとか、Sランクともなれば絶対駆り出されるだろ。
「魔王軍指揮官のくせにやけに詳しいのぉ……確かにそんな書状が来ていた気がするが、破り捨ててやったわ!」
自信満々に言うことじゃねぇだろ、それ。お国のために働けよ。
「まぁ、二人ほど力を貸したみたいじゃがのぉ。まったく……冒険者たるもの、国に媚びる必要などないのじゃ!!」
「二人ってことはアニスのおっさん以外にもう一人か?」
「ふんっ!!あんな冒険者から逃げ出した腰抜け、妾はSランクとは認めんのじゃ!!」
随分、冒険者に思い入れがあるみたいだな。どうでもいいけど。
「確かに火属性魔法については多少はマシじゃが、それ以外はまるで駄目じゃ。度胸もないし、華もない。おべっかだけでSランクに上り詰めた、ただの世渡り上手の小物じゃ」
アニスのおっさん、涙目。いないところでここまで罵倒されるとなんか可愛そうに思えてくる。
「つーことは、他のSランク冒険者はあのおっさんとは格が違うってことか」
「当り前じゃ!!Sランク冒険者とは星の数ほどいる冒険者から選ばれた存在じゃぞ?レイラやガルガントといった猛者とアニスの小僧を一緒にするでない!」
「ふーん」
その二人の名前も聞いたことあるな。なんかどっちかに、破竹の勢いでランクを上げていたレックスが気に入られていたような気が。
「で?そのばーさんが推す冒険者二人はあんたよりも強いのか?」
「はんっ!妾は天下のフライヤ様じゃぞ?小童ごときに遅れは取らん……と、言いたいとこじゃが、寄る年波に勝てんのも事実じゃな。……って、ばーさんって言うな!!」
フライヤが両手をパタパタと振って猛抗議してくる。やっぱり子供を相手にしている気にしかならない。
「ふーん。ってことはばーさんよりも厄介な相手ってわけだな」
「ぬっ!お主、妾を甘く見ておるな!?さっきの戦いで妾が全力を出したと思ったら大間違いじゃぞ!!あれは少し油断してしまっただけで、次やったら同じようになるとは限らんからな!!妾の実力は人間界でも最強クラスなんじゃ!!」
「ん?じゃあもう一度やるか?」
「いや、遠慮しておこう。妾は人間相手に特化した魔法陣士なのじゃ。魔族は専門外」
いや、俺もれっきとした人間なんですが、それは。ばらすわけにはいかないけど。
「……妾がもうちょっと若ければ、お主なんて鼻であしらってやったものを」
フライヤは悔しそうな顔で呟いた。若くって、それ以上若くなったらもう赤ん坊だろうが。まぁ、何度挑んでこようが別に構わないけどな。今回は自慢の魔法陣を真っ向から打ち崩して、鼻っ柱をへし折ってやりたかっただけで、魔法を得意とする相手には
俺らは四苦八苦しながら、なんとかフライヤの小屋を完成させた。いつの間にか日が落ちていて、夕飯の時間になったんだけど、フライヤが巨人達から何とも言えない表情でシチューを受け取ってたのは笑えたな。
「じゃあ、俺は帰るから」
「なにっ!?お主はここに泊まらんのか!?」
フライヤが持っていた木のスプーンを置き、なぜか期待に満ちた表情で俺を見てきた。なんだ?そんなに俺が帰るのが嬉しいのか?……はーん、そういうことね。
「あぁ、俺には帰る家があるからな。そうなると、魔法障壁もなくなっちまうわけだ」
「そ、そうじゃな!」
この反応、やっぱりこのばーさん転移魔法が使えるな。んで、確実に逃げ出すつもりだ。隠しているつもりだろうが、完全に口角が上がってるっつーの。
「そうなると、逃げたくなるのも仕方がないよなー。でも、俺って逃げる奴を見ると、地獄の果てまで追いかけたくなるんだよね」
「ひっ……!!」
フライヤの顔に恐怖の色が浮かぶ。実際逃げられたら面倒くさいから追うつもりなんてないけど、こう言っておけばそう簡単には逃げ出そうとしないだろ。
「つーわけで、ばーさんとギガント達。また明日な」
「おーう!また明日だぁ!」
「くっ……生き地獄じゃぁ……」
笑顔で手を振ってくるギガント達。俺は手を振り返しながら、絶望に打ちひしがれているフライヤを無視して、さっさと自分の家に帰った。
そんなこんなで、作業はスムーズに進んでいった。
砦を作り上げた巨人達はすぐに防御壁の建築に取り掛かる。砦とは違い、単純な防御壁に入ると、その建築速度は格段に上がった。
フライヤは余程俺のことが怖いのか、結構まじめに働いているんだよね。ライガ達はきっちり岩を集めてくれてるんだけど、正直、俺一人だったら岩の加工が間に合わない。使える労働力を手にしたのは僥倖だったかもしれない。
というわけで、岩の加工はフライヤに任せて俺は地盤を固めることと資材の運搬、それと防御壁を作るための整地作業に専念することができた。
だが、そんな順風満帆に事が進むなんてありえない。いつだってトラブルはつき物ってことだ。
フレノール樹海へと足を運んだ俺は、とてつもない問題に直面することになった。
え?どんな問題かって?前にも言った通り、巨人達の作業スピードがすこぶるハイペースでさぁ、思ったよりも早く防御壁が終わりそうなんだよ。
って、ことでどれくらいの防御壁が必要になるかの確認のために、一足先に”
それは明らかに人工的に作られたバカでかい建物。いや、工場って言った方がいいかな?
こんなものがあるなんて、フレノール樹海の中でも端っこにあるから今まで全然気づかなかった。まぁ、辺境の地で森に紛れるように作られているから見つからなくても無理ねぇか。
どう考えても碌なもん作ってねぇだろ、この工場。人間の悪だくみのにおいがプンプンする。
はぁ……まじでどうすっかなーこれ。
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