第208話 見て見ぬ振りが一番
フライヤは突然現れた男を見て、スッと目を細める。目元が隠れる紺色の仮面、闇を思わせる漆黒のコート、その姿に見覚えはなかったが、聞いたことはあった。
「フェーフェフェ……これはこれは、かの名高き魔王軍指揮官様とお見受けするが?」
クロは一瞬フライヤの方を見たが、すぐに視線を外し、倒れているギガントに近づく。そして、膝をつき、即座に回復魔法の
「大丈夫か?」
「……し、指揮官様……」
ギガントはなんとか顔を動かすと、弱弱しい笑みを浮かべる。
「す、すまねぇだ……オラ達の友情の証……攻撃されちまっただ……」
「安心しろ。ちょっとやそっとじゃあの砦は壊れねぇよ」
「そ……それはよかっただ……」
「あぁ。だから、ギガントはゆっくり休んでいてくれ。後は俺に任せろ」
「わ、わかったべ……」
そう言うと、ギガントはゆっくりと目を閉じた。クロの魔法により、傷の大部分は癒えたが、精神は戻らない。しばらく休息が必要だろう。
クロはゆっくりと立ち上がり、この場にいるべきでないイレギュラーに目を向けた。
「これをやったのはお前か?」
一切の感情を感じさせない声でクロが問いかける。フライヤはブスッとした表情でクロを睨みつけた。
「妾の話は無視したくせに、お主は普通に話しかけてくるのかの?」
「これをやったのはお前か?」
先程と全く変わらないトーン。フライヤの言葉には一切耳を貸さずに、クロは再び問いかける。
そんなクロを見て、フライヤは呆れたようにため息を吐いた。
「まったく……魔族というのは教育がなっていないようじゃのう」
「…………」
「まぁ、いいわい。人ならざる者に常識を期待した妾が馬鹿だったというわけじゃな」
微動だにしないクロを見ながら、フライヤは冷酷な笑みを浮かべる。
「そのデカブツを破壊したのは妾じゃ。そこにある石の塊がよほど大切だったみたいでのぉ……最後までバカみたいに出来損ないの盾になっておったわ」
「そうか、わかった」
クロは淡白に答えると、スッと右手を前にかざした。それを見たフライヤの笑みが益々深まる。
「このSランク冒険者の妾と魔法陣で勝負するとは面白い!お主もそこで寝転がっている粗大ごみ同様破壊してくれるわ!!」
フライヤは魔法陣を構築しながら、勢いよく地面を蹴った。ほとんど同時に魔法陣を構築し終えた二人が一斉に
「“
「“
極大の炎が二人の中心で衝突した。同レベルの魔法は互いに一歩も譲らない。それを見たフライヤが目を丸くしながら感心した声をあげた。
「ほっほう!妾の魔法と拮抗するか!!魔王軍指揮官の名は伊達ではないということじゃな!」
「“
「なっ!?」
自分の撃った魔法に何の興味もなかったクロが即座に別の
「くっ!”
直前で
「“
「もう別の
「“
「っ!?!?!?!?」
フライヤは驚きを隠せないまま、後ろに飛びのき、空間魔法を発動する。そして、ビー玉のような玉を取り出すと、空中にいるまま襲い掛かってくるクロの魔法に投げ放った。
「“破壊の魔女”を舐めるでない!!」
フライヤが放った玉は、一瞬で魔法に生まれ変わり、クロの魔法を押しとどめる。それまで無表情で魔法陣を構築していたクロだったが、初めてピクリと眉を動かした。
フライヤは地面に着地すると、先程の玉を八個指と指の間に挟み、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「少しばかり魔法陣の構築が早いようじゃが、それでは妾に勝てぬぞ!!」
「……なんだ、それ?」
「フェフェフェ……技術力の低い魔族はお目にかかったこともないじゃろうな!これは事前に魔法をストックしておくことができる魔道具じゃ!これさえあれば魔法陣を組成する手間もなく、いつでも強力な魔法が撃てる!勝負あったのぉ!!」
「なるほどな」
クロは一気に魔力を高めると、自分の周りに7個の魔法陣を組成し始めた。それを見たフライヤの笑顔が凍り付く。
アルカを襲ったドラゴンに対して放った“
だが、それを連射することは可能だ。同時に魔法陣を組成していき、出来たものから解き放つ。クロほどの構築速度があれば、魔法陣を7個用意すれば、間隔なしで魔法を撃ち続けることができるのだ。
「さて……その玩具のストックはどれくらいあるのか見物だな?」
「あっ……あっ……」
すでに戦意喪失状態のフライヤを見ても、クロは魔法陣の構築を止めない。
「いくぞ。”
容赦なく降り注ぐ
Sランク冒険者”破壊の魔女”フライヤ・エスカルド。最強の魔王軍指揮官の前に無残にも敗北を喫した。
*
遠くで繰り広げられている魔法戦を、監視塔にいる騎士達は固唾をのんで見守っていた。監視塔から戦闘域までかなりの距離があるため、詳細など見えるわけもないが、それでも激しい炎や水流だけは確認することができる。
まさに人知を超えた戦い。ここにいるのは一般人に比べれば多少は戦えるが、鍛錬を怠ってきた者達。あの戦いに巻き込まれれば、十秒と立っていられないだろう。
そんなフィクションの世界のような激闘が、幕を下ろしたのは一瞬であった。あれほど鳴り響いていた魔法の音が嘘のように聞こえなくなったのだ。
当然、勝利を収めて意気揚々と帰ってくるフライヤを想像していた騎士達。だが、当の本人はいつまでたっても帰ってくる気配はない。
「……まさか、やられてしまったのか?」
騎士の一人がぼそりと呟いた。
「なっ……そんなわけないだろ!?確かに性格はあれだが、あの人はSランク冒険者だぞ!?」
「俺だって信じられねぇよ!!ただ、こんなに帰ってこないことを考えると…………」
「…………」
監視塔内が沈黙に包まれる。誰一人として口を開こうとする者はいない。フライヤを討ち取るほどの強力な魔族達が今にもこちらに攻め込んでくるのではないかと、内心戦々恐々としていた。
「…………城に報告するか?」
口火を切ったのはフライヤに魔族討伐を懇願した騎士の男。その言葉に監視塔内の騎士達が揃って顔を見合わせる。
「……なんでフライヤ様を一人で行かせた、とか言われるんじゃねぇか?」
「魔族がいるのに何もしなかったことも咎められるかも……」
次々と飛び出してくる弱気な発言。
「……見なかったことにするか」
「……そうしよう」
監視塔に集められた騎士達。彼らは怠惰で、臆病で、無責任で、事なかれ主義の連中だった。
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