第207話 攻め続けるのと守り続けるのはどっちが辛いかわからない
クロが転移魔法によりこの場からいなくなるのを見計らったかのようなタイミングで現れた謎の少女。見た目はあどけない子供であるが、そんなわけがない事は明白だった。
異変を感じた巨人達がギガントのもとに集まってくる。目の前に現れた少女を警戒しつつ、ギガントは巨人達に声をかけた。
「お前らは下がってるんだぁ。間違っても手を出すんじゃねぇぞぉ」
肌のヒリつきから、少女が只者ではないことは容易に想像つく。そもそも、こんなに魔族がいる中、単身で赴いている時点で普通はあり得ない。そんなギガントを見て、少女はつまらなさそうに鼻を鳴らした。
「なんじゃ?怪しい者が現れたのに戦闘態勢にも入らないのか?」
「敵かどうかもわからないのに攻撃をするわけにはいかねぇべ」
「ふんっ!妾は人間じゃぞ?敵に決まっているじゃろうが」
少女は不機嫌そうに顔を歪めると、不釣り合いに大きい杖をギガントに向け、魔法陣を構築し始める。しかし、それを見てもギガントは微動だにしない。少女は益々顔を顰めた。
「……まだ戦う気はないのかの?それともこのフライヤ様ともあろうものが、魔族に情けをかけるとでも?」
「フライヤっていうんだなぁ。オラはギガント、よろしくなぁ」
「お主……腹の立たせ方を心得ておるのぉ……」
もはや怒りを通り越して笑みすら浮かべるフライヤを見て、ギガントは内心首を傾げる。自分は自己紹介をしただけなのに、更に怒りを募らせたフライヤの思考回路がギガントには理解できなかった。
目の前で組成される巨大な魔法陣を見ながら、ギガントはフライヤに話しかける。
「やるって言うなら相手になるだぁ。でも、ここから離れたところで戦うべ」
「……なに?」
「ここにはお前に壊されたくないもんがあるべな」
ギガントはちらりと後ろに目をやった。自分の背後にあるのはクロとの友情の証。壊されるわけにはいかない。
ギガントの視線の先にあるのが砦だと気づいたフライヤは、唇の端をゆがめ、醜悪な笑みを浮かべる。
「なるほど……その砦が大切なわけじゃな?」
フライヤは魔力を滾らせると、
「そんなに大事ならしかとその身で護ってみせよ。”
フライヤの魔法陣から生まれたのは巨大な球状の白い炎。目の眩むような光を発しているそれはまさに小型の太陽であった。その太陽は他には目もくれず、一直線に砦へと向かっていく。
「ま、まずいべっ!!」
焦り声をあげたギガントは、自分の身体と同じくらいの大きさの炎が飛んできているというのに、何のためらいもなく砦の前に立った。小型の太陽はギガントにぶつかると、そのまま凄まじい炎と化し、ギガントの身体を一瞬で包みこむ。
「フェフェフェ……やはり脂肪が多い奴は良く燃える」
「と、棟梁!!」
他の巨人達が慌ててギガントの下に駆け寄ろうとするが、ギガントを中心に放たれる熱風により、近づくことは叶わない。そんな巨人達を見て、フライヤはせせら笑った。
「お主らもすぐにあのデカブツの後を追わせてやるのじゃ!まぁ、その前にその目障りな砦を破壊して―――」
「これは壊させないって言ったべ!」
ブオンッ!!
身体に力を込め、全力で炎を振り払う。黒焦げになりながらも、いまだに健在であるギガントを見て、フライヤは顔を歪めて舌打ちをした。
「ふんっ!デカブツなだけあって、なかなか頑丈じゃのう。これは壊しがいがありそうじゃな」
「この砦だけは壊させねぇ……これはオラと指揮官様の初めてできた繋がりだべな!簡単に壊させるわけにはいかねぇだ!!」
「繋がりのぉ……」
フライヤが心底どうでもよさそうにクルリと杖を回す。
「ならば我慢比べなんてどうじゃ?」
「我慢比べ?」
「妾が魔法を撃ち続け、お主が砦を守り続ける。妾が砦を破壊するか、お主が守り通せるか二つに一つじゃ」
「……もしオラが耐えきったら?」
「その時は素直に負けを認めて退散することにするかのぉ。妾も魔力がなくなれば何もできんからな。……ただし、一対一のタイマンじゃ。他の者の手出しは無用」
フライヤはギガントの後ろでこちらを睨みつけている巨人達を見ながら言った。そして、ギガントの方へと試すような視線を向ける。
「それとも……お主の言う繋がり、というのはそんなにも脆いものなのかの?」
フライヤの言葉が安い挑発であることぐらいギガントにもわかっていた。だが、逃げ出すことはできない。それは自分とクロの繋がりは弱いものだと認めてしまうからだ。
ギガントは大きく息を吐き出すと、ゆっくりと首を縦に振る。
「わかった。その話、乗ることにするべ」
「そうこなくてはのぉ!!」
フライヤは野獣のように獰猛な笑みを浮かべると、高速で魔法陣を組成し始めた。
迫りくる魔法陣を前に、ギガントは仁王立ちを決め込む。やってくるのは火属性だけではない。基本四属性が
人間と比べて、いや、魔族の中でもトップクラスの丈夫さを誇る巨人族。そうでなければ一発目の魔法で消し炭になっていたであろう。それでも無敵ではない。フライヤの放つ着実にギガントの体力は削られていった。
だが、退くわけにはいかない。
退いてしまったら砦だけじゃない、自分の中にある大切な何かが壊れてしまう気がした。
「しぶといのぉ。さっさとくたばるのじゃ」
自分の魔力量に絶対の自信のあるフライヤに焦りは一切ない。ただ、ボロボロになってでも悪あがきを続けるギガントにいら立ちを募らせていた。
両手を身体の前で交差させ、顔を伏せているため、ギガントは周りを見ることができない。たとえ顔を上げられたとしても、幾度も強力な魔法を受け続け、視界がぼやけているギガントには心配そうに見守っている仲間の姿を見ることはできないだろう。
「そろそろ飽きてきたのじゃ。これで終わりにする。”
ギガントの身体を風の刃が無慈悲に切り刻んでいく。歯を食いしばって必死に耐えていたギガントだったが、最後に放たれた巨大な風刃がその身体から残された力を奪い取っていった。
「ぐっ……!!」
口から血をたらしながらギガントが嗚咽をあげる。そして、ゆっくりと膝をつくと、そのまま地面に倒れ込んだ。
「棟梁!!」
「大丈夫かぁ!?」
全身血まみれになりながら倒れているギガントに巨人達が駆け寄る。それを無視してフライヤは砦に狙いを定めた。
「チェックメイトじゃ。”
巨大な岩石の塊が砦に向かって放たれる。その大きさは初めに撃った”
ドゴォーン!!
激しい音を建てながら砦と岩石がぶつかる。砕け散ったのはフライヤの魔法であった。あんなにも強大な魔法を受けたというのにいうのに、砦は何事もなかったかのように悠然とその場に佇んでいる。その様を見たフライヤは盛大に舌打ちをすると、顔を険しくさせた。
「妾の破壊を拒むというのか!生意気な!塵一つ残さず、完璧に破壊してやるのじゃ!!」
フライヤが身体の底から魔力をひねり出す。大気が揺らめくほどの魔力量。掛け値なしの本気。
それを見た巨人達は射程範囲外まで慌ててギガントを引きずっていった。もはや巨人に興味を失ったフライヤは、砦を睨みつけながら魔法を詠唱しようとする。
「―――なんだ、これ?」
だが、その声にフライヤの魔法が中断された。構えていた杖を下におろすと、フライヤは自分を邪魔した人物に目を向ける。
そこには紺の仮面を着けた黒コートの男が静かに立っていた。
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