第204話 男にはパトスが迸る瞬間がある
数多くの巨人族と共に、チャーミルの街からアラモ街道を進んでいる。俺は手ぶらだが、ギガント達巨人族は自分の何倍もある荷物を運んでいた。荷物の中身は石材や木材といった所謂建材。近寄る者を威圧するような砦を建てるんだから、その材料も大量だ。それを全部手で運んでるんだから頭が下がる。
「いやー、指揮官様とセリスのお陰で助かったんだなぁ」
ギガントは巨大な荷物を繋いでいるロープを引っ張りながらニコニコと笑いかけてきた。
フェルから建築の依頼を受けたギガントはすぐに仲間達に声をかけて、建築道具やら資材やらを用意し始めてさ。特に待ちぼうけをくらう事なく、出発の準備はできたんだけど、あろう事かそのまま建築予定地を目指して歩き始めたんだよ。流石に何十、何百キロと離れた場所まで歩きたくなかった俺は、セリスと協力してギガント達をチャーミルの街の前まで転移したってわけだ。
ちなみに、セリスはいない。巨人達を転移させたら帰ってもらった。多分今回の仕事は力仕事だからな。セリスの出番はないと言っても過言じゃないはず。
「なに、お礼を言われるような事じゃねえよ。建築が始まったらあまり手伝えることがなさそうだからな。今のうちに出来ることがあるならやりたいんだよ。それもこっちで運ぶか?」
俺はズルズルと引きずられ、巨大な轍を作っている荷物に目を向ける。当然だけど、空間魔法に収納して運ぶつもりだ。あんなもの腕力で運べるわけがない。
ギガントは小さく笑みを浮かべながら首を左右に振った。
「指揮官様は優しいなぁ。でも、これぐらいはオラ達で運べるから大丈夫だぁ。ありがとな」
「そうか」
見た感じきつそうな奴もいないし、こういうのはしつこく言わない方がいいだろ。つーか、ジャイアンからこれを持って歩いて行こうとしていたくらいだから、余裕なんだろうな。
とりあえず俺が出しゃばるとこじゃないってことだな。
チャーミルの街から1時間ちょっと歩いたところで俺達の足が止まる。この辺がちょうどいいだろ。つーか、少し離れた所に見えるあれ、フェルが言ってた監視塔に違いない。これ以上近づくと摩擦が生じかねん。今の段階でも近づきすぎな感があるしな。
俺は空間魔法から紺の仮面を取り出し、顔に付けながらギガントの方に目を向けた。
「ここら辺でどうだ?」
「んー?指揮官様がいいと思うんならここでいいんでねぇか?」
「なら、ここに砦を建てよう」
「わかった。おーい、みんなー。仕事始めっぞー」
ギガントの掛け声に返事をすると、巨人達は各々道具を取り出す。馬鹿でかいハンマーと細長い棒だ。ハンマーは何となく使い方がわかるけど、あの棒はなにに使うんだ?俺の隣にいたギガントもせっせと棒を地面に突き刺し始めた。
「なぁ、ギガント。それは何をしてるんだ?」
「これは地盤の硬さを確認してるんだぁ。今回の建物はかなり大掛かりになりそうだから、地盤が柔いとすぐに崩れちまう。ちゃんと砦に耐えられるか調べておかねぇと、大変なことになっちまうだ」
なるほどな。魔法陣も基礎をおろそかにする奴は難易度の高い魔法陣を組成しようとしても失敗しちまう。結局はやり始めが一番大切ってこったな。
「どれくらいの規模にするつもりだ?」
「うーん……とりあえずここに砦を建てて、できる限り石で作った防御壁を伸ばすって感じだなぁ」
「できる限りねぇ……」
それは平原からの侵入を阻む程度にか?確かにそれなら平原に兵を集めたところで攻め込むのは容易ではない。ただ、そうするとアベルやマリアさんみたいに樹海を通ってくるやつが増えるだけじゃないのか?樹海を通ってくる分には攻める方も攻めにくいから放っておいていいのか?
木槌で地面をならしているギガントを見ながら、しばらく考えを巡らせる。そして、良いことを思いついた俺は徐ろに声を上げた。
「よし、この地を分断しよう」
「分断?」
ギガントが作業の手を止め、不思議そうに俺を見てくる。俺はそんなギガントに威勢のいい笑みを向けた。
「要するに国境を作ろうって話だ。魔族の領地なのか人間の領地なのか曖昧なのはもうやめにする。こっから真っ直ぐフレノール樹海も突っ切って海まで防御壁を張るぞ!」
「う、海までぇ!?そんな事が可能だか!?」
ギガントが目を丸くする。俺達の話を聞こうと、他の巨人達がゾロゾロと集まり始めた。圧迫感が半端ない。だが、俺の心はメラメラと燃え上がっていた。
「できるかできないかじゃねぇ!やるんだよ!」
やべぇ!なんかテンション上がってきた!この大地を横断する防御壁とか胸熱すぎんだろ!
「む、無理だぁ、そんなの。オラ達は重いものを運ぶぐらいしか取り柄のないボンクラだぁ。ここの地盤を調べるのだってこんなに時間がかかってるっていうのに、海までなんて何年かかるかわからねぇだ」
「それは俺に任せろ!」
俺はその場にしゃがみこむと地面に手をついて魔法陣を展開する。
「"
突如として波打ち出した地面に動揺を隠せない巨人達。……ノリで魔法を唱えたがどれくらいの硬さにすればいいのかわかんねぇな、これ!だが、そんなの関係ねぇ!
「ギガントが教えてくれれば俺の魔法でいい具合の地面にする事は可能だ!」
「す、すげぇ!!」
「さ、流石は魔王軍指揮官っ!」
巨人達から尊敬の眼差しを感じる。やべぇ、すげぇ気分がいい。
「こういう細かい作業は俺に任せろ!俺ができない力仕事をお前達がやってくれ!」
あんなでけぇ岩を積み重ねていくなんて俺には無理だ!適材適所!素晴らしい言葉だ!
「やれる!俺とお前らならやれる!お前らはボンクラなんかじゃねぇ!力自慢のパートナーだ!」
「オラ達がパートナー……!?」
ギガントの瞳に炎が宿る。他の巨人達も身体をうずうずさせていた。
「いいか、野郎共!限界なんて勝手に決めるな!!すげぇやつを作ってフェルの度肝を抜いてやろうぜ!!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
巨人達の怒号が大地を震わせる。それすらも俺のアドレナリンと化した。
やるぞ!絶対やってやる!俺は国境を作り上げるんだ!!
*
欲望の街・ディシールが魔族の街であったこと、そして勇者アベルの敗北。その事実を知った国王が最初に取った行動はアラモ街道の封鎖であった。それまで多くの者が足しげく通っていたディシールへの立ち入りを禁止し、それに反した者には厳しい罰則を設けた。
そういった者達を見張るために建てられたのがこの監視塔である。
監視役として選ばれたのは騎士団。しかも、素行の悪い者達ばかり。はっきり言えば騎士団の中でもお荷物がこの監視塔へと派遣、否、左遷させられた。
だが、ここに来た者達は決して悲観していない。なぜなら、ここは王都で行っていた厳しい訓練もなく、鬼のように恐ろしい上官もいない。魔族の街に好き好んで向かう変わり者も三日に一度現れるかどうか。監視塔に来たばかりの頃は魔族が押し寄せてくるかと戦々恐々していた彼らも、数日経てばそんなことは起こりえない、と高をくくっていた。
ある意味で楽園。元々やる気のない彼らは日がな一日、適当に監視をし、ダラダラと過ごすここの生活に満足していた。
そう、つい最近までは。
お国のためなんて端っから頭にない彼らが見舞われた二つの不幸。
一つ目は突如として現れた魔族の集団。
彼らがいる監視塔からギリギリ見えるか見えないかの場所に、突如として巨人族がやって来たのだ。当然、監視塔内はパニック。すぐさま偵察部隊を派遣しようにも、名乗り出る者はいないありさま。見つかって殺されるリスクを負うことができない彼らは、ビクビクしながら遠目に魔族の行動を監視することしかできなかった。
そして、もう一つの不幸。それは魔族がやってくる前からこの監視塔に訪れていたのだ。
「…………なんじゃ?外がやけに騒がしいのぉ」
巨人族が突然あげた怒号に緊張が走る監視塔内で、随分暢気な声が聞こえる。騎士の一人が恐る恐る声のした方に目を向けた。そこにあるのは大量のお菓子が積まれている机。
「あ、あの……少し離れたところで巨人が集まって何かをしているみたいです」
騎士の男がその机に向かって話しかける。正確には積まれたお菓子によって姿が見えない何者かに、だ。
「巨人?なんでそんな輩がこんなの所におるのかの?」
訝しげな表情を浮かべながらお菓子の山から顔をのぞかせたのは、まだあどけなさが残る見目麗しい少女。ブカブカの黒いローブを身に纏い、頭には少しでも大きく自分を見せるためか、背の高い三角帽をかぶっている。魔女然とした服装ではあるが、今時こんな格好をしたものは一人もいないことを加味すると、時代錯誤感は否めない。だが、そんな事を言える勇敢なものはこの監視塔には一人としていなかった。
「ふんっ!矮小な脳みそを持つ者達がなにやら悪だくみをしているようじゃな」
「フ、フライヤ様……なにとぞお力添えを……」
「まぁ、待て」
悲痛な表情で懇願する騎士の男を目端に置き、監視塔の窓から外を見ながらフライヤは手に持ったカップケーキを美味しそうに頬張る。
「むしゃむしゃ……まだこんなにお菓子があるではないか。もにゅもにゅ……これを食べ終わってからでも遅くはないじゃろ」
「そ、そんなぁ……」
絶望が広がった男の顔に、フライヤが面倒くさそうに視線を向けた。
「安心せい。妾のおやつタイムを邪魔しにきおったら、すぐに破壊してやるのじゃ」
「は、はい!期待しております!!」
フライヤの言葉を受けて、騎士の男は満面の笑みを浮かべてビシッと敬礼する。そんな男から完全に興味を失ったフライヤは、お菓子の山に視線を戻し、幸せそうな表情を浮かべると、再びお菓子を口に運び始めた。
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