第157話 話し相手が寝ているのはお約束
砂漠は夜になるとまた違った顔を見せる。
日中は陽の光をこれでもかというほど吸収し、嫌気がさすくらいに熱気をばらまいていたというのに、今は体の芯から凍えさせようとするがごとく、砂漠は冷ややかな空気で包まれていた。
つーか、砂漠やばい。さっき試しにコートを脱いでみたけど、マジで凍り付くかと思った。昼は暑いし、夜は寒いし、こんな所人が住むべきところじゃねぇ。ってか、人が来る所ですらねぇ。
そうは言っても野宿の仕方は森や炭鉱の時と変わりはない。適当な場所にテントを組み立て、暖を取るために火を焚き、特に何をするわけでもなく休むだけだ。
流石に野宿にも慣れてきたな。つっても、ご飯はセリスが用意してくれるし、たき火用の薪もたらふく空間魔法の中に貯蔵されているから、食って寝るだけというらくちん作業なんだけど。
俺は寝袋にくるまりながらテントの入り口に目を向け、そこから広がる夜空を見上げた。
砂漠に来て唯一よかったこと。半端ないくらいに星空が奇麗なこと。
まず、空に散らばる星の数が、人間界や魔族領と比べて圧倒的に多い。そして一つ一つが大きい、というよりも近い。少し伸ばせば手が届きそうだ、と錯覚するくらいの距離に星があるように感じる。
そのせいかたき火も消え、灯りの魔道具がないっつーのに遠くまで見通せる。星明りがこんなにも明るいなんて知らなかった。アルカはきらきらと輝いている星が好きだから見せてやりたかったな。
……っと、現実逃避して夜空を眺めている場合じゃなかった。
俺はテントの入り口から視線を外し、隣にある赤い寝袋に目をやる。こちらを向いていないので顔は確認できないが、少しだけ波打っている美しい金髪が目に入った。
「はぁ……」
思わずため息が出る。あぁ、もう、まじでめんどくさい。
どう考えてもこっちが悪いし、俺が勝手に気まずい思いをしているだけなんだけどさ。
なんでそんなことになったのか、すべてはザンザ隊の視察をしていた時のテントでの一件が原因だ。
あのー……あれだ。うん、俺が発情しちまったやつ。あれから何となくセリスと気まずくて仕方がない。
いや、昼間は何の問題もないんだよ。普通にすごして、普通に会話して、素のままで接することができる。だけど、夜になってテントの中で二人っきりになった途端にね……否が応にも意識しちまうんだよ。
つっても、これから二人きりになるたびにこんな思いをするのは嫌だ。なんとかしねぇと。
「あー……セリス?」
俺はセリスから目をそらしながら声をかけた。正直、照れ臭くってセリスの方なんて見てられねぇ。
「あのー……あれだ。この前テントでお前に覆いかぶさったことなんだけど……」
覆いかぶさったことって何?俺は風呂敷か何かか。
「あの時は……そのー……野宿が続いて色々溜まってたっていうか……お前の色香に惑わされたというか……」
なんか言い訳をすればするほどまずい方向に進んでいるような気がする。やべぇよやべぇよ。話題の進行方向を変更しなければならない。
「だ、大体セリスが誘惑するようなことを言うから悪いんだぞ!?普通の男だったらあの状況で我慢なんてできるわけねぇ!!むしろ俺の自制心を褒めてもらいたいくらいだ!!」
まさかの責任転嫁&逆切れからの開き直り。クズ過ぎるだろ、自分。だめだ、だめだ。しっかりと思いを伝えないと。
「あー……なんつーか……お前のことが本当に大切だからさ。そういう事はちゃんとした場でっていうか……流れでっていうか……少なくともテントでっていうのはちょっと……俺もシャワーとか浴びたいし……」
やばい。自分が何を言っているのかわからなくなってきた。言っててめちゃくちゃ恥ずかしい。しどろもどろの極み。
「と、とにかく!魔王軍指揮官の仕事をしている最中は違うだろ!視察が終わって家に帰ったらその時……」
………………恥ずかしすぎて言葉を続けることができない。俺は何を言っているんだ?もしかしてとんでもないことを口走ってはいないだろうか。
そんなことより、さっきからセリスが全然反応しないんだけど。
「セリス?」
俺がちらりとセリスに目を向けると、俺が話し始めた時から微動だにしていなかった。
「セリスさーん……?」
恐る恐る回り込んで顔を覗き込んでみる。セリスは目を閉じ、スース―と静かに寝息を立てていた。
相変わらず寝顔もめちゃくちゃ美人だな。未だにこんな奇麗な女性が俺の彼女ということが信じられない。本当に俺は幸せ者……。
って、ちがぁぁぁぁう!!!
めちゃくちゃ寝てんじゃねぇか!!俺は寝てるセリスにあんなにも恥ずかしいことをペラペラとくっちゃべっていたのか!?アルカの人形と話していたのと何ら変わんねぇじゃねぇかよ!!
はぁ……もう寝よ。
俺は得も言われぬ脱力感に苛まれながら自分の寝袋にもぐりこんだ。
クロが眠った気配を感じ取ったセリスがゆっくりと目を開く。ちゃんとクロの話に耳を傾けていたセリスであったが、途中からあまりにも恥ずかしくなり、寝たふりをしてしまった。
「お前のことが本当に大切……ふふふっ」
クロの言葉を反芻し、セリスは照れながらも嬉しそうにはにかむ。クロが話しているとき、セリスの身体には喜びが駆け巡っていた。
「私のこと、ちゃんと考えてくれていたんですね」
こっそりとクロの方を盗み見る。先ほどのことがよほど堪えているのか、眠っているにもかかわらず、難しい顔をしながら口をもごもごと動かしていた。そんなクロも、セリスにとっては愛おしい。
「クロ様がそう考えているなら、私も我慢しなければなりませんね」
その身体に抱きつきたい衝動を必死に抑え、セリスは微笑みながら静かに眠りについた。
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