第150話 姉御の憧れはみんなの憧れ


 異様な気配を感じ、俺は寝袋の中で目を覚ました。テントを通して見る月明かりの様子から察するに、まだ夜中って言える時間帯だぞ?こりゃ、非常識な客もいたもんだ。


「セリス、起きてるか?」


「はい……囲まれていますね」


 セリスが赤い寝袋からスッと起き上がりながら答える。ちなみに俺の寝袋は青色。こいつは青が好きなくせに「女の子は赤がいいんです」とか言って、迷わず赤い寝袋を買っていた。女心はよくわからん。


 俺はゆっくりと寝袋から抜け出すと、脇に置いておいた黒いコートを羽織った。


「獣人族でしょうか?」


「そうだろうな。気配の紛らわせ方が魔物っぽくない」


 この感じだと結構な数の獣人族がテントを取り囲んでいるな。まったく……面倒なことになったわ。


「おそらく、昨日の件でしょうね」


「だろうな。それ以外考えられねぇし……準備はいいか?」


 目を向けると、いつのまにか寝間着からいつもの服装に着替えたセリスがコクリと頷く。俺は一つ呼吸をすると、勢いよくテントの入り口を開いた。


 そして、目の前に広がる光景を見て、思わず絶句する。


「ややっ!!これは、お二人の睡眠を妨害してしまいましたか!?大変失礼いたしましたっ!!」


 テントの前で跪いているシェスカが、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。それに倣うように、シェスカの後ろで同じく跪いている獣人族が一斉に頭を下げる。まじで状況が理解できない。


「えーっと……どゆこと?」


 素のテンション、素のトーンで今の気持ちを伝えた。セリスも同じ気持ちなんだろう、かなりアホっぽい口調になったにもかかわらず、セリスからなんのツッコミもなかった。


 俺の言葉を聞いたシェスカが慌てて顔を上げる。


「こ、これは申し訳ありません!なんの説明もなしにこんな事されても戸惑うだけですよね!!」


 戸惑う……うん、確かにその通りなんだけどさっ、戸惑う以前に訳が分からなさすぎて頭真っ白なんだよね。


「私は頭が悪いのでうまく説明できるかわかりませんが、話をさせていただいてもよろしいですか?」


「あ、あぁ。むしろ話してくれ」


 そして、その豹変っぷりに関して、俺とセリスを納得させてくれ。うちの秘書がここまでポカンとした表情で何も言えないのなんて初めてだぞ。


「まずはこれまでの非礼を詫びたいと思います。本当に申し訳ありませんでした」


 先程同様、シェスカが頭を下げると、後ろも少し遅れて頭を下げる。これはかなり鍛えられてますねぇ……ミートタウンで俺が熱血指導(?)したオーク達に劣らぬ統一感だ。これは俺達も負けてられねぇぞ?帰ったらオーク達を教育し直さねば!……アホか、俺は。


「昨日、畏れ多くも、クロ様とセリス嬢、お二人と話をさせていただきました」


 あっ、跪いたまま話すのね。別に立ってもらっても構わないんだけど……って、クロ様?


「その時聞いた衝撃の事実……初めはまったく信じることができずにいました。ですが、私の身体がクロ様の熱い手の感触をしっかりと覚えていたのです!……あんなにも激しく掴まれたら、忘れることなど叶いません」


 シェスカがポッと頬を赤くしながら嬉しそうに首筋をさすった。あのー、その反応やめてもらってもいいですかね?隣にいるセリスさんが無言で俺の脇腹をつねってくるので。


「事実を認めることができましたが、それでもあの時の私は混乱の絶頂にいたので、すぐに自分のテントで頭を冷やしました。そして、一晩かけて悩み抜いたのです」


 そら、そうだよな。自分の憧れていた人物が悪魔族のホープじゃなく、魔族ですらなかったんだから。普通なら絶望、失望、そして逆恨みってところか?


「あんなにも無礼な態度を取っていた私はクロ様に嫌われてしまったのではないか、と」


 悩みってそっちかいっ!!恋する乙女かっお前はっ!!心なしかセリスさんのつねる力が上がったような気がします。


「無い知恵を絞って出した答えがこれです!!あれこれ言葉を並べるよりも、行動で示すのが私っ!!クロ様とセリス嬢が起きるまでテントの前で待ち、そこで謝罪をしようと思ったのですっ!!」


 ……なるほど。どうしてこんな奇怪な光景が広がっているのか、理解はできないが納得はした。

 俺は痛む脇腹をさすりながらシェスカに事実を告げる。


「シェスカ、俺は確かにミスターホワイトだが、人間だぞ?」


「えぇ!!存じておりますっ!!クロ様のように素晴らしい力を持った人間がいたなど、感動いたしました!!」


 流石は力こそ正義の種族。種族や魔法に対する偏見は強いものの、実際にその強さを目の当たりにすればそんなの関係ないってことか。


 キラキラした瞳でこちらを見ているシェスカから視線を外した俺は、後ろにいる獣人族達に目を向けた。


「……シェスカはこう言ってるが、あんた達は無理してシェスカに付き合う必要はないんだぞ?」


「と、とんでもないです!!姐さんはちょっとやそっとじゃ男になんて靡かないお方ですっ!!そんな姐さんがここまで惚れ込んだ男!!それだけであたいらにとっては尊敬に値するお方なんですっ!!」


 わお。The縦社会。全員が当然とばかりにその言葉に頷くと、嘘偽りない敬意の眼差しをこちらに向けてくる。


「これは……本気みたいだな」


「……そのようですね」


 セリスは獣人族を見渡しながら、困ったように息を吐いた。そんなセリスに対し、シェスカがキリッとした表情を向ける。


「セリス嬢にも私の勘違いのせいで不快な思いをさせてしまった。本当に申し訳ない」


「あっ、いえ、そんなことは」


「同じ男に惚れている者同士、我々は仲良くできると思う!!今後ともよろしく!!」


「はぁ……よろしくお願いします……」


 最早考えることを放棄したセリスが疲れた笑みを浮かべた。それでもシェスカは満足したようで、笑いながらうんうん、と何度も頷いている。


「……話はわかった。とりあえず眠いから、お前ら自分のテントに戻れ」


「「「かしこまりましたっ!!!」」」


 声を揃えて元気よく返事をすると、シェスカを筆頭に、獣人達が一斉にこの場から立ち去った。


 静かになったところで、俺はセリスに向き直る。


「……とりあえず、寝よ」


「……そうですね」


 俺達は互いにため息をつくと、なんとも言えない気持ちのまま、それぞれの寝袋に戻っていった。

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