第88話 ナンパするのはいいが、具体的なデートプランを提示していただきたい

 今代の勇者の出身地である『勇者の地』、正式な街の名前は《アーティクル》。


 この街には普通の建造物などない。色が奇抜であったり、見た目だけでは何の建物かわからなかったり、街自体が一つの芸術作品のようであった。


 街の中も他の街とは毛色が違う。当たり前のように道端で歌う者や、絵を描く者、ダンスを踊る者など、皆が己の才能を認めてもらおうと、日々汗を流していた。


 まさに芸術の街。道行く人のファッション一つとっても、センスの高さが窺い知れる。


 そんな街の中心にある噴水公園。


 カップルの待ち合わせ場所として定着しているそこに、一人の女が立っていた。


 太陽のように光り輝く金色の髪は肩口までウェーブしており、清楚な白いワンピースの下には、隠しきれない圧倒的なプロポーションが本人の意思とは無関係に主張されている。

 長い睫毛に魅惑的な唇、全てのパーツが完璧に配置された顔は絵画よりも美しく、街にあるどんな作品よりも完成されていた。


 身体から溢れ出る色香は、周囲の者達を魅了し、男女問わずその瞳を奪い盗る。


 どことなく人ならざる雰囲気を醸し出した絶世の美女に、誰もがアクションを起こさずにいた。


 それでも、どんな場所にも身の程知らずというのはいるもので。軽薄そうな男達が3人、緊張した面持ちで美女に近づいて行く。


「お、お姉さん一人?めちゃくちゃ綺麗だね?」


「よ、よかったら俺達と遊ばない?」


 美女は声をかけてきた男達を興味なさげにちらりと見やると、丁寧に頭を下げた。


「申し訳ありませんが、人を待っていますので」


 見た目だけでなく、声、仕草、全てが魅惑的だった。それが男達から理性という名のしがらみを奪い取る。


「ま、まじで美人だな……」


「胸もでかいし、身体つきもエロい……」


「そ、そんなこと言わずにさぁ、俺達といいとこ行かない? 絶対楽しいからさ!」


 完全に下心丸出しの表情を浮かべる三人に、美女は内心ため息をついた。だが、ここで騒ぎを起こすわけにはいかない。


「さっきも言いましたが私は人を待っていますので。他を当たっていただけませんか?」


 美女は自分の感情を抑えながら、懇切丁寧に断りを入れる。それでも、三人に向ける視線は氷のように冷たい。


「そんな目もたまらなくいいぜ」


 だが、それは逆効果だったらしく、ますます男達を興奮させる。そして、一人の男が我慢できずに、すっと自分の手を美女に伸ばした。


「あー……俺のツレになんか用か?」


 男の手が触れるか、触れないかのタイミングで後ろから声をかけられ、三人が振り返る。そこには、夜を思わせる黒いコートを羽織った、冴えない男が面倒くさそうな顔をして立っていた。


✳︎


 なに、ナンパされてんだよあいつ。


 俺が飲み物を買って戻ってくると、噴水の前で待っていたセリスが、人間の男三人に声をかけられていた。

 随分チャラそうな奴らだな、顔はそこそこだが友達にはなれないタイプ。それにしてもセリスに声をかけるとは。


 まぁ、中身は別として、外見は凄まじく美人だからな。この街にある女の子達を少し見たけど、正直、セリスに勝てるような容姿の子はいなかったし。つーか、あいつに勝てる女の子は人間の中にいるのか?


 だが、声をかける相手を間違えたようだな。あいつは誰もが恐れる魔王軍幹部の女だぞ。あの魔王ですらビビってんだ。俺はあの三人に、御愁傷様以外にかける言葉が見つからない。


 ……中々、実力行使に出ないな。あんなバカども、セリスの幻惑魔法にかかれば一瞬でナメクジ以下に成り下がるのに。


 しばらく観察していたが、頭を下げるだけで一向に魔法陣を使おうとしない。


 あー、あれか。目立つと仕事がやりにくくなるからか。相変わらず真面目なこって。


 面倒臭いからあいつらの処理はセリスに任せようと思ったけど、あのバカ達が発情し始めた気がするから、一応止めに入るか。


「あー……俺のツレになんか用か?」


 それまでセリスにデレデレしていた男達が、揃って俺に視線を向ける。その感じが違うこと違うこと。

 セリスのことは極上のスイーツを眺めるように見てたくせに、俺の事は腐った納豆を見るような目で見てきやがる。


 あー、みんな勘違いしているかもしれないけど納豆も腐るから。元々腐ってるわけじゃないから。発酵と腐敗は違うんだよね。そもそも納豆っつーのは納豆菌が……。


「なに?お兄さん、この人の知り合いなの?」


 っと、今は納豆菌の話をしている場合じゃなかった。セリスに群がる雑菌をなんとかしねぇと。


「まぁ、知り合いっつーか何というか……」


「はぁ?あんたみたいな地味な男をこんな美人が相手するわけないだろ?」


「仲良くなりたいのか知らないけど、場違いだからさっさとあっち行けって」


「ダサい服着やがって」


 おい、最後のやつ。これは俺の趣味じゃなくてフェルの趣味だからな。ダサいのはあの大馬鹿魔王だ。つーか、反応が予想通りすぎて逆に困る。さて、どーすっかな。


「知り合いなどではありません」


 俺と三人のやり取りを黙って見ていたセリスがそう呟くと、俺の側まで移動し、徐ろに俺の腕に自分の腕を絡ませた。


「恋人です」


「「「「えっ?」」」」


 全員の声がハモる。当然、その中の一人は俺。多分、この中で一番驚いているのも俺。


「じゃあ、行きましょうか?」


「…………」


「行きましょうか!?」


「あっ、はい」


 俺はセリスに引かれるまま、呆けている三人を残して街の中へと歩いていく。とりあえず、持ってるジュースを飲んで気を落ち着かせることにしよう。あっ、これはセリスさんの分です。


「まったく……人間というのはなんて浅はかなんでしょう。見ず知らずの者について行くと本気で思っているのでしょうか」


 セリスが俺から飲み物を受け取りながら、不満そうな顔で愚痴る。だが、腕は絡ませたままだ。


「あの……セリスさん?」


「なんでしょうか?」


「腕……」


「あっ……」


 セリスが顔を真っ赤にさせながら、慌てて組んでいた腕を解く。少し残念な気がするが、これ以上続けていたら俺の精神がもたん。


「……でも、この作戦はとてもいいと思うんです。そういう事にしておけば情報収集も円滑に進みます」


「作戦?そういう事?」


 なに?作戦なんかあったっけ?ってかそういう事ってどういう事?


「だ、だから……その……そういう関係って事にしておけば……一緒にいても変じゃないといいますか……」


 なにやらしどろもどろのセリスさん。なんか珍しいな。いつもは言いにくいこともズバって言うような毒舌秘書なのに。


「はっきり言ってくれないとわかんねぇぞ?」


「え、えっと……あれです…………びと……こと……けば……」


「えっ?」


 最後の方がごにょごにょごにょって尻すぼみになって、まったく聞こえんのだが。


「だから!……こ、恋人ってことにしておけば……」


 セリスが耳まで顔を赤くながら俯いた。そんなに恥ずかしがるなら、そんな提案すんじゃねぇ!こっちまで恥ずかしくなってくるだろうが!


「……別にお前が嫌じゃないなら……」


「えっ?」


「セリスが嫌じゃないならそれでもいいって言ってんだよ!」


 二度も言わせんな!なんで俺までこんな照れなくちゃいけねぇんだよ!


「じ、じゃあこの街にいる間は、こ、恋人同士という設定で……」


「……おう」


 そう言うとセリスが遠慮がちに腕を回してきた。えっ?そんな感じ?結構がっつり恋人演じる感じですか?


「……迷惑ですか?」


 俺の戸惑いを感じ取ったセリスが頬を染めながら、上目遣いで聞いてきた。それはずるい。そんな顔で聞いてこられたら、恋愛経験0の俺としてはどう反応したらいいのかわからないであります。


「……いや、別に。お前がそうしたいなら」


「……なら、このままでお願いします」


 こ、これは恋人のふりをしているだけだからな、クロムウェル!決して勘違いしてはならないぞ!?勘違いしたら確実に痛い目を見るはずだ!


 俺もセリスも、トマトみたいに顔を真っ赤にさせ、街中を歩いて行く。


 とりあえず、すれ違う奴らみんながセリスの事を見てんな。でも、魔族だってのはバレてないみたいだ。その証拠に、けしからん目でセリスを見てから、決まって俺に嫉妬と憎悪の込められた視線を向けてくるし。

 流石はセリスの幻惑魔法だ。事情を知っている俺ですら、こいつのことは人間だって認識してる。


 それにしても。


 俺はゆっくりと周りを見渡す。目に映るのは当たり前のように人間が生活している景色。三ヶ月前は俺もこの風景の一部になっていたはずなのに、それがひどく昔のことのように感じた。


 これは……俺は魔族に染まってきたってことなのかな?


 フェルに連れられて魔族領に来るまで、俺は魔族に対してなんの感情も抱いていなかった。……いや、それは嘘になるかな?少なからず、複雑な感情は抱いていたのだから。

 それでも、魔王軍幹部になって、いろんなやつと関わりを持って、魔族がどんな奴らなのか知れば知るほど俺は分からなくなった。


 なぜ、魔族と人間は争うのか。


 姿形が異なるだけで、あいつらも俺達人間となんら変わらない。普通に笑って、普通に怒って、普通に泣く。なのになんで理解し合おうとしないのか。


 でも、これは俺自身、魔族ってもんを知ったからこその考え方なんだろうな。


 その店でご飯を食べている奴も、手を繋いで仲睦まじく歩いている親子も、壁にせっせと絵を描いているあいつも、魔族のことなんて知らない。それが当たり前のこと。


 どっちが幸せなのかは、俺にはわからなかった。


「クロ様……?」


 セリスが心配そうに俺の顔を覗き込んで来る。あー……らしくないこと考えちまったな。久しぶりに見知った光景を目にして惑っちまったようだ。俺は自分自身に対して、苦笑いを浮かべる。


「悪い、柄にもなく考え事しちまったな」


「考え事、ですか……?」


「あぁ。まぁ、つまらん事だよ。それよりさっさとフェルに言われた調査をしちまわんとな」


「…………」


 うっ、そのダークブルーの目で俺の事を見つめるな。まじで心の底まで見透かされてる気になる。今は……あんまり覗かれたくねぇ。


「……クロ様」


「なんだよ?」


「私はあまり人間の世界というものを知りません」


「まぁ、そうだろうな」


 なんてったってこいつは魔族だ。しかも人間を毛嫌いしている悪魔。知らなくて当然だろうよ。


「だから、エスコートしてください」


「エ、エスコート?」


 なにその無理難題?女性と二人で出かけた経験のない俺にそれを頼むか、こいつは。

 セリスが組んでいる腕にギュッと力を込める。


「はい、お願いしますね」


 俺はセリスの顔に目をやる。あー、これは拒否できないやつだ。もうエスコートするのは決定事項らしい。


 久しぶりに人間の世界に来た俺は、なぜかセリスとデートをする事になった。

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