第84話 良い話と悪い話、どっちが先に聞きたいかと尋ねてくる奴は、総じてどっちを先に話すか決めている

 魔王城二階、数多の部屋が存在するこのフロアの中心にある荘厳な扉。その先には選ばれた者しか入ることができない魔王軍会議室がある。


 普段は使われることのないその部屋は、三月に一度、魔族の街を統治する幹部達が一堂に会し、今後の魔族の展望を話し合う場であった。


 屈強なる魔族達を束ねる幹部達は、誰もが一筋縄ではいかないような猛者ばかり。当然、そんな幹部達の話し合いなど、平和に終わるはずもない。


 幹部会では毎回、血の雨が降る。


 まことしやかに囁かれるその噂は、あながちデタラメとは言えないのかもしれない。錚々たる面子が集う場、何が起こっても不思議なことはない。


 そんな緊迫した幹部会が今、厳かにその幕を……。


「ちょっと、セリス。なんであなたが我が物顔でクロの隣に座っているのよ?」


「私はクロ様の秘書なので、隣に座るのは当然の事です」


 厳かに……。


「ふぁ〜……朝飯抜いてきたから腹減ったな。ボーウィッド、お前ゴブ太の飯は食ったことあんのか?」


「…………」


「慣れない奴が大勢いると喋れないわけね……」


 おご……。


「なんとか間に合った!」


「間に合っておりません。ルシフェル様は遅刻です」


「いやー二度寝の魔力っていうのは計り知れないね!でも、ギリギリセーフでしょ!」


「遅刻です」


「いやだからセーフ……」


「遅刻です」


「……はい、すいませんでした……」


 お前らにはがっかりだよ。せっかく俺が真面目にナレーションして、ただならぬ雰囲気を醸し出そうとしたのによ。台無しだよ。くそが。


「それでは幹部会を始めます……」


 魔王、テンション低っ!!セリスに怒られて完全に意気消沈してんじゃねぇか!!それでも魔王か!?……とはいっても最近のセリスはマジおっかねぇからな。俺の秘書になってから格段に丸くなってはいるが、時折見せる鋭さは名刀のそれ。いやむしろ妖刀。デュラハン印の刀なんて目じゃねぇ。


「とりあえず僕の方から議題を二つ、その後でみんなの方から何かあれば聞くよ」


 ふむふむ、こういうスタンスか。学校でよくあるパターンだな。結局先生の用意した議題だけで、みんなの方から何かある、ということは基本的にはない。


「楽しい話題と楽しくない話題、どっちがいい?」


 おっ、お決まりの質問じゃねぇか。俺は好きなものは最後に食べる主義なんだよな。だから、最初に楽しくない話題を……と見せかけて楽しい話題からじゃ!作戦名「楽しい話を聞いてから、後は睡眠に勤しむ」を発動する。


「じゃあ楽しい話題から───」


「やっぱり楽しくない話題からだよね。僕は美味しいものは最後に取っておく主義だし」


 無視かよ。くそが。つーか最初っから決めてんなら無駄に問いかけてんじゃねぇよ。


「さて、じゃあ楽しくない話だけど……うーん、詳しく話すと結構長くなっちゃうんだよね」


 フェルが自分のこめかみをトントンと叩きながら難しい表情を浮かべる。いや、話そうと思っていたんならちゃんとまとめておけよ。


「要点だけ話してくださればいいのではないですか?」


「それもそうだね!簡潔に言っちゃおう」


 助言をくれたセリスに笑顔で答えると、フェルはニコニコと笑いながら幹部達に視線を向ける。


「どうやら人間達が不穏な動きをしているみたいなんだ」


 その瞬間、部屋の空気が一変した。おー、なんか幹部会っぽい雰囲気になってきたじゃねぇか。痺れるような緊張感を感じるぞ。あと、どっかの半獣野郎からは刺すような視線も。


 俺はゆっくりと周りを見回す。殆どの幹部が下を向き、何かを考えこんでいるようだった。例外は二人。バカみたいに俺を睨んでやがるライガと、腕を組んだまま目を瞑っているヴァンパイアのピエールだ。

 ライガは無視するとして、このピエールという男、確実に厨二的な妄想してやがる。だって「断罪の時か……」とか「くっくっくっ……血が滾る」とか一人でブツブツ呟いてるからな。マジでお近づきになりたくねぇ。


「……それは随分穏やかじゃねぇなぁ。そいつは本当なんですかい?」


 真っ先に沈黙を破ったのはギーだった。相変わらずの気怠そうな雰囲気だが、魔王を見つめる目だけは鋭い。


「どうやらってつけた意味を考えて欲しいな。確定的な情報ではないよ」


「でも、この場で取り上げたってことは、それなりに根拠があるってことよね?」


 フレデリカもいつになく真剣だ。正直、この話題は俺の出る幕じゃない、っていうか俺は大人しくしていた方がいい気がする。


「そうだね。これは僕がこっそり人間界を見てきたからわかった事なんだけど」


 おい。そんな手軽に行っていいのか、魔王よ。その辺の草むら歩いていて、野生の魔王が現れた、なんてくそゲーもいいところだぞ。


「いつもと違うってことは、それだけで何かがあるってことなんだよ」


 なるほどね。人間界でいつもと違う何かが起きているってわけね。でも、だからといって魔族側に何らかのアクションをしてくるのか、と聞かれると判断に迷うってところか。


「その何かってのは具体的には言えねぇ……言えないんですか?」


 おうおう、口を開いただけであのネコ科のバカが怖い顔してら。当然、無視の方向で。


「僕が言ってもいいんだけど、実際に目で見てきた方が早いんじゃないかな?」


 えっ?


「ということで、魔王軍の指揮官クロとその秘書セリスに人間界の調査を命じます」


「なんだとっ!?」


「ありえないっ!!」


 バンッ!!と強く机を叩きながら立ち上がる幹部が二人。一人は安定のアンチ俺ことライガ君。そしてもう一人は……。


「納得いかないわっ!!」


 なんでお前が反発してんだよ、フレデリカ。さっぱり理由がわからない。


「クロが行くのはわかるわ!でも、なんでセリスも一緒に行くのよっ!!」


 理由が判明しました。相変わらずセリスと張り合おうとしてんのか、こいつ。


「なっ…!?そうじゃねぇだろ!!フレデリカよぉ!!」


「うっさい!!猫は黙ってて!!」


 猫て……。その中でもかなり上位にランクインしている種類なんですが。完全にフレデリカの勢いに押されて、口を噤んじゃったじゃないですか。


「どういうことなのよ、ルシフェル様!!別に私でも構わないでしょ!?」


 いやぁ……フレデリカは無理だろ。どう考えても目立ちすぎる。だって肌が青いやつなんて人間にいないもん。

 フェルも同じ考えのようで、フレデリカに諭すような笑みを向けた。


「セリスは幻惑魔法が使えるからね。そもそもサキュバスの仕事は諜報活動。だからセリスが行くのは何の問題もないと思うけど?」


「ぐっ……そ、それは……」


「第一、君が離れたらフローラルツリーは誰が面倒みるの?」


 ぐうの音も出ないほどの正論。フレデリカはへなへなと力なく席についた。


「残念でしたね、フレデリカ。あなたの出る幕じゃないということです」


「くっ……覚えておきなさい」


 心底嬉しそうに笑うセリスを、フレデリカが下唇を噛みながら睨みつける。すげぇ悔しがってんだけど、それほどの事か?もしかしてあいつは人間の世界に興味があんのかな?何かお土産買っていってやるか。


「……で、ライガも反対派だったね」


「当たり前だっ!!」


 ライガは怒りに満ちた表情で握り拳を机に叩きつける。


「なんで人間共の動向を探るのに人間なんて使うんだよっ!?信用できるわけねぇだろ!!」


 なんだと?脳筋のくせにわりかし筋が通っているじゃねぇか。俺様びっくりだ。


「魔族の話し合いの場に人間がいるってだけで腸が煮えくり返ってんのに、そんな重要な仕事をこいつなんかに任せられるかっ!!」


「魔王軍の指揮官なんだよ?この場にいるのは当たり前だよ」


「そもそもコイツを指揮官だなんて認めちゃいねぇ!!」


 ライガがフェルに反論しながら、俺のことを指さした。おい、毛深い指をこっちに向けんなよ。なんか不愉快だ。


「ルシフェルのお気に入りだか何だか知らねぇが、こんな得体のしれないゴミはさっさと魔族領から追い出しちまえばいいんだよ!!」


 ……気のせいかセリスとフレデリカの身体からどす黒いオーラが出ているような気がする。怖くてそっちに目を向けられません。チキンハート万歳。


「てめぇもなんとか言ったらどうなんだ!?お飾りの魔王軍指揮官さんよぉ!?」


 頼むからもうやめてくれ。爆弾が二つ起動しているのが分からないのか?俺はちらりと斜め前に座るギーに目を向けると、呆れたように肩を竦めるだけだった。


「はっ!!ビビッて声も出せねぇってのかよ!!こんな情けねぇ男が指揮官様だっていうんだからお笑いもいいとこ───」


「……だまれ……」


 会議室に重低音の声が響く。この場にいる全員が声の主に目を向けた。


「……俺の兄弟を愚弄する奴は、例え魔王軍幹部であっても許さん……」


「ボ、ボーウィッド……」


 ライガが驚きのあまり、言葉が出てこない様子だった。ちなみに俺もめちゃくちゃ驚いている。話せるようになったとはいえ、こういう会議の場では絶対に口を開かないと思っていた。


「俺もボーウィッドに賛成かな。クロが指揮官であることを認めている奴もこの場にいるってことを忘れんな」


「ギー……てめぇもか……!!」


 ライガがギーを見ながら奥歯をギリッと噛んだ。ボーウィッドといい、ギーといい……格好いいこと言いやがって。やべ、俺様ちょっと泣きそう。


「ギーとボーウィッドはクロが行くのに賛成って事でいいね。じゃあ他の幹部の意見も聞いてみようか」


 フェルの言葉を聞いたピエールがゆっくりと閉じていた目を開いた。


「誰が行こうと我は一向にかまわない。だが忘れるな。未来は既に定められている。あがき、苦しもうとも、血塗られた運命さだめから逃れる術など」


「ギガントはどう思う?」


「オラは魔王様の決定に従うだけだす」


 あー中庭にもう一人幹部がいるのをすっかり忘れていたよ。ギガントは相変わらずでかくて無害な奴だ。次はこいつの街に視察に行ってみるのがいいかもな。そういえばピエール、なんか言ってた?


「うんうん、じゃあギガントも賛成ってことだね。後はセリスとフレデリカだけど……」


 フェルが二人の顔に目を向ける。


「二人は聞くまでもないって感じかな?」


「当然よ。セリスが行くのは許せないけど、クロが行くのは大賛成ね」


 フレデリカが力強く言うと、セリスも黙って頷いた。いやー最初の幹部会はマジでアウェーだったけど、今はもうホームだろ、これ。地道に幹部達の好感度を上げてってよかったぜ。


「これでライガ以外は賛成みたいだけど?」


 フェルが視線を向けると、ライガは憎々し気に俺を睨み、席に座った。


「……誰がなんと言おうと、俺はコイツが指揮官だなんて認めねぇ」


 絞り出すように呟くとライガはそれっきり黙りこくった。そんなライガを見てフェルが満足そうに頷く。


「よし!話もまとまったところで、次は楽しいお話だ!一週間後にみんな大好き闘技大会を行うよ!」


 闘技大会?なにそれ?ってかこれって楽しいお話なの?みんな全然喜んでないんだけど。


「……なんかみんな反応薄いね」


「だって……ねぇ?」


 微妙な表情を浮かべるフレデリカがギーに目を向けると、ギーも同じような顔で頷いた。


「俺達幹部にはあまり関係のない話だろ?」


 あれ?そうなの?ってことは俺にも関係ない感じ?っていうか誰か説明してくれ。

 状況がまったく把握できていない俺に、セリスが説明してくれる。


「大体言葉通りの意味です。魔族の者達が武を競い合う大会です」


「まぁ、闘技大会っていうのはそういうもんだろ。で?幹部達が関係ないっていうのは?」


「俺達がでちまったら対戦相手が委縮しちまうだろうが」


 ギーが机に肘をつきながら補足した。あー……まぁ、そうか。俺が人間界で国のお偉いさんと戦うってもんだよな。まじで胃がキリキリするわ、それ。


「あんた出ればいいじゃない。戦うの好きでしょ?」


「…………雑魚に興味はねぇよ」


 フレデリカがからかうような口調で言うと、ライガは不貞腐れたまま顔も見ずに答える。


「雑魚とは限らないよ?君達幹部の影に隠れた実力者っていうのもいるからね。本選に上がってくるのはみんな強者ばかりだよ」


「けっ!!だとしても俺が戦うに値するようなやつはいねぇよ。この中の誰かが出るっていうなら話は別だけどな」


 ライガがギラギラした瞳を向けるも、誰一人として参加しそうな顔はしていない。それを確認したライガはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

 強者達が集まる闘技大会か、全く興味がそそられないな。そもそも自ら進んで戦おうとする意味が分からない。

 本当に強いやつがいたとしてもだるいだけだしな。出たところで何のメリットも…………待てよ?


 俺の中に素晴らしいアイデアが浮かぶ。


「……悪い顔していますよ」


 セリスがジト目を向けてくるが関係ない。……いや、セリスにも協力してもらおう。事情を話せば間違いなく力を貸してくれるはず。


「なんだかみんなの反応が思った通りじゃなかったからガッカリだよ」


 フェルが残念そうに肩を落とす。大丈夫だ!ここにその闘技大会を心待ちにしている奴が一人いるぞ!


「とりあえずこれで僕の話は終わりだけど他に何かある?ないよね?じゃあ今日の幹部会はここまで」


 大分投げやりな終わらせ方だな、おい。そんなに闘技大会に塩対応されたのが効いたのか。


「クロとセリスは明日僕の部屋に来て。調査について説明するから」


 フェルは大きくため息を吐くと、転移魔法でこの場からいなくなった。ライガも最後に俺を一睨みすると、何も言わずに部屋から出ていく。


 何はともあれ無事会議は終わったな。人間界の調査とかいうだるい任務を受けたが、まぁなんとかなるだろ。とりあえず今は、目先の飲み会のことしか頭にねぇわ。


 よーし!飲むぞ!!

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