第76話 圧倒

 第一闘技場は満員御礼であった。よくもまぁ、これだけ人を集められたもんだ、と半ば感心していると、向かいの扉が開き、ディエゴの姿が現れる。

 ディエゴは自信満々といった様子で闘技場に入ってくると、ゆっくりと観客席を見渡した。

 なんていうか、本当に目立ちたがり屋だよな。服装もさっき話していた時とは違う派手なやつ着てるし、髪もセットし直してきた感じか。


「レックスー!しっかりー!」


「レックス君!ファイトです!」


 ディエゴを観察していると観客席から声が聞こえ、そちらに目を向けると緑の髪をした活発そうな美少女と、少し落ち着きのある桃色の髪をしたこちらも美少女が俺に向かって手を振っていた。

 その隣にいるマリアは笑顔でこちらを見ていたが、三人の後ろにいる黒髪の女性だけは、俺を見定めるかのように、真剣な眼差しを向けている。


 エルザ先輩も見ているのか。こりゃ、だらしない試合は見せらんねぇな。


 俺はもう一度気合いを入れ直す。ここからは一度でも負けることは許されない。別にエルザ先輩にそう言われたわけじゃないが、これ以上の敗北は俺自身が許せそうにない。


「さて、レックス・アルベール。これがなんだかわかるかな?」


 ディエゴが自慢をするように、右手に持つ三十センチメートル程の杖をヒラヒラと振った。


「これはマルティーニ家に伝わる武器でね、モエアカネの木を使った貴重な杖なんだ」


 モエアカネ、確か枯れているわけでもないのに真っ赤な葉を宿す木だな。


「モエアカネの木は植物なのに火と相性が良くてね。'業火'の名を冠する僕にはぴったりな杖ということだよ。一月前との火力の違いに驚くだろうね」


 杖には魔法陣構築を手助けしたり、魔法の威力を高めたりといった効果がある。ディエゴの口ぶり的に後者なのだろう。


「この間は軽傷で済んだみたいだけど、今回も同じ結果になるとは言い難いね。今なら、泣いて謝れば試合をやめてあげてもかまわないけど?」


「……お心遣いに感謝いたします。ただ、もう心に決めたので」


 あいつの死から逃げない、あいつの死から目を逸らさない。あの、人を食ったような魔王を倒すまで、俺は止まらないと誓った。


「……どうやらまだよくわかっていないようだね。いいだろう、心優しき先輩が君に格上の人との接し方について、きっちりと指導してあげるよ」


 ディエゴが顔から笑みを消し、杖を構える。それを見た監督役の教師が、静かに俺とディエゴの間に入った。


「正々堂々戦うように……はじめっ!!」


 その言葉と同時にディエゴは後ろへと飛び退き、すぐさま魔法陣を展開する。


 俺はそれを見て、内心ディエゴに謝罪を入れた。


 一ヶ月前、今と変わらぬ素晴らしい魔法陣の組成を目にし、俺は一気に戦う気が無くなった。


 ディエゴ・マルティーニ。火属性魔法に関しては他の追随を許さないほどの使い手。構築速度、威力共に学園内で屈指の実力者。


 だが、所詮は学生レベル。


 技術の問題ではない、心の問題だ。マジックアカデミアというぬるま湯に浸かっているだけの世間知らずなお坊ちゃん。


 圧倒的に足りない。目の前に立つ相手を倒す、という強い意志が感じられない。勝利を貪欲に欲する姿勢が一切ない。


 そんな奴に負けるわけがない。


 俺はいつだって、あのバカを超えるために躍起になっていた。卑怯な手も使った、不意もついた。どんな手を使ってでもあいつに勝とうとした。


 それでも、ただの一度も勝てなかったというのに。


 俺はゆっくりと両手を前に出した。ディエゴは三種トリオ上級魔法トリプルを構築しているようだが、そんなことは関係ない。


「そら、アルベール!しかと見よ!これが三種一体の重複魔法だ!"三重の駆け抜ける炎狐ファイアフォックス・トリオ"!!」


 全く同じ三つの魔法陣が組み合わさり、そこから何十匹という炎の狐が飛び出した。生物に模した炎をここまで産み出すとは、その技術だけは称賛する。


「なっ……!?」


 自分の魔法陣を組成するのに必死になっていたディエゴは、俺に視線を向け、大きくその目を見開いた。


 俺が作り出したのは同じ火属性の魔法陣であるが、ディエゴのモノとはまるで違う。

 魔法陣の数は一つだし、重複魔法なんて使ってない。


 ただし、重ね合わせる魔法陣は四重の一種ソロ最上級魔法クアドラプル


「ばかなっ!?学生の分際で最上級魔法クアドラプルだとっ!?」


 驚くのも無理はないよな。他の生徒で最上級魔法クアドラプルを使ってるやつなんて、俺も見たことねぇし。俺自身もこうやって最上級魔法クアドラプルをお披露目すんのはあいつ以外に初めてだしな。


 俺は自分の中の魔力を高め、魔法を詠唱する。


「"顕現せし炎の巨人イフリート"」


 俺の魔法陣から呼び出されたのは、闘技場の天井にも届きうる、巨大な人型の炎。ディエゴの炎狐とは桁違いの迫力に、観客は思わず息を呑む。


「こ、こんなの見掛け倒しだ!いけっ!我が狐達よ!業火の恐怖を思い知らせてやれ!!」


 震える声で指示を出し、ディエゴは炎狐達をけしかける。だが、あんた程の優秀さなら気づいてんだろ?このイフリートがハリボテではないことにな。


 イフリートは蝿でも払うかのように腕を横に薙ぐ。それだけでディエゴの炎狐達は一つ残らず消し飛んだ。


 唖然とするディエゴ。わなわなと震えている口からは言葉を発することはできない。そんなディエゴとは関係なしに、イフリートはゆっくりと歩を進めた。


「ひっ……く、来るな!来るなぁぁぁぁぁ!!」


 いつもの自信たっぷりな様子はすっかりなりを潜め、ディエゴは両手を振り回しながら後退りをする。だが、数歩動いたところで闘技場の壁がそれ以上の後退を阻んだ。


 イフリートは緩慢な動きで腕を振り上げると、恐怖に慄くディエゴめがけてその腕を振り下ろす。


「あぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」


 ドゴォーン!!!!


 ディエゴの絶叫と炎の巨人が拳を打ちつける音が闘技場に響き渡った。


 凄まじい振動と衝撃を与えたイフリートが、静かにこの場から退場する。

 残ったのは粉々に砕かれた地面と、白目を剥いてその場に倒れているディエゴ・マルティーニの哀れな姿だけだった。


 闘技場内で喋るものは誰もいない。俺は大きく息を吐き出すと、呆然としている監督役の教師に声をかけた。


「……マルティーニ先輩は気絶しちゃったみたいだけど、まだ続けますか?」


 その言葉に我に帰った教師が、俺に向かって手を挙げる。


「し、勝者、レックス・アルベール!!」


 その言葉が聞ければ十分だ。俺は不気味なほど静まり返った闘技場から背を向け、控え室へと歩いていく。


 ふと気になって観客席に目を向けると、ポカンと口を開けているフローラとシンシアの隣で、マリアは嬉しそうに笑っていた。その後ろでエルザ先輩も腕を組みながら満足そうに頷いている。


 とりあえず、不甲斐ない姿を見せずに済んだ。だが、まだまだこれからだ。


 気を引き締め直し、俺は控え室の中へと入っていった。

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