第64話 ボディタッチの多い女には気をつけろ

 フローラルツリーから小屋へと帰り、いつものように三人で囲む夕食。

 おっ今日ハンバーグか!セリスの作るハンバーグは悔しいけど美味いからなぁ……セリスが作ったってのは知らないことになってるけど。


「「いただきまーす!」」


「いただきます」


 俺とアルカが元気よく手を合わせるのを見届けてからセリスも手を合わせる。


「美味しいー!!」


 アルカが口いっぱいにソースをつけながら満面の笑みを浮かべた。俺はそんなアルカを見て思わず苦笑する。


「アルカはよく食べるなぁ。確か昼間、フェルと一緒にたらふくケーキを食べたんだろ?」


「あー!!れでぃによく食べるなんて言っちゃいけないんだよ!!」


 頬を膨らませるアルカを見て俺もセリスもほっこりした気持ちになった。なんて可愛いんだこの子は……頭なでなでしちゃうぞ。


「ごめんごめん、俺が悪かったよ」


「もー気をつけてよね!これだからパパは『どんかんむしんけいぼくねんじん』って言われるんだよ!」


 どんかんむしんけいぼくねんじん……鈍感無神経朴念仁……鈍感、無神経、朴念仁。


 アルカの頭を撫でていた手がピタリと止まる。食べ物がのどに詰まったのか、目の前でセリスがどんどんと自分の胸を叩いていた。


「……アルカ、それは誰が言っていたんだい?」


「ん?マキちゃん」


 あの出歯亀女は一度シメないといけないようだな。俺のことをバカにしたこともそうだが、アルカに変な言葉を教えた。万死に値する。


「アルカ?今度そのマキちゃんとやらも是非朝の稽古に呼んであげよう」


「えっ!いいの!?」


「いいさ!アルカのお友達なんだ、たっぷり礼をしてやらないといけないしな」


「わーい!!今度会ったら言っておくね!」


 純粋に喜ぶアルカ、悪役よろしくな笑みを浮かべる俺、既に最悪な未来しか想像できないセリス。なぁに、心配すんなって。殺しはしない。


「そういやさっきのウンディーネの子を見て思ったんだが、あれが普通のウンディーネなのか?」


 俺がハンバーグを口に運びながらセリスに尋ねる。


「えぇ、そうです。彼女達の種族は元々大人しくて引っ込み思案な性格をしています」


「うんでぃーね?」


 大人しくて引っ込み思案……?おいおいフレデリカは大人の色気を醸し出して、出るとこ出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスバディだったが、そんな性格じゃなかったぞ?


「ねぇ、ママ。うんでぃーねって何?」


「精霊族の種族の事ですよ。水を扱うことに長けています。後は火の精霊サラマンダー、地の精霊ノーム、風の精霊シルフがいますね」


「へー!そうなんだ!精霊さん達、アルカ見てみたい!」


 うーん……フローラルツリーはなんとなく危険性が低い気がするんだよなぁ。確かにあの木を離れれば魔物が寄って来るけど、周辺だけは邪悪な気配が感じなかったし。フローラルツリーが不思議な力で守ってたりすんのかな?やっぱ樹齢何千年だと、そういうオカルトチックな事もありえそうだな。どっちにしろアルカを連れて行っても、さほど問題ない気がする。


「じゃあ一緒に───」


「だめです」


 一緒に行くか?と俺が言おうとしたら、セリスが有無を言わさぬ口調でアルカに告げる。


「えー!ダメなの?」


「あの街には教育上よろしくない人がいますので、アルカを連れていくことができません」


 ……教育上よろしくないのはお前の街だろうが、なんて命知らずなことが言える勇者、今すぐ俺の小屋まで来い。俺には無理だ。


「……どうしてもダメ?」


「っ!?ダ、ダメです!」


 アルカのうるうる瞳の上目遣いに、一瞬心が揺り動かされたみたいだが、セリスの意志は固かった。アルカは肩をしょんぼりとさせてお茶碗を持つ。


「あー……アルカ?今度一緒にピクニックに行こう。なっ?だから元気出せって」


「……ピクニック?」


「あぁ!お弁当持ってパパとアルカと…………ママも一緒に」


 俺がママといったところでセリスが肩をビクッと震わせる。しゃあねぇだろが!!このタイミングでセリスをのけ者にするなんてことはできないし、自分のことをパパって言っちまったんだからお前のことをセリスと呼べるかっ!!


「本当っ!?ママも一緒!?」


「……えぇ。ママも一緒ですよ」


 若干ぎこちないがセリスが笑顔で答える。自分がフローラルツリーに行くことを禁止した手前、アルカが喜ぶならピクニックでも何でもって感じか。


「約束だよ!」


「あぁ、約束だ!」


 アルカの小さい小指と指切りをする。セリスも身体を前に出し、アルカのもう一つの手と指切りをした。アルカには父親らしいことはあまりしてやってないからな。たまにはアルカのために一日使ってやらんとな。


「ということでセリスよ。魔王軍指揮官として命令する。ピクニックにいい感じな場所探しとけ。以上だ」


「どういうことなのかさっぱりわかりませんが、私はアルカのために探しておきます」


 セリスは俺に冷たく言い放つとアルカの方に優しい眼差しを向けた。……うん、秘書なんてこんなもんだ。まぁとにかくセリスがいい場所を見つけ次第アルカとピクニックへGOだな!



 二日目、今日もフレデリカの部屋に足を運ぶ。いや、別にフレデリカの身体が見たいからではない、足りない材料を確認しなければならないからだ。

 だが、その過程でチラリと視界の端にフレデリカの魅惑的なボディが入ってしまっても、それは俺のあずかり知らぬところ。昨日風呂場の鏡でポーカーフェイスの練習は完璧にしてきたぜ!


「集めて欲しい材料をリストアップしておいたわ」


 フレデリカは材料の書かれた羊皮紙を渡すとき、当然のように身体を寄せてきた。来たな……だが、俺はその程度じゃ動じない。なぜなら朝からずっとエロいことだけを考えてここまできたからだ!おかげでセリスからは気持ち悪そうな目で見られたけど、今更乳の一つや二つ、腕に当たったくらいじゃ何とも思わないぜ!


「洋服に必要な生糸はワームの魔物を捕まえてきてくれればいいわ。薬草関係は専門知識がないと厳しいから、後日シルフと一緒に森へ行って頂戴」


 やばい……思った以上に柔らかい。昨日はわけがわからないままにフレデリカが俺から離れてくれたから意識しなかったけど、こうやってぎゅーって押し付けられると破壊力抜群だ。


「それでサラマンダーとノームが必要としている粘土なんだけどこれは河原にあると思うわ。それを集めてきてフローラルツリーの一番下にある工房に届けて欲しいの」


 いかんいかん。セリスの視線を感じる。まだ俺のポーカーフェイスが機能しているからそこまで厳しいものじゃないけど、これ以上迫られるのはまずい。昨日の二の舞になる。


「とりあえず今日は街の東側にある川に向かってもらいたいわ。その途中でワームも大量に生息していると思うし。あぁ、ワームは昨日、花を持って行った場所に届けてくれればいいわ」


 とにかくやましい考えはすべて消せ。自分は自然の一部と思うんだ。心を無にし、何も考えるな。凝り固まった人間思想を放棄し、もっと柔軟な生き方を……柔軟と言えば俺の右腕に当たるこの柔らかくも心惹かれる二つの物体は何なのだろうか?なぜだかそれのことを考えると俺の鼓動が激しくなっていく気が……。


「……クロ様?」


 おっと、これはまずい。ここは一旦距離をとるのが無難だ。


「ねぇ、聞いてるの?」


 俺がさりげなく腕を引き抜いて後ろに下がろうとしたのに、なぜかフレデリカは更に強く俺の腕をつかみ自分の身体に寄せる。やめろ!とにかく一旦離れて態勢を整えさせてくれ!連続攻撃は卑怯だぞ!!


「……クロ様が嫌がっているのが分からないんですか?淫乱女さん?」


 えっ冬?ここ雪山?めちゃくちゃ鳥肌立ってんですけど。


「私にはあなたに怯えているようにしか見えないけど?冷徹悪魔さん?」


 つーかセリスの天使のほほえみ(氷河期)が効かないというのか!?この女……できる!!


「可哀想な指揮官様……私が慰めてあげるわ♡」


 むぎゅっ!Oh……顔に双丘がダイレクトアタック。こんなん男だったら誰も耐えられねぇだろうが!本当にありがとうございます!!


「ちょっと!!離れなさい!!」


 セリスが背中から腕を回し、フレデリカの腕の中から俺を引っ張り出そうとする。……あのセリスさん。背中に胸あたっとります。

 ぬわー!!なんだこの状況!!はたから見れば天国だが、俺は欲情するなってセリスに言いつけられてんだよ!!無理だろ!!無理ゲーだろ!!前門のおっぱい、後門のおっぱいだよこれ!!


「邪魔しないで!私は指揮官様の心の傷を癒しているところなの!!」


「あなたは『いやし』じゃなくて『いやらし』です!!さっさとクロ様を解放しなさい!!」


 おぉ、セリス上手い事言うなぁ……。ってそんな場合じゃねぇ!!さっきまでは両サイドのおっぱい爆弾にドギマギしていたが、今は純粋に身体が痛てぇ!!そんなに引っ張りあったらちぎれる!!

 こうなったら転移魔法で……って集中出来なさ過ぎて魔法陣が組成できねぇ!!つーかなんか息苦しくなってきた……やばっ……酸欠だ、これ…………。


 俺は二人に引っ張られながら、ゆっくりと意識が遠のいていった。

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