第62話 女の涙は武器になるが、笑顔は凶器になる

 精霊族が住む街、《フローラルツリー》。魔族領の北西に位置する海に面した山に作られた街。

 転移魔法によって初めてこの街に連れてこられた俺の感想は圧巻の二文字だった。


「すっげー……」


 いやもう何がすげーって木がよ、でけぇんだ。どれくらいでかいって?精霊族全員がその一本の木を家にして暮らしているくらいでかい。っていうか実際暮らしている。

 もうてっぺんが見えないくらいの木の上に、店やら家やらが立ち並んでんだよ。ツリーハウスってのは聞いたことがあったけど、それの比じゃないな。フェルが自然豊かな街だって言ってたが、これは頷くしかない。街自体が自然だわ。


「ふふふ、驚きましたか?」


 セリスが目をまん丸にしながら街を見ている俺を見て楽し気に笑う。


「あの木はフローラルツリーと呼ばれる種類の木です。樹齢は何千万年単位らしいですよ?それがそのままこの街の名前となっています」


 樹齢何千万年……いやそうだろうよ。じゃないとこの大きさには到底ならんだろ。山の中腹から生えているっていうのに、おそらく一番上はその山の頂上と同じか下手すりゃ超えるんじゃね?とにかく想像絶する大きさなんだよ。


「いやーびびったびびった。こんなにでかい木があるなんて知らなかったよ」


「人間の世界にはないんじゃないですかね……というよりも魔族領にもこの一本しかありませんから」


 こんな木がそこら中に生えてたらぶったまげるわ。いやはや、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだな。


「よーし!とりあえずこの街の長の所に行ってみっか!」


 俺の言葉にセリスはなぜか苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。そういやフェルに次はここに行くって言った時も、なんか微妙な反応してたな。


「どうした?ここの長と仲でも悪いのか?」


「…………できることなら会いたくはないですね」


 このセリスの表情から鑑みるにセリスにとってかなり嫌な相手らしい。とはいっても仕事だからなぁ。


「仕方ありませんね。案内します」


 セリスも同じことを考えたのか、諦めたような顔で言った。そうなんだ仕方のないことなんだ。これは仕事だと割り切るしかない。だから、俺もしょうがなく行くんだ。決してエロいお姉さんが待ってる事を期待なんかは微塵もしていない。



 フローラルツリーの長、フレデリカの部屋は木の幹の中に作られていた。しかも、扉も木で出来ている、というか木の幹に扉の形に切れ込みを入れて、そのままドアにした感じ。うーん、まさに究極のエコスタイル。


 ノックをすると中から艶美な声が聞こえる。俺は期待に胸を膨らませながら、ゆっくりと扉を開けた。そしてその瞬間、俺の視界を大きな二つの山が覆いつくす。


「待っていたわよ指揮官様~!全然私の所に来てくれなかったから寂しかった!」


 俺の頭上で響く艶やかな声。この声は幹部会でも耳にしたことのあるやつだから、おそらくフレデリカの声だ。そして、フレデリカの声が上から聞こえるということは、この顔の前にあるマシュマロのように柔らかい二つの山は……。


「ちょ、ちょっとフレデリカ!いきなり何をしているんですか、あなたは!」


「あーら、セリスもいたの?ちぇっ、つまらないわ」


 フレデリカがゆっくりと俺の身体から離れる。そして視界が復活した俺の目に飛び込んできたのは他でもない巨乳。神様……いや!ルシフェル様!!指揮官にしてくれてありがとうございます!!


 フレデリカは幹部会に着ていた女医さん衣装ではなかった。というかそれよりずっとエロい。

 なんとビキニアーマー!その上から羽衣を纏ってはいるが、スケスケなんでほぼビキニ!山なのにビキニ!ビキニやっほい!!


「視察に来るって話を聞いてから、ずっと待っていたのよ?なんで私の所から来なかったのよ?」


 そう言いながらフレデリカは俺の右腕に抱きついてきた。うほっマジでか!役得すぎる!


「い、いや……視察の順番は特に決めてなかったから……」


「あらそうなの~?まぁでも、こうして来てくれたんだから許してあ・げ・る♡」


 やばーい!!ビキニだから谷間がめっちゃ強調されてる!!いや、もしかしたらこの谷間には魔法陣の神秘が詰まっているのかもしれない。早速観察しなくては。

 いやー良いですなー。ウンディーネだから若干肌に青みがかかっているんだけど、そこがまたグーよグー!!なんつーかエロさ際立つっていうか、エロい以外の言葉が……。


 ゾクリッ。


 鼻の下を限界まで伸ばし、デレデレとフレデリカの身体を眺めていた俺に襲いかかる悪寒。振り返るとそこにいたのは聖母のような笑みを浮かべている秘書官。そして大量に身体から流れ出るよ、発汗。韻を踏んでやったぜ、若干。そして俺、一貫の終わりの予感。


「どうしたんですかクロ様?私のことは気にせず、幹部とのスキンシップを思う存分楽しんでください」


 あっ、これやばい奴だ。セリスの背中からヘドロみたいなどす黒いオーラが噴き出してるよ。俺は即座に腕を引き、フレデリカから距離をとる。フレデリカは不服そうにセリスの方に顔を向けた。


「なんなのよ、あなた。秘書のくせに焼きもち焼いてるの?」


「焼きもち?私がクロ様に?はっ!どうして私がこんな冴えない人に焼きもちを焼かないといけないんですか?脳に渡る栄養がその無駄に大きい胸に吸収されてますね」


 ぐさっ……い、今のは地味に効いた。流れ弾というのに、俺のドタマをかち割っていきやがった。


「なら、そんな殺気だった目でこっちを見ないでくれる?」


「別にあなた達の事なんて見ていません。というよりも、そんなふしだらな恰好をしているあなたの事なんて誰も見たくありません」


「あら?あなたの治める街には私の格好よりも、もっと大胆な服を着ている子が何人もいるけど?」


「そうですね。今度紹介してさしあげますよ。あなたみたいな人が活躍できるお店はたくさんあると思いますから」


「そうねぇ、働いてみようかしら。あなたがそのお店で働いても、誰からも指名がもらえなさそうだもんね」


 やべぇよやべぇよ。まじでこえぇよ。これなら殴り合ってくれた方がまだ楽だよ。


「と、とりあえず二人とも抑えてくれ!セリス!仕事中なのにデレデレしていた俺が悪かった!あとフレデリカ!俺の秘書をあまり刺激しないでやってくれ!」


 決死の覚悟で二人の間に割って入る。二人は無言で睨みあっていたが、フンッと互いに顔を背けた。


 俺は適度に距離を取りながらフレデリカに向き直る。あの身体は惜しいが、これ以上ボディタッチをされようもんならセリスの堪忍袋の緒が切れるのは間違いない。なんで切れるかよくわからんが。


 いや、そんなことはまたあとで考えればいい。とにかく今は早急にここから退散すること。俺の精神力ポイントは既にマイナスに達してんだよ。


「あーフレデリカ?俺がここに視察で来ているってのは知っているよな?」


「えぇ。魔王様からそうお達しがあったわ」


「それなら話は早い。なんか抱えている問題とかないのか?」


「そうねぇ……」


 俺の言葉を聞いてフレデリカが口元に手を添えながら考え込む。なんつーかそんな仕草も妖艶だな……大人の魅力っていうか、男だったら誰でも引き込まれそうな………ってやばい!ここには俺の考えが手に取るようにわかるエスパー女がいるんだった!無心になれ俺!


「……私達精霊族がやっている仕事については知っているかしら?」


 煩悩と激しいバトルを繰り広げていた俺にフレデリカが話しかける。


「あぁ、確か生活関係の物を作っているんだっけか?」


「その通りよ。具体的には私達ウンディーネは洋服関係、シルフは薬関係、ノームとサラマンダーは協力してお皿や花瓶などの陶磁器を作ったりしているの」


 ふむふむ。なるほど。精霊族の中でも種族によって違うものを担当しているのな。


「それでね?そういうものを作るには材料が不可欠なのよ」


 それはここだけの話じゃねぇだろ。剣を作るには鉄が必要だったり、料理を作るには食材が必要だったりするだろうし。まぁ、デリシアはそう意味じゃ完全に自給自足って感じだったけどな。


「その材料を集めるのが獣人族の役目なんだけど……どうにも後回しにされがちなのよね」


「後回しに?なんで?」


「ほら?家を建てたり、武器を作ったりするよりも、私達が作るものって重要度が低いじゃない?洋服なんて最悪一着でもあればなんとかなるし、アクセサリーも別に生きるのに必要ってわけじゃないわ。食器についても同じことが言えるし、魔族は身体が丈夫だから、そもそも薬の需要があんまりないのよ」


「なるほどなぁ……って、他のはいいとして薬は作る価値あんのか?」


「薬はそのほとんどが交易用よ。できた薬はチャーミルに送られて、そこから人間の世界にばらまかれるってわけ」


 そういうことか。サキュバスやインキュバスが幻惑魔法で人間に扮してそれを売りにいく、と。俺の知らない間に魔族にお世話になってたんだなぁ。


「そういうわけで目下の問題は材料不足ってとこかしら」


「大体話は分かった。足りない材料をリストアップしておいてくれ」


「指揮官様が取ってきてくれるの!?」


「魔族の抱えている問題を解決するのが俺の役目だからな。まっ、そういうことになる」


「あら~!優しい~!」


 フレデリカが俺の手を握り締めてくる。手の感触が柔らかいのなんのって……こいつはマシュマロか。


「ちゃんと働いてくれたらご・ほ・う・び!あげなきゃいけないわね♡」


 ご褒美……何て淫靡な響きなんだ……。これは張り切らざるを得ないな!!デレデレしかけた俺だったが、背中にセリスの冷たい視線を感じ、きりっとした表情を浮かべる。


「とりあえず、今必要なものを教えてくれ」


「そうねぇ……服を染め上げるのに使う色とりどりの花が必要かしら?」


「わかった。すぐに集めてくる」


「がんばってね♡」


 俺は決め顔で軽く手を上げると、無表情のセリスを連れてフレデリカの部屋を出た。材料集めか……今までで一番楽な仕事だぜ!よーし!ご褒美のた……フローラルツリーのみんなのために一肌脱ぐしかねぇな!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る