第54話 真面目な奴ほど酔うとはじける


 どうしてこうなった。


 宴会が始まってすぐのころはオーガ達が代わる代わる俺のところへやってきて、酒を飲み交わした。流石に海の男ということで全員が蟒蛇うわばみであったが、俺もレックスに付き合ってよく酒を飲んでいたから、つぶれることなどない。船には酔うがな!うるせぇよ。


 船では俺の船酔いのせいもあってかあまり会話ができなかったが、実際にこう話してみてオーガ達の人となりがなんとなく理解できた。彼らはとにかく豪胆で豪快。俺と乾杯したやつの中には樽ごと一気飲みしたやつなんかもいた。そのままぶっ倒れるようなバカだったが、それでも俺はそういうノリは嫌いじゃない。俺はこの宴会を心の底から楽しんでいた。


 最初のうちは。


 今は誰一人として俺のテーブルに近づいてくるやつはいない。俺はこうなった原因である隣の奴に目を向ける。


「……っはー!あれ?もう空になってしまいましたね。すいませーん!葡萄酒もう一本くださーい!」


 セリスは真っ赤な顔で上機嫌に空の瓶を振りながら店員に追加を注文した。机には同じような瓶が七、八本転がっている。

 少し離れたところでオーガ達が楽しく飲んでいるからそっちに行きたいんだけど……なぜかセリスは俺の左腕に自分の右腕を回してがっちりとホールドしていた。


「クロ様ー?ちゃんと飲んでますかー?」


「あ、あぁ。飲んでるぞ?」


 セリスがとろんとした目で俺の方を見てくる。こいつ……酒弱すぎだろ!?いや、こんなに飲んでも全然つぶれないってことは強いのか!?もうわけわからん!!

 オーガ達は遠巻きに生暖かい視線を俺達に向けていた。やめろ!そんな目で俺を見るな!つーかアルカ!お前いつの間にオーガ達と仲良くなってんだ!パパのことを助けてくれ!!

 俺はオーガ達と楽しそうに話しているアルカに視線を送る。それに気がついたアルカが俺と目を合わせ、満面の笑みを浮かべながらサムズアップをしてきた。あら可愛い。いやちげぇぇぇよ!!

 いや違くない!アルカが可愛いのは間違いないんだけどそこじゃない!俺はこの状況を打破して欲しいんだ!!

 俺がアルカに必死に訴えかけていると、セリスに組まれている左腕がミシミシと嫌な音を立て始めた。


「……クロ様?今、店員の女の子に色目を使っていませんでした?」


 痛いっ!そして怖いっ!セリスさんの目が完全に座っていらっしゃる!


「ち、ちげぇよ!俺はアルカが皆と仲良くやってるのを微笑ましく見ていただけだけだよ!」


「あら、そうなんですね。アルカ相手に求婚しているんならしょうがないですね。でも、娘なんですから結婚できませんよ?」


 いやしてねぇよ!!求婚っていうか救援だよ!俺は助けてもらいたいんだよ!

 セリスは新しくやって来た葡萄酒をグラスに注ぐと、そのままグラスを一気に傾ける。わーお飲み方が豪快ですねぇセリスさん。それならオーガ達と気が合うんじゃないでしょうか?なんならそっちに行ってきても……。


「私はクロ様の側でお酒を飲みたいんです」


 酔っぱらっててもエスパーは健在なんですね。俺はため息を吐きながら蜂蜜種を飲み干す。……うん、やっぱりこのお酒が一番おいしいな。


「おっ!お二人さんやってんねぇ!!」


 ダニエルが両手にジョッキを持ちながら俺のところにやって来た。ダニエル……俺は今心の底からお前を友だと思ったよ。

 ダニエルは遠慮なしに俺の目の前に座った。セリスは若干眉を顰めたようだが、俺は大歓迎だ。


「いやーそれにしてもクロ指揮官の強さにはビビったわ!リヴァイアサンっつーのは俺達船乗りの中じゃ一種の災害扱いでさぁ……倒せるなんて夢にも思っていなかったぞ!?」


「当然です!クロ様と渡り合えるのはルシフェル様だけです!」


 セリスがグラスを机に置きながら強い口調で言った。ダニエルは少し驚いているようであったが、腕を組みながら納得したように何度も頷く。


「魔王様と渡り合うなんて戯言、普通だったら笑い話だが、あれを見せられたら納得せざるをえないな!」


「そうでしょう!そうなんです!!」


 俺が褒められたことでセリスの機嫌が一気によくなる。お前は俺のおかんか。


「それにしても……リヴァイアサンを倒すクロ様はかっこよかったです……」


 セリスは葡萄酒の入ったグラスを両手で包み込みながら、熱におかされた人のようにポーっと遠くを見つめた。


「『俺の可愛くてかしこくて何でもできる大事な美人秘書を傷つけるんじゃねぇよ』なんて……きゃっ!今思い出すだけでもキュンキュンします」


 言ってない。俺は断じてそんなこと言ってない。しかもキュンキュンってキャラ崩壊起こしすぎです、セリスさん。


「いやーお熱いねぇ二人とも!!本当にお似合いじゃねぇか!!」


「も、もういやですよ、ダニエルさん!」


 セリスが照れながらダニエルの肩を軽く叩いた。一方の俺は完全な能面状態。すでに悟りの境地に至っている。


「だが、クロ指揮官は見た目はぱっとしないが中身はなかなかにいい男だからなぁ……油断していると他の奴にとられちまうかもしれねぇぞ?」


「っ!?そ、そんなの許しません!!」


 ダニエルが意地の悪い笑みを浮かべながら告げると、セリスは慌てて俺の左腕に抱きついてきた。いや、それは流石にまずい!!セリスの豊満な胸がダイレクトで俺の腕に当たっていやがる!!


「クロ様の秘書は私だけですよね……?」


 セリスが目を潤ませながら、上目づかいで訴えかけてくる。あれ?こいつこんなに可愛かったっけ?ってそうじゃねぇだろ!!キャラ違いすぎだぞお前!!頼む!いつもの辛辣なセリスに戻ってくれ!!


「セリス落ち着け!とりあえずお前はもう酒飲むな!」


「話をそらさないでください!」


 セリスが更に身体を押し付けてくる。流石サキュバス、欲情を掻き立てるのがうますぎる。


「と、とにかく俺から離れろ!む、胸が当たってんだよ!!」


「当たってるんじゃなくて、当ててるんです。……クロ様が望むなら触ってもいいんですよ?」


 セリスが妖艶な笑みを浮かべた。胸を当ててる……?触ってもいい……?だめだ、マジで俺の思考回路がショートする。自分の頭からプスプス煙が吹き出しているのが分かるわ。


「うふふっ、クロ様顔赤いですよー?やらしいですー」


 めんどくせぇ!こいつ至極めんどくせぇよ!!つーかダニエル!さっきから面白そうに見てるだけじゃなくてこいつを止めろ!!


「いやークロ様が羨ましいぜ!こんな別嬪な奥さんがいてよぉ!俺のかみさんなんか古雑巾みたいな顔してやがるぜ?」


 だから奥さんじゃねぇよ!セリスも「ぽっ……」とか言って顔赤らめてんじゃねぇよ!お前の顔はもうお酒のせいでそれ以上赤くなる余地なんかないんだよ!

 セリスは笑いながら俺の腕に顔をうずめる。


「クロ様は私だけのものです……他の誰にも渡しません……」


「それはダメなの!」


 こ、この声はまさか……?俺が向けた縋るような視線の先には、アルカが頬を膨らませながら近づいてくる姿があった。

 あぁ……アルカ……この場をどうにかできるのはお前だけだよ。これ以上セリスの醜態をさらさないよう来てくれたんだな!頼む!お前のママをいつものママに戻してやってくれ!


「パパはママだけのものじゃないの!アルカも一緒なの!」


 ちげぇぇぇだろ!!そっちじゃねぇだろ!!なにセリスに対抗心を燃やしてんだよ!!


「そうですね。クロ様は私とアルカのものです」


 いやどちらのものでもないからね?っていうかもの扱いしないでくれませんかね?

 アルカがピトっと俺の右腕にしがみつく。完全に身動き取れなくなった俺。ダニエルが大笑いしながらテーブルから離れていった。あいつは本当にクソの役にも立たなかった。友だと呼んだことは訂正させていただく。


 結局俺は二人に両腕をがっちりガードされ続けたまま過ごすことを強いられた。途中でセリスが何か言っていた気がするが、心を無にした俺には何の言葉も入ってこない。みんなが楽しそうにお酒を飲んでいる中、俺だけは早く宴会が終われ、とずっと心の中で祈っていた。



 夕方から始まった宴会が終わったのは真夜中の一時頃であった。俺はダニエルと固い握手を交わし、背中にセリスを、前にアルカを抱えてフィッシュタウンを後にした。


 さて小屋に帰ってきたのだが……これからどうしよう。俺の腕の中ですやすや眠っているアルカに関してはベッドに運べばいいだろう。問題は背中に背負っている奴。


「うふふ~……クロ様の背中ひろ~い」


 あれから俺の隣でお酒を飲み続けたセリスは完全に出来上がっていた。俺はため息を吐きつつアルカの部屋に入ると、起こさないように慎重にアルカをベッドに寝かせ、そのまま静かに部屋を出る。

 とりあえず転移魔法でセリスを家まで送らねぇとだめだな。ってこいつが住んでる家なんて知らねぇぞ。多分セリスの治める街に住居があると思うが。


「おいセリス」


「にゃんですか~?」


「お前、家どこだ?」


「何言ってるんですか~?私の家はここですよ~?」


 あっだめだ。ポンコツすぎて使い物にならねぇ。

 しばらく悩んだ俺だったが、セリスは俺のベッドに寝かせ、俺はリビングのソファで寝ることにする。

 そうと決まれば、さっさとこいつを俺の部屋に運ばねぇとな。俺もいろいろありすぎて結構疲れてんだ。さっさと眠りたい。

 俺はそそくさと自分の部屋へと向かうと、ベッドの上にセリスを下ろした。


「にゃふ……あれ~?クロ様のベッドじゃないですか~一緒に寝ます~?」


「あほ。俺はソファで寝るから、お前はここでさっさと寝ろ」


 俺が布団を身体にかけてやると、セリスは嬉しそうに、はにかんだような笑みを浮かべる。


「むふっ……クロ様、優しいです。お礼……さしあげますね?」


「えっ?」


 これっぽちも警戒をしていなかった俺は、されるがまま首に手を回され、そして……


 ───何の迷いもなくセリスが唇を重ねてくるのを、ぼーっと眺めることしか出来なかった。


 思考が完全に停止する。

 

 そのままたっぷり三秒間口づけを交わすと、セリスは満足したようにベッドに身体を預け、目を瞑った。


「おやすみなさ~い」


 一瞬で寝息を立てるセリス。セリスに布団をかける態勢のまま固まる俺。自分でもよく覚えていないが、10分近くそのままだったと思う。


 俺はフラフラとした足取りで自分の部屋を後にすると、そのままソファに倒れこんだ。思考回路が復調するのにはまだ時間がかかりそうだ。これ以上考えられない、いや考えてはいけない。俺もセリスも酔っぱらっていたから多分あれは夢だ、夢に違いない。


 俺は思考を放棄し、夢の世界へと逃げ込んだ。

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